捨て身
ブクマ、ありがとうございます。
そしてアインは、柱の影から走り出す。
ぎこちない動きの上半身は、血のにじむ左肩が強張っている。
呼吸の乱れも、収まらない。
漆黒の闇を背に、スケルトンが虚ろな眼窩でアインを見つめ、弓を構える。
一歩、二歩、三歩目を踏み込んだところで足元の砂がズッと音を立てる。
「うぁっ……!?」
横に跳ぼうとしたアインの上半身が宙を泳ぐようにバランスを失い、カラカラとスケルトンが嗤う。
その時。
スケルトンの背後に「戻って」と囁くような声が響き。
ポコポコ、という軽い音が連続し、スケルトンの目前に土の柱が立ち上がる。
続いて、その左右に、背後に。
地面で揺れる松明の明かりが、スケルトンを閉じ込めた柱を浮かび上がらせる。
その陰から歩み出てきたイッシキは、怖い顔をしていた。
足を止めたアインの元へ、歩み寄る。
静かで、強い口調で、語り出す。
「なんで、そんな怪我してるんですか。
自分で、めっちゃ弱いって言ってたじゃないですか。
今日は、一緒に大渓谷を見物して、釣りをしてみるっていう約束でしたよね。
釣れなかったら当分は極貧生活だ、って笑って言ってましたよね。
どこにバトル要素があったんですか。
わたしは、異世界スローライフがやりたいんです。
虐殺とか奴隷とか知り合いが即日死亡とか、そんなイベント、これまでも、これからも、一つも要らないんです」
「ご、ごめんなさい」
圧倒され、呟きにさえならない小さな声で、アインは口にする。
「貴方は、土木作業がはかどるな、って言ってくれました。二回も。
こんなどうしようもない土地で、しかもわたしは一度大失敗をやらかしていて、でも、貴方は当たり前のように、ゼロから立ち上げる異世界生活に付き合ってくれるって。
これから、家とか、庭とか、畑とか、たくさんのものを作って行くんです。
食べ物とかインテリアとか、この世界にはなかったようなものを自重なく持ち込んで、ごった煮文明を作るんです。
貴方の力があれば、いつかは街だってお城だって作れるかもしれません。
まだ、何も作れてないんです。
死んだりしたら、絶対許しませんから。
こんな危ないこと、二度としないでください」
イッシキは、震えながら、最後は下を向いていた。
◇◇◇◇
俺は、戦いの光景を頭に浮かべながら反省している。
どうやら、イッシキは、俺がスケルトンから走って逃げ出した時からずっと状況を把握していたらしい。
精霊術には直接の殺傷力はないし、俺たちは二人とも殴り合いは苦手だ。
とはいえ、大抵の相手なら土壁で抑え込むだけで十分対応できる。
強力なデバフ攻撃を持っていると言っていい。
スケルトンの場合、こちらより射程の長い遠距離攻撃があったため、どうやって接近するかという問題があったが、例えば俺がいわゆる避けタンクとして回避しつつ相手の注意を惹き、その間にイッシキが接近すれば解決できる。
その手のゲームをやったことがあれば、初歩的な立ち回りの一つなんだろう。
俺は、小説を通じてその手のゲームの知識をかじってはいるが、こんなリアルサイズの戦闘に応用することは考えてもいなかった。
しかし、俺とイッシキは戦闘に関する打合せをしていない。
「戦闘能力」が低いことは伝えてあったが、俺の「戦術能力」については何も話していない。
おそらく、イッシキには、俺の動きは基本が分かっているように見えたのだ。
敵に遭遇、足場の悪い位置での対応を避けつつ味方のいる方へ向かう。
合流して数的優位を取る手もあるが、俺がイッシキの前をスルーしていったことで、イッシキはこれを「釣り」だと認識した。
イッシキは、音をたてないようにスケルトンの後方に回り込んで追従する。
いったんはスケルトンを振り切った俺が、再度スケルトンの知覚に入り込み、土壁を展開したところまでは、文句なしの展開だ。
あとは、怪我をしない程度にスケルトンを刺激するような行動を取っておけば、注意は俺の方に向いている。イッシキは、気配を消して背後からゆっくり距離を詰めていき、一気に土壁でスケルトンを封じ込めればそれで終了だ。
ところが、何をトチ狂ったのか、いきなり俺がスケルトンに向かって突撃、大ダメージを受ける。
土の柱に隠れたものの、そこからさらにまた突撃を試みようとしている。
イッシキは慌てただろう。
コイツ、ド素人か、何の勘違い野郎かと。
なまじ無言の連携が出来ていると思っていただけに、イッシキが怒るのも無理はない。
小精霊とか新しいスキルが使えるようになったんで、つい試してみたくなっちゃいましたー、スケルトンくらいなら通用するかと思ってー、失敗失敗、みたいな印象だろうか。
……実際も大差ないしな。
そんでもって、戦闘禁止令、出ましたー。
むしろ、土木工作要員宣告?
農園とか牧場とか、メチャメチャ建設させられるのかな。
現状とか今後の素材集めのこと考えると、果てしないわー。
しかも、この荒れ地スタートっていう鬼畜縛りプレイ。
街とか城とか、つまりは死ぬまで解放されないってことですね、はい。
あ、死ぬことも禁止されたんでしたっけ。
まさかの建築奴隷か。
まあ、能力的にも、本分に立ち返れってことか。
この世界の人たちから見れば、チートみたいなスキル持って異世界転生してるはずなんだけど、なんだろうなあ、無双というにはちょっと……
その後、俺達はスケルトンの動きを封じたまま隙間から攻撃して破壊し、例の穴の下の木材に使えそうな流木や獣の骨、ボロボロになりかけだが毛皮も回収した。
水場への道は、怪物が入り込まないように土壁や石材で通路を補強したので、そこだけ見れば城壁の一部のような重厚な通路に仕上がった。
そういえば、作業の前に、イッシキがいろいろ食べ物を出してくれた。
燻製の肉や木の実で、この辺りではあまり見たことがないものだ。食べ物も小精霊化できるようだ。
俺たちは、食べ物を多めに食べれば、ある程度の傷が回復していくのだという。
味も良かった。
奴隷のような労働環境を覚悟していたが、どうやら健康上の配慮もあるらしい。
特級土木作業員として認められるよう、せいぜい努めるとしよう。
バタバタして、結局釣りもしていないが、一定の収穫もあったということで、俺達は集落へ帰ることにした。




