プロローグ エルフとイチャラブなんて夢の話ですよね?
ランプの灯りだけが照らす薄暗い部屋。
恐らく常闇が空気を侵食していく刻なのであろう。
辺りは静寂に包まれ、時計の秒針が時を刻むかのように、誰かの息遣いのみが部屋に響き渡っている。
だんだんと虹彩の働きにより、視界がはっきりしてくる。
そして、部屋に燈された仄かな灯りが、俺の視界に映り込む息遣いの正体をうっすらと照らし出す。
「ちょ、ちょっと待って! そこをどいてもらえるかな?」
思わず俺は声を張り上げる。
「召喚したのは私ですのよ、お姉様!? 今日は朝まで付き合っていただきますわ」
突然の出来事に頭がついていかない。
「と、とりあえず動けないんだけど」
なぜか俺の身体がベットに貼りついて動けないのだ。しかも、今のこの状況……かなりヤバイ。何せ、女の子……桃色のショートボブに長い耳が特徴のエルフが、馬乗りになっているのだから。
「当たり前ですわ! 拘束魔法を使ってみたのですよ? 大人しくしていただけると痛くはしませんのよ」
「わかった……わかったから、話をしようじゃないか? 君が俺を召喚したのは分かった。召喚された相手を拘束して、尚且つお互い下着姿というのが納得出来ない訳で」
桃色のショートボブと同じ色の、フリルが可愛らしい下着を身につけたエルフは頬を赤らめつつ、俺の顔に自身の顔を近づける。ちなみに魔導士のローブは見事に脱がされ、俺も下着姿な訳だが。
「ジュリア……と呼んでいただいて構いませんの。この時間でしたら、お姉様が深い眠りについているお時間かと思いまして。予想は的中ですわ。すやすやと美しい寝顔で眠っていらっしゃったので、私が服をそっと脱がして差し上げましたの。これで、そのミルク色のすべすべの肌も、ぷるんと揺れる芳醇な二つの果実も、銀髪の潤った髪も……そして、その美味しそうな唇も、全部堪能出来ますわ……もう私、我慢出来ませんのっ」
人指し指で俺の唇にそっと触れ、ジュリアはその指をゆっくり咥える。興奮を抑えきれないのか、潤んだ表情をしている……いや、その表情にドキドキしている場合ではない……なぜなら……。
「ジュリア……! 分かったから聞いてくれ! 俺は……実はその……男なんだ」
「くすっ……何をおっしゃっていますの? こんな美しい身体のお姉様が男な筈はないですわ」
いや、待て……そう言って気づいた。どうしてこうなった!? どうして俺は女性の姿で、しかも女エルフが馬乗りになっているんだ!?
「いやいや……ジュリア! 仮に俺が女だとしてだ。どうして君は馬乗りになっているんだい」
「どうしてって……? 女同士だからに決まってるではないですか? さぁ、そろそろ時間です! お姉様、ジュリア、参ります」
次の瞬間、桃色の布に包まれたジュリアの果実と俺の黒いレースの布に包まれた果実がゆっくり近づいて……!
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「―― あああああああああああ!?」
ふぅ……。
ですよねー。そんな展開ある訳ないですよねー。いやぁ、びっくりしましたよ。結局夢落ちですよね。そうですよね。しかし、女性姿になって、しかも女エルフとイチャラブってね。どんな百合百合展開だよ!? と突っ込みたいですよね。
俺の名前は江藤圭斗。都内の大学に通う二年生。高校卒業後上京し、アパートで一人暮らしをしています。いや、もちろん大学生活を謳歌してますよ? そりゃあ、彼女の一人くらい……はい。調子に乗りました。ちなみに大学の友人とは、このまま魔法使い……ひいては賢者を目指して青春を謳歌しようぜ! とよく話している訳で……あ、何の話かはご想像にお任せします。
「だから、あんな妄想みたいな夢見るんだっつーの」
自分で自分に突っ込んでみた。まぁ、大学生活を謳歌している点は間違いではないか。平日は授業の後、アルバイト。弁当屋さんのバイトをこなし、日々忙しい生活を送っている訳で。ん? 土日? 土日は録画したアニメ消化、パソコンで趣味のお絵描き、動画観賞に忙しいので、バイトは入れてないんだな? これぞ世間で言う、『わーくらいふばらんす』ってやつですよ? え? 使い方間違ってる? 気のせいです。
さてさて、今日は昨日に続き、忙しい日曜日です。一日引き籠って動画三昧じゃーー!
とりあえず、スマホの通知を開くと、昨日俺がSNSへアップした自分で描いたオリキャラにいいね! が増えているのを確認。これが地味に嬉しいんだよね。趣味で昔から絵は描いていたんですが、最近はオリジナルキャラを描く機会も多くなり、少しずつフォロワーさんも増えて嬉しい今日この頃なんですよ。まぁ、プロの方々に比べると、俺の絵はまだまだ趣味の領域でしかないんですけどね。
「やっぱ最近の流行はケモ耳か……」
自分で描いた猫耳にメイド服を着た少女にいいねが多くついている様子を確認しつつ、他の絵もチェックする。
「個人的にはこの銀髪美女が一番なんだけどなぁ……」
オリキャラの名前はプリシア。黒い王宮魔導士を彷彿とさせるローブにサラサラの肩まで伸びる銀髪。透き通るような蒼色の瞳。林檎より少し大きい位の双丘は、完全に俺の趣味だ。そんな中、コメントに『銀髪美女最高です』の文字を見ると、同志が居る事に少し安心する。
「おぉ! ここにも同志が」
そして、しばしコメント返しをしていると、何やらフォロワーさんからメッセージと共に動画のリンクが送られてきている事に気づく……。
「三日月絵怜奈さん……? こんなフォロワーさん居たっけな?」
『プリシアさん、素敵ですね! よかったら私のお薦めも観て下さい』
うん、リンク先は動画サイトのURLだから怪しいサイトへの誘導ではなさそうだ。そう思った俺は、動画のリンクをクリックする。
大きなお屋敷に住むエルフの女性が動画には映っていた。
―― 嫌です、お父様、私は外の世界が見たいんです!
『待て! 待つんだエリナ』
お嬢様……なのかな? 絵怜奈さんの創作だろうか? それにしても映像が凄く綺麗だ。これが創作だったら凄い完成度だな。創作者の端くれとして感嘆の声をあげる俺。エルフのエリナはそのまま馬に乗り、街を抜け、森の中へと入っていく。やがて美しい湖の前で水面に映る自分の姿を眺めながらエリナは呟いた。
―― こんな私……美しくないですよね……。
いやいや、そんな事ないですよ、エリナさん。新緑のような暖かさを感じる若草色の長い髪、エメラルドのように綺麗なくりっとした翠色の瞳。桜色のチューブトップから溢れ出る実った果実は俺の描いたプリシアよりふた回りは大きいんじゃなかろうか。包容力抜群だ。茶色いスカートの中はスパッツか何か履いてるのかなぁ……絵を描いている身だと、そういう細かい描写が気になるんだよね。背中には弓矢を背負い、茶色いブーツを履いている。若草色にサクラ色、そして、茶色……まるで桜の精が舞い降りたかのようですよ? エリナさん。
―― え? 誰ですか?
俺の呼びかけに反応したかのようなタイミングだったので思わず驚く俺。エレナさんが振り返ると目の前に三メートルはあろう巨体に大きな棍棒を持った一つ目の魔物が……。
―― きゃっ、どうして、こんなところに魔物が!?
エレナさんは素早く弓を構え魔物に矢を放つが、見上げる程の巨体は、矢が刺さってもビクともしない。え? ちょっと、これ、ヤバイんじゃね!?
『グォオオオオオオオ!』
巨体を震わせ咆哮をあげ、エリナに迫る魔物!
―― だ、誰か……助けて……!
「エリナさん、危なーーい」
次の瞬間、スマホの画面が光を放つ。思わず目を閉じる俺。やがて、光が収まると、スマホの画面は電源が落ちたかのように真っ暗になっていた。
「え? 何が起こったんだ」
電源ボタンを押すと、動画は閉じられ、元のSNSトップ画面に戻っていた。
「何だったんだろう……」
もう一度動画へ辿ろうとするが、なぜか動画のリンクへ飛べなくなっていた。
「俺のスマホ壊れたかな……」
―― あ、あの!? ……ここは天国ですか……?
ビクッ!? 突然背後から声がして、思わず身体が反応する俺。馬鹿な……一人暮らしである俺の家で、女子の声がする訳がない。
―― あの!?
二度目の呼びかけに、恐る恐る振り返る俺……。
「……っ!?」
声にならない声をあげる俺。そこにはさっきまで動画で観ていたエルフのエリナさん……あの桜の精が部屋の隅でぺたっと座り込んで居た。
これが、俺、江藤圭斗とエルフのエリナとの奇妙な共同生活の始まりになるとは……この時の俺は考えもしないのである。