第六話 エルフ達の憂鬱
【今日のメモ】キャラクター紹介 その5
沖田彰吾
圭斗と同じ大学に通う友人。
圭斗と連携関係を組んでいる。
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今回はエリナ、ジュリア視点です。
「はぁー」
私の口から解き放たれた溜息は爽やかな風に乗り、精霊世界の大気に溶け込んでいきます。バルコニーに吹く風は気持ちよく、私の心を落ち着かせてくれます。
「お嬢様ーーお嬢様ーーここにいらっしゃったのですね! どうなさったのですか、今日一日溜息ばかりついていらっしゃいますよ?」
バルコニーに佇む私を見つけた彼女は、私の屋敷に仕えるメイドさんです。
「リゾット、ごめんね。私は大丈夫だから!」
心配かけまいと笑いかける私ですが、この後私の耳元に囁かれる、リゾットの口から出た言葉に慌ててしまいます。
「……恋の悩みですか? お嬢様?」
「あわわわ……そんなんじゃないですよ。ただ、もう一度会いたいだけです……」
最後は小声で自分に言い聞かせるように私は呟きました。
「え? もしかしてもしかして! 家出をされていたあの日、王子様に出逢ったんですか?」
リゾットの瞳がキラキラと輝いています。リゾットはこういう話になるといつも目を輝かせます。お屋敷に仕えるメイドさん同士でもよくそういう話をしているみたい。
「王子様……と言うより、神様?」
「え? 神様ですか?」
予想通りの反応をするリゾット。
「信じてもらえないかもしれないけど、私、あの日家を飛び出した後、サイクロプスに襲われそうになったんです! 次の瞬間、私を神様が助けて下さって、神様の世界へ連れていって下さったんです。まるで夢のような体験でした。あの人間が食べるケーキという物も初めて神様の世界で食べました」
「ぇえ!? あんな野蛮な食べ物を食べたのですか!?」
リゾットを始め、私の屋敷に仕えるメイド達も皆エルフ。私やリゾットはハイエルフという種族になります。動物さんはもちろん、動物さんから産み出された命を使った食べ物なんて、未だかつて食べた事はないのです。
「それが、神様の世界には、動物さんから産み出された命を一切使っていないケーキが存在するんです!」
「神様の世界と聞いて、さすがにお嬢様を疑ってしまいましたが、そのお話が本当なら、神様に会われたと信じてしまいそうになりますね」
「今も口の中にお砂糖とカカオーネ、そしてココアンダーが奏でる甘味と旨味、ちょっぴり大人な苦味の三重奏が思い出されて、はぁ……あれは至福のひと時だったのです……」
私が幸せそうな表情をしている様子を見て、リゾットも生唾を吞み込んでいました。
「それにしても、突然家を飛び出されるものですから心配しましたよ? 今日朝は部屋へいらっしゃったので安心しましたが、夜中に帰って来られたのですか? 今度出かけられる時は私もついて参りますからね」
「うーん、それが、どうやって神様の世界からこちらへ戻って来たのかが全然分からなくて。あちらへ行く方法も分からないので、こうして溜息をついているのです」
そうなんです。私が朝、目を覚ますとお部屋のベッドで横になっていたのです。どうやってこちらに戻って来たのか全く分からないまま、今日は夢現な一日を過ごしました。
「お嬢様、ですがもし、お会いした方が神様でしたら、ちゃんと見ておられるのではないですか? でしたらお嬢様が願ったのならば、もう一度お会い出来るかもしれませんよ?」
「そうですね、リゾット! ありがとう。そう思ったら少し元気が出て来ました!」
「お嬢様は元気な姿がお似合いですよ。さぁ、部屋へ戻りましょう。夜食に果物も用意しております故」
「ありがとう、リゾット。すぐに参ります」
神様……ケイトさんへ思いを馳せながら、私は部屋へと戻るのです。
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「先日は失敗しましたわ……さすが上位召喚……まだ魔力のコントロールがうまくいきませんの……」
サイクロプスを倒した後、仲間達と合流し、宿屋に戻った私は、簡素なベットに座って今日の出来事を振り返るのです。そして、尽きてしまった魔力と、自身の不甲斐無さに私は悔しさを噛みしめます。
「あと少しで……お姉様とお近づきになれたと言うのに……」
エルフの生家に生まれた私は、幼い頃から英才教育を受けて育ちましたの。貴族の家へ迎え入れられた時のための作法や所作、世界の歴史や数学、国語、どれも退屈な勉強ばかり。そんな中、唯一、私が興味を惹かれたもの……それが魔法の勉強でした。エルフは元々魔力の扱いに長けているとはいえ、魔法を覚え、扱うためには様々な修練が必要です。
ある日、私が住むお屋敷の書斎にて、魔法の事が描かれた本の中でも高位魔法が収められた魔導聖書を見ていると、その中にひときわ古く、重厚かつ清心な空気を放つ一冊の本が目に留まったのです。まるで誰かに呼ばれたかのように私はその本を手に取り、頁を捲ります。そして、そこで私は運命の出逢いを果たすのです。
「はぁ……やはり間近で見るとお美しい姿でしたわ……それに杖もなしに上級魔法を放つお姿……ああ……思い出すだけでまた私……心の愛蜜が溢れてしまいますの……」
気づくと白く清潔な枕を持ったまま、私の手がゆっくり、ゆっくりと……。
―― おい、ジュリア! 居るか!?
突然、部屋の扉が開いて、誰かが入って来ます!
「はっ、なんですの! ノ、ノックくらいするのが礼儀でしょう!」
はぁ、野蛮な男が入って来ました。慌ててシーツで身体を隠します。突然入って来るなんて、礼儀を知るべきです。
「あ、すまねー……ジュリア、お前が一人で出かけたって聞いていたから、心配だったんだぞ!」
「あら、それは申し訳なかったですわねライス。この通り、私は無事ですわよ」
まぁ、野蛮な男なりに心配して下さったんですね。私もさっきお姉様を思ってつい滾ってしまったのはいけませんわ。心を落ち着かせます。
「そうか、無事でよかった。なぁ、サイクロプス倒したって本当か!? 大丈夫なのか! 怪我はないか!」
「ええ、それがどうかしましたの?」
「どうかしましたのじゃねーよ! すげーじゃないか!? 俺とミルモでも倒せなかった相手だぞ! どうやったんだ!」
「はぁ、仕方ありませんわね。召喚魔法を使っただけですよ」
「な、まさか。あの魔導士を召喚する高位魔法か!? 完成したのか!?」
「ええ。私のプリシアお姉様、サイクロプスなんて一撃でしたわよ!」
「一撃! さすが伝説の女魔導士様だな! 俺も今度お目にかかりたいものだな」
「ライスの今の力じゃあプリシアお姉様の横に立つ資格なんてないですわよ」
まぁ、顔立ちと性格がいいのは認めましょう。ですが、騎士としては実力もまだまだ。サイクロプスだって、彼とミルモじゃあ倒せないからこそ、私が自ら出向いたのですから。そもそも私は男に興味はありません故、彼が強くなろうが関係ない事なのですけれども。
「俺だって、いつかサイクロプスの一体や二体、倒せるようになってみせるさ。それよりサイクロプス倒したんなら、明日帰るんだろ? ルビリアに」
ルビリア公国は私の故郷です。しばらく街を離れておりましたが、最近故郷を荒らすサイクロプスが出現した噂を聞いて、仲間を連れてクリミアナ平原まで帰って来ていたのです。
「そうですわね。私の力でサイクロプスは倒したと、お父様やお姉様へ報告しないといけませんしね」
家出をした訳ではありませんので、たまには顔を出してあげないといけませんしね。
「おーけー、分かった。じゃあ家に帰ってる間はしばらく自由行動だな。ミルモも喜ぶだろうよ。夕刻にマリアンヌ亭へ集合しようぜ。あそこの料理は最高だからな」
「どうせ貴方達は野蛮な料理ばかり食べるのでしょう? 一緒に食べるのもようやく耐えられるようになりましたが、最初は衝撃で泡を噴きそうになりましたわよ?」
「お前等エルフってのは、あんなに美味しい物を食べる事が出来ないなんて人生を損してるぜ?」
「ライス、貴方と神への冒涜について語るつもりはありませんので、この位にして下さいまし」
「へいへい、分かりましたよジュリアお嬢様。お前が無事だったら俺はそれで満足さ。じゃあなおやすみ」
「分かればいいのです。おやすみなさいませ」
野蛮な男――私の仲間であるライスは自分の部屋へと戻っていきます。ようやく静かになりました。それにしても故郷に帰るのは本当久しぶりですわね。
「久しぶりに会えるのを楽しみにしていますわ。エリナお姉様」