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第12話

 錦香は複数の街道が交わる交通の要所として、古くから栄えた都市であった。そのため、各地から多くの商人が移り住み、競い合うようにして店を構えたので、商業の街としても広くその名を知られるようになっていた。

 絢爛豪華な建物がひしめき合うその姿は、まさに一幅の絵のようでもあり、それだけでもこの地を訪れた人々の目を楽しませるのに十分であった。中でも一際目を惹く建物、それこそが問題の“九陽楼”であり、この街を象徴する場所でもあった。錦香の北方に位置する常峨山を背に、遠方からでもその威容を見て取れる程であったため、旅人の多くは九陽楼を目印に錦香を目指すのが常となっていた。

「ちょいと、何もたもたしているんだい?ほら、あそこに九陽楼が見えているよ。この調子なら今日中には錦香の街に辿り着けそうだね。」

 潘蓮玉が声をかけると、後方から張載風の声がそれに応じた。

「おいおい。そんなに急がなくても良いだろ?俺はあんまり軽功(※)が得意じゃないんだ。」

「だらしないね、男のくせに。もたもたしていて、金翅の毒が私の全身に回ったらどうするんだい?」

「錦香に着いたからって、姐さんの毒を治せるって保証した訳じゃないんだぞ。あくまでも抑えることが出来るかもしれないって話をしただけだ。それに・・・。」

歯切れの悪い言い方の張載風に、潘蓮玉が詰め寄る。

「まだ何かあるのかい?ああ、坊やの事だったら私も手伝ってあげるからさ、大船に乗ったつもりでいて構わないよ。それとも、まだ何か私に隠し事をしているんじゃないだろうね。どうもあんたは油断が出来ないからね。」

「おっと、のんびり話している暇はなさそうだ。急がないと城門が閉まってしまうぞ!」

西の空へと傾き始めた夕焼けを指差しながら、張載風はそう告げた。

「錦香の城門は、日の出と共に開かれて、日の入りと共に閉じられる決まりだからな。それ以外の時間は、例え相手が王であろうとも開かれないって話だ。」

それだけ言うと、錦香を目指して一足先に出発する張載風であった。潘蓮玉としても錦香の街を目の前にしておきながら、また一晩野宿するつもりはなかった。すぐさま張載風の後を追いかけ始める。

 風を切るようにして走り抜ける張載風。その背後、数歩遅れて軽功を駆使した潘蓮玉が付き従う。二人の軽功の腕が互角であれば、張載風の方が先に出発した分だけ有利である。しかし、二人の間に保たれていた距離は時を経ずして縮まっていき、潘蓮玉は張載風と肩を並べられる程に追いついていた。

(どうやら、軽功が得意じゃないって話は嘘じゃないようだね。)

 これまでの道中、潘蓮玉が大人しく従っていたのには訳があった。“金翅の毒を治せるかもしれない”という張載風の言葉を真に受けた訳ではなかったが、それを利用せぬ手はないし、何よりも相手を油断させておいて、武芸の腕前を確認する必要があったのだ。

 先のしびれ薬の一件に関しては、張載風を軽んじたあまりに後れを取る結果となってしまったが、同じ手が二度も通じる潘蓮玉ではない。しかし、それは相手も同じであろう。それならば別の手段を講じれば良いだけである。

 張載風の武芸の腕前は潘蓮玉にも未知数であったが、達人であればしびれ薬など使わなくても点穴を施すだけで足りたはずである。“栄邑の酒徒”の名声は広く知られているが、所詮は薬売り。およそ武芸の心得があろう訳がない。

「どうしたんだい?もう息があがってきたんじゃないだろうね。」

「さっきも言っただろ?“俺はあんまり軽功が得意じゃないんだ”って。さては姐さん、信用してなかったな。俺は単なる薬売りなんだから仕方がないだろう?」

「兄さんは口が上手いし、随分と用心深いからね。どんな奥の手を隠しているか分かったもんじゃないから、ちょっと疑っていたのさ。それに、普通の薬売りは軽功なんか出来やしないよ。」

「俺みたいに各地を歩き回る商売をしていたら、軽功くらい出来たほうが便利だろ?それである人に初歩的な部分だけ手解きしてもらったのさ。姐さんは随分と軽功が得意なようだから、今度良かったら手解きしてくれないか?」

 普段と変わらぬ軽い調子で答える張載風であったが、その速度が僅かずつ落ちていくのが隣に並んでいる潘蓮玉には手に取るように分かった。

「私の軽功なんて、兄さんと変わらないわよ。とても指南出来るものではないわ。」

 そう言うと、張載風の速度に合わせて走り続ける潘蓮玉。その後、二人は無事に錦香の街に辿り着いたのであった。

※軽功・・・全身を軽くする技。常人よりも身軽になり、素早く動けたり高く飛べたりする事が可能となる。

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