第五話 あれは夢か幻か……
【今日のメモ】キャラクター紹介 その4
エリザベス
『メイド喫茶、ファンシーラブ』で働く、
巻き髪ブロンドが特徴のメイド長。
常連客からはエリザベス様と呼ばれている。
気づくと俺は、いつもの自宅ベットに横たわっていた。昨日あれほど春を告げる風のように暖かい笑顔を俺に振り撒き、桜のような癒しの香りを残していった異世界から突然現れたエルフ、エリナさんの姿はここにはない。
「あれは……なんだったんだ……」
日曜日の出来事は夢だったのだろうか……。いまいち頭がついていってない。それにさっきの夢はなんだ? あのサイクロプスは……確かエリナさんの動画で見た魔物だった。しかも自身が描いた女魔導士の姿になっているってどういう事だよ!?
そんな事を考えていると、スマホに友人から通知が来ている事に気づく。
************
差出人:沖田彰吾
件名:おーい
本文:ケイー、おはようさん
お前今日二限からだろー? とりあえず出席○にしといたぜ。
心優しい彰吾さんに感謝するんだな☆
三限までには来いよー(笑)
************
メッセージを見て驚く俺。思わず机上の時計を見る。
―― 十二時十五分
「うわっ、マジか!?」
完全に二限が終わり、昼休みへ入っている事を確認した俺は、夢で起きた出来事も忘れ、慌てて着替えて家を飛び出すのだった。
……って、あんなリアルな夢、忘れる訳ないか。
「おぉーケイー、いや、圭斗社長、今日は随分とゆっくりとした社長出勤ですね」
学生が二百人は収まるかという広い講義室。教授の目が届きにくい正面を見て右後ろあたりにいつもキープしている友人を目掛けていくと、ニヤニヤした表情で彰吾が話しかけて来た。
「彰すまねー。ミスったわー」
「いいって事よ、昨日も絵描いてたか徹ゲーしてたんだろ? 俺がやらかした時また頼むわ」
うちの大学は一学年一学部に七百人近くも生徒が居るため、専門分野の講義以外は講堂のような広い講義室で授業が行われる。よって教授によっては出席簿を回し、○をつけるだけという簡単な出席しか取る事のない授業がある。
彰と俺は連携関係を組み、互いが居ない時は相手の名前に○をつけるだけという簡単な任務を日々遂行しているのである。尚、この内容は機密事項に当たる。一般市民の皆は決して真似をしないでいただきたい。鍛練を積んでいないと教授の返り討ちという危険性があるため、あまりお薦めは……。
「おーい、またお前妄想してたろ!」
掌を目の前に翳されている事に気づき、我に返る俺。
「そいやー、昨日イラストあがってなかったよな? という事はゲームか?」
彰吾は毎回俺のあげるイラストをチェックしてくれているのだ。何だかんだでこいつはいい奴だ。
「いやー、それがな。聞いてくれるか心の友よ。俺の家にな、昨日動画を見ていたらさ、突然エリナさんっていう、翠色の髪が綺麗な女エルフが転がり込んで来てな。行く宛もないから、街案内する名目でメイド喫茶やらゲーセンやら行った訳だよ、人生初のデートだよ!?」
「ふーん、それで?」
え? まさかのつれない反応? あれか嫉妬しているのか?
「んで、晩御飯作ってさ、これがエルフって野菜とかしか食べられないからさ、大変でさ、弁当屋のメニュー参考にして、豆腐ハンバーグと野菜サラダ作ったんだけどさ、涙流しつつ喜んでくれてさー神様からの恵みだーーって」
「ふーん、それで?」
彰の瞳が糸のように細ーーくなっているのは気のせいだろうか?
「いや、それでって……んで、一緒に添い寝して、寝顔が可愛すぎて、何度か死にかけたよ。心臓バクバクのまま夜眠れなくてさ、気づいたら眠りについてたんだが、今度は夢の中で俺が描いたキャラ、銀髪のさ、プリシア居るじゃん? 俺がさ、プリシアになってる訳。んで、今度は桜色のショートボブのエルフを助けたんだよ」
「うんうん。それで? そのなんだ、翠色の髪をしたエルフはどこに居るんだ?」
一通り話を聞いてあげるところが彰吾の優しいところだろう。
「それがなー。朝っつーか昼だったけど、起きたら影も形もない訳さー」
「なるほどー。それはきっと魔法だな。魔法使いまで後少しだ。妄想の具現化もここまで来ると尊敬に値するな。お、授業始まるぞ」
あー、やっぱりそうなるよなー。教授が来たため、話が途中で中断されてしまったが、普通妄想と思うのが当然だ。体験した俺自身、昨日の出来事は夢、幻だったんじゃないかと思う。家慌てて飛び出したからなー、髪の毛一本でも落ちているかチェックすればよかったかな……。あ、そうだ……。
授業そっちのけで俺は彼女の姿を鉛筆でパっと描く事にした。元々趣味で絵を描いてるから、イメージをそのまま描きだす事は得意だ。彼女の姿を大学ノートに鉛筆で描いていく。筆箱には思いついた際にいつでも描きだせるよう、色鉛筆と鉛筆は常備している。ちなみに俺は芸大に通っている訳ではない。俺が通っているのは経済学部で、今あってる講義は全学部用の人間科学論という授業だ。
若草色の長い髪、エメラルドのように綺麗なくりっとした翠色の瞳。桜色のチューブトップ……あ、いや、せっかくなら萌え袖姿に着替えた美女を描こう。俺の普段着ている私服だから描きやすい。パーカーのファスナーは……開けとこう。ついつい『いいね』が集まる絵柄を求めるのは絵描きの性というやつだ。
たっぷりある授業時間を使い、俺はエレナさんを完成させた。これで友人も信じてくれるだろう……。授業が終わると同時に、俺が横で絵を描いていた事に気づいたんだろう。彰吾が絵を覗き込んで来る。
「すげーな。めっちゃ美人じゃん! これ新キャラか? てか、これお前の普段着じゃね? なるほど、ここまで想像出来てりゃあ、妄想するわな」
だめかーー。何かいい方法ないか……でも、エリナさんと話したのは俺だけ……。
「あ!」
「今度はどうした!」
「いや、エリナさんが居たって証明してくれる方が居たよ!」
「え? マジかよ?」
今日は五限がないため、バイト前にギリギリ行ける。心の友よ、俺が嘘をついていないと証明してみせよう。
************
「「「お帰りなさいませーーご主人様!」」」
淡い水色にピンク、赤、色とりどりのメイド服に純白のエプロンとヘッドドレス。『メイド喫茶、ファンシーラブ』は今日もご主人様の帰りを待っています。お水を持って来てくれたメイドさんに声をかける。
「すいません、天使の休息二つ。それから、今日エリザベスさんっていらっしゃいますか?」
「え? メイド長ですか? 少々お待ち下さいませ!」
背の低いピンクのメイド服を着た女の子がぱたぱたと給仕室へ向かう。
「なんだよ、お前いつからエリザベスさんと話せるようになったんだよ?」
「え? 知ってるの? メイド長?」
「知ってるも何も、常連という名のお兄さん達には、エリザベス様言われてるぜ? 高嶺の花的な存在らしいよ?」
「マジか、そんなに有名なのね」
常連っぽい男達からの視線が冷たいのはそういう事か。小声で会話する彰吾と俺。しばらくして、〝天使の羽根〟をあしらったカフェアートが可愛らしい天使の休息を持って、ブロンド髪をくるくる巻いたメイド長、エリザベスが地上へと降臨する。
「ご指名ありがとうございます! ご主人様! 天使の休息をお持ちしました!」
「あ、すいません。エリザベスさん、覚えてますか?」
恐る恐る金髪のメイド長へそう尋ねる俺。
「ええーと、ご主人様、以前もご帰宅下さってますでしょうか?」
「ほら、やっぱしお前の妄想だったんじゃん!」
ガーン!? まさかの忘れられてる!? エリザベスさんの反応を見て、彰吾も俺の妄言につきあっていると思っているようだ。いや、そんな筈は……あ、そうだ! 俺は思い出したかのように鞄から大学ノートを取り出し、さっき自分で描いたエリナさんのイラストを彼女へ見せる。
「すいません、昨日この若草色の髪が美しいエルフと来店した者です。覚えてませんか?」
エリナさんのイラストを繁々と見つめる金髪のメイド長。すると瞳がだんだんとキラキラしていく様子が分かった。
「ご主人様! あの若草色の髪が美しいエルフお嬢様の! 覚えてますとも! あんなに素敵なお嬢様を忘れる訳がありません。あのご主人様でしたか、大変失礼致しました」
この様子はエリナさんは覚えていたけれども俺は忘れてました、という様子だな。まぁ、エリナさんインパクト強いしね。はい、どうせ俺は影が薄いですよ……。ちょっと凹む俺。
「えぇええええ!? マジ連れて来たの? こいつが!?」
俺を指差しつつ、嘘だろ!? という表情をしているうちの相棒。
「ええ、どこからどう見ても素敵なカップルでしたわよー。特にエルフのお姿は完璧でした。メイド長として、私も品行方正を見習う必要がありますわ。またお嬢様を連れて来て下さいね」
俺と彰吾へ向け、とびきりの笑顔0円を披露すると、エリザベスさんはなぜかエプロンのポケットからメモを取り出して、何かを書き始めた。そのメモを、彰吾がショックのあまり頭を抱え、自身の顔を手で押さえた一瞬の隙をつき、そっと俺の前に置く。
「では、ご主人様、ごゆっくりお過ごし下さいませ」
颯爽とブロンドの髪を靡かせ、彼女は給仕室へと戻っていった。
「ケイー、明日俺が授業に出てこなかったら……○《マル》をつけておいてくれ……」
しばらく彼はそっとしといてあげよう……。
さて、メモには何が書いてある……。
『今週土曜、お暇でしたら朝11時、○○駅前広場にエルフのお嬢様と来て下さいまし。私と一緒に来て欲しいところがあります。お返事は……ID……――――――へ』
ええーーこれって……金髪のメイド長の連絡先ーー!?
いや、でもエリナさん、今一緒に居ないし!?
これ、どうなるんだ!?
巻き髪ブロンドのメイド長、エリザベスさん参戦で波乱の予感?
しかも、まだ圭斗自身、エリナさんの行方すら知りません。週末限定はまだ読者=私達しか知らない事実。今後どう展開していくのかお楽しみにです。