第四話 TS召喚は突然に……
「ん……ここは……」
いつの間にか眠ってしまっていたようだ。昨日は寝顔にドキドキしつつ、気分を紛らわすために、夜ご飯を作り、一緒に食べるというまるで恋人同士のような展開。その後は、ベットで一緒に添い寝……なんて芸当出来る程、肝は据わって居ないため、俺は床で寝たんだっけか?
それにしてもおかしいぞ? まだ夢の続きを見ているのだろうか? おかしい。そう、眼前に映る光景は、自分の家ではなかったのだ。広い平原の向こうに森が見える。こんな場所、家の近所にはない筈だ。
「あれ、夢か?」
夢なら早く覚めて欲しいものだ。とりあえず目を閉じる事にするか……。
「―― ようやく……ようやく出逢えましたわ、プリシアお姉様!」
ん? 今、何て言った? 再び目をゆっくり開けてみると、目の前に居たのはエリナさん……ではなく、桃色のショートボブに桃色の瞳、尖った長い耳が特徴のエルフだった。てか、俺、江藤圭斗なんですけど。
「えっと……君は?」
「申し遅れました。私はジュリア・ラズベリー・パイシート。プリシアお姉様を召喚した者ですわ」
うん、またしても美味しそうな名前だね。ラズベリーと言うより髪色からするとピーチっぽいけど。 ……て、今召喚って言った?
「えっと……誰かと勘違いしてない?」
桜の精を彷彿とさせる衣装と姿が魅力的なエリナさんよりは少し幼い印象のエルフ。桃色の瞳を俺に近づけ、両手を腰に当てて自信あり気に答える。
「いえ、間違いなく、プリシア様です。かつてたった一人で精霊世界――クリエイティビリア――を魔の存在から守り、世界を救った銀髪の魔導士。サラサラの肩まで伸びる銀髪。透き通るような蒼色の瞳……はぁ、私が何度も何度も魔導聖書で見た伝説の魔導士様で間違いありませんわ」
サラリとした銀髪へジュリアが指を滑らせ、顔を近づけて来る。いや、近いから。どうしてうっとりしてるのこの娘。ん、待って。サラリとした銀髪って……誰の銀髪だよ……。そう思うと俺は、自身の格好を見てみる。黒い魔導士っぽい格好。肩まで伸びる銀髪って……。
「えええええーーーー俺ーーーー」
飛び上がってジュリアから離れ、驚く俺。そして、気づく。心なしか声が高いのだ。それから上半身にある筈のない膨らみをそっと確かめる。ミルク色の手に支えられる芳醇な果実。衣服の上からでも分かる。これは自身の身体に実った果実であると。ローブの下半身はショートスカートの丈ほどで、ゴスロリっぽいタイツとの間に絶対領域が生まれている。そして、ローブに隠れた下半身の大事なところにそっと手を触れてみる……。どうやら俺の息子はどこかに旅立ってしまったらしい。ついつい内股になってもぞもぞしてしまう俺。
「プリシアお姉様! 突然の召喚に驚かれたのですか?」
突然飛び上がった俺の前に、再びジュリアが現れる。状況を整理する時間が欲しい。これは夢じゃないのか? とりあえず話を合わせてみるしかない。
「ごめん、ジュリアさん……記憶が曖昧で……ここはどこになるのかな?」
「ジュリア……と呼んでいただいて構いませんの。長い間、魔導聖書に封印されていたから記憶が曖昧になってしまっているのですね。ここは、精霊世界――クリエイティビリア――の中にある、ファクトリア大陸のクリミアナ平原ですわ。私は最近ルビリア公国を荒らすサイクロプスが此処に逃げ込んだと聞いて、プリシアお姉様を召喚したのですわ!」
ジュリアがそう告げたその時、平原の向こうから耳を塞ぎたくなるような叫換が聞こえた。だんだん目が覚めて来た。なぜだか分からないが、俺はエリナさんが居る世界、精霊世界――クリエイティビリア――に突然召喚されたらしい。このジュリアというエルフに。
「居ましたわ。あれが今ルビリア公国を荒らすサイクロプスですわ。さぁ、プリシアお姉様! サイクロプスを倒して下さいませ!」
サイクロプスがこちらへ一歩一歩近づいて来る度に、大地が揺れ、重々しい音が響く。大きな棍棒を肩に担ぎ、俺とジュリアを獲物を見定めいるかのように真っ直ぐこちらへ向かって来る。
「いやいや、待って待って、俺に倒せる訳ないじゃん」
「そんな事ないですわ。銀髪の魔導士として力を私に見せて下さいませ」
次の瞬間、サイクロプスが棍棒を地面に叩きつけ、亀裂が大地を奔った。慌てて回避するジュリアと俺。さて、どうしたものか。今自分の姿が女の子になっている訳で、それどころじゃないんだけど。ただ、分かる事があった。倒せる訳ないじゃんとさっきは言ったが……もし、俺の知っているプリシアなら……。
そう、この姿は、俺が何度も見て来た……否、俺が何度も描いてきた銀髪の魔導士だから。
眼前には見上げる程の大きなサイクロプスの巨体。魔物が大きく棍棒を振り上げる。
「―― 氷晶の舞踏会!」
刹那、サイクロプスを取り囲むように氷の刃が出現し、全方位から襲いかかった。両腕を頭上に振りあげたまま、凍える氷刃に全身を貫かれ、巨体から肉片と体液が飛び散る。そのまま氷漬けとなったサイクロプスはそのままの体勢で動かなくなった……。
「はぁーー凛々しいお姿、滾ってしまいますわぁーー」
恍惚な表情でウットリするジュリアが、俺に近づいて来る。そのままスベスベの腕に自身の腕を絡ませる。
「プリシアお姉様ーー素敵でしたわー。サイクロプスをたった一撃で倒すなんて……歴戦の騎士でもなかなか出来ない芸当ですわ」
氷、雷、火……複数の属性魔法を使い、魔の存在から世界を救った銀髪の魔導士。知ってるさ。知ってるとも。だって、それは……俺が創った功績だから。魔法の名前も全部自宅のノートに書いてある。先ほどの魔法は、標的周辺の大気を一瞬で凍らせ、氷刃により敵を貫き、そのまま凍らせてしまう上級氷属性魔法だ。
「あ、あのーージュリアさん、その離れてくれません?」
「そんな事言わないで下さいーお姉様ーーずっとついて行きますわー」
頬をスリスリさせ、くっついて来るジュリア。髪から甘い香りが漂って来る。甘い香りに感覚が麻痺しそうになる。息子は旅立ってしまっているが、実った果実の奥から自身の鼓動が聞こえて来る。背の低いジュリアが、上目遣いで俺を見つめる。可愛らしい顔からは想像出来ないような妖艶な表情。その表情に思わず動けなくなってしまう。
「プリシアお姉様……」
ジュリアが背伸びして、顔を近づけて来る。艶やかな唇が視界に入る。今の姿が女の子だとかどうでもよくなってしまう……どうなっちまうんだ俺……。
唇と唇が重なり合うかと思った次の瞬間! なぜか俺の身体が光を放ち始めた! 思わず驚いて身体を話す俺とジュリア。
「し、しまった! 時間切れ……!?」
ジュリアがそう叫んだ瞬間、俺はその場から姿を消すのだった ――