第一話 ここは天国ですか?
【今日のメモ】キャラクター紹介 その1
江藤圭斗 都内の大学に通う大学生、一人暮らし。
趣味は絵を描く事。録画したアニメ消化。一応主人公。
「え……エリナさん……な訳ないですね」
あ、ヤバイ! 初対面の相手だぞ!? 初対面で自分の名前を知っている相手が目の前に居たらどうする!? ストーカーと勘違いされて警察に通報されるじゃないか!? だがしかし、動画に映っていたエルフそのままの衣装で目の前に現れた女性……どんなマジックショーだよ、本当に。頭がついていってない。
「ど、どうして私の名前を知っているんですか?」
どう見ても耳が長いコスプレ姿に見えるその女性は不安そうに俺を見つめている。
「あ……いや……その……見てたから……ってあ、悪い意味じゃなくてだよ……ははは」
見てたって……駄目だ……詰んだよ、これ。ストーカー扱いで警察行きだよ。頭の中にサイレンが鳴ってますよ。
「わかりました!」
突然立ち上がる女性! ズイっと俺の前に近づいて来るや否やなぜか両手を握って来た。
「私の事、見ていてくれたんですね! やっぱり貴方は神様です! だって見ててくれたから、サイクロプスから助けてくれたんでしょう? 此処は神様の住む世界ですか!? 素敵です、見た事のないものでいっぱいです!」
腕をぶんぶんと振って、神様に会えて感激ですーと呟く女性。いや、やっぱりエリナさん……になるのか?
「えっと……じゃあ、エリナさんで間違いないんだね?」
「はい。エリナ・デニッシュ・パイシートと言います。神様! 助けて下さいまして、ありがとうございます」
なんだか美味しそうな名前だな……いや、そんな事考えている場合じゃないぞ。あと、両手握られたままでちょっと緊張するぞ……女の子の手って柔らかいね……。
「えっと……とりあえず、手握られたままだと恥ずかしいから……」
「あ、興奮してつい……ごめんなさいです」
そのままパっと手を離すエリナさん。若干お互い顔をそらす。
「俺もさ……状況がまったく分かってないんだけどさ。とりあえず、俺、神様でもなんでもないから。見た目は大人、頭脳は子供、その名も、江藤圭斗! 大学生です!」
ちょっと頭の横にキラっと手をあげ、決めポーズをしてみる。
「神様のケイト様ですね! よろしくお願いします」
そのまま頭を下げるエリナさん。だめだー、渾身のボケが通じない。やっぱし異世界の住民にこちらの世界のネタは通じないよね。ん? 待てよ?
「えっと、エリナさん、質問いいですか?」
「はい、なんでしょう?」
とりあえず頭を整理するために質問をしてみよう。
「ここは地球の日本っていう島国なんだけど、エリナさんはどこから来たの?」
「神様の世界は〝ちきゅう〟って言うのですね! 私は精霊世界――クリエイティビリア――の中にある、ファクトリア大陸のルビリア公国という小さな国に住むエルフです」
うん、異世界だね。間違いない。
「うーん……じゃあさ、どうして俺たちはこうやって会話出来てるんだろう?」
「それは、ケイト様が神様だからです」
うん、違うね。それは断じて違うよ。たぶん、これは夢だから会話出来ているんだ。間違いない。
「いや、きっとね。これは夢なんだよ。だがら、そろそろお互い夢から覚めよう。エリナさんも早く家に帰りたいだろう」
自らを諭すように、噛みしめながらゆっくり話しかける俺。ちょっと神様っぽいかな?
「嫌です」
「へ」
あ、思わず変な声出た。
「嫌です! 私は外の世界が見たいと言って家を飛び出したんです。きっとケイト様に出逢えた事にも意味があるんだと思います! それに神様の住む世界をもっと見てみたいです」
「うーん……そんな事言われてもなぁ」
夢ならそろそろ覚めてくれそうなもんだが、なかなか覚めてくれない。
「ケイトさん、いえ、ケイト様は私を救ってくれた恩人です。私に出来る事があったら何でもしますから!? しばらく此処に置いて下さい」
そんな潤んだ瞳で見つめられるとドキドキしてしまう……。
「え? なんでも?」
「はい、なんでも!」
ヤバイ、アニメや小説の見過ぎで今あーーんな事やら、こーんな事やら、一瞬妄想がよぎったけど、いざ、目の前に女神が居るとさ、女性慣れしていないと何にも出来ないよね。いやいや、何も想像してませんよ、あ、そこ! 白い目で見ないで! そんな目で見られると泣くから、俺マジ泣くから。
「わわわわわかった……とりあえず座ろうか」
「はい、座ります」
一人暮らし用のベットに座ると、横にエリナが座った。しかも俺の隣に。若草色のサラサラした髪から、ふわっとフローラルな香りが漂ってくる。
「いい香りだね……」
「はぅ!? 私ですか」
思わず声に出てしまい、自分の口を押さえるが、出てしまったものは仕方ない。
「ご、ごめん」
「そんな事言われた事なかったんでびっくりしました! 次は何をすればいいですか」
じゃあ、君のその穢れていない美しい秘所に触れていいかい? ……そして、俺と一緒に、天国へ行こうか!? ゴーゴーヘブン一緒に逝……嗚呼ああああ……だめだーーベットの下に隠してある本の影響だぁああああーー健全な俺のイメージがぁああああ……そして、一人悶絶しながらベットをごろごろする俺。
「あ、あのケイト様、具合悪いのですか? 大丈夫ですか?」
心配そうに俺の事を見てくれるエリナさん。
「あ、大丈夫……。それからケイト様はむず痒いからケイトさんでいいよ」
「でも神様だから様じゃないと恐れ多いです」
「いや、神様じゃないからいいの」
「そうですか……、ケイトさん、具合は?」
「大丈夫、少し落ち着いたから」
「それはよかったです」
深呼吸して、再びベットに座る俺とエリナさん。先生ー、こういう時の、女の子との会話の仕方を教えて下さい! だめだー、学校では教えてくれない事だー。しかし、このまま家に居ても埒があかん……よし。
「エリナさん……神様の世界を見てみたいかい」
「はい! 見せてくれるんですか?」
エリナさんの瞳がキラキラ輝いて見えるぞ。なんて透き通るようなエメラルドグリーンの瞳なんだろう。
「ゴホン、よし、じゃあ神様として、俺が俺の住む街を案内してあげよう」
ちょっと神様っぽく咳払いを混ぜてみました。
「本当ですか!? ケイト様……いえ、ケイトさん、ありがとうございます」
よし、これでワンルームという名の閉鎖空間に二人きりでずっと居なくても済むぞ。それこそ、このままだったら、そのうち呼吸困難で俺だけ天国逝きだったよ。とりあえず近所を案内している内に夢も覚めてくれるだろう。女の子と近所を散策か……ん? 待てよ……これって、もしかして……。
「いやいや、それデートやんけー」
「デート……ってなんですか?」
危ない、デートは共通言語ではなかったらしい。少し安堵する俺。
「あ、いや、何でもないよ」
「神様の世界……凄いです。ドキドキします。楽しみですねー、それにしても、ケイトさんの部屋も初めて見るものばかりですし」
はい、ドキドキしますね。ドキドキしすぎて天国に逝かないように気をつけます。パソコン、机、テレビ、フィギュア、全ての物が珍しいらしく、興味津々なご様子のエリナさん。
「ケイトさん、これは何て書いてあるんですか? ええと……神様の言葉は読めないみたいです」
机の横にあった本棚から一冊の本を取り出し、タイトルを俺に見せて来るエリナさん。
「ええと、これはね……『私のはじめて。気づいたら天国に』……嗚呼ーーーこれは知らなくていいのーー!」
「天国!? あ、なるほど。神様の世界について書いてある本だったんですね。難しくて分かりませんでした」
エリナさーん、寄りによってミッドナイティーなノベルの本をピンポイントで手に取らないでーーーせめて隣のラノベか、その隣のバトル漫画を手に取って欲しい。嗚呼……俺の想い……涙そうそう……かしこ。
「……とりあえず、外に出ようか」
「はい! そうですね。楽しみです」
笑顔のエリナさんを見ながら、大人の小説と漫画は今度そっと押入れにしまおうと心に誓う俺なのであった ――