第11話
張載風の手には、先ほどの少年から渡された手紙だけが残されていた。
突然の少年の登場に、すっかり取り残された感のある潘蓮玉。張載風を見上げる格好で声を上げると、必死に自分の存在を訴え始めた。
「ちょいと!いつまで私の事を放っておくのさ。知っている事は話したんだから、いい加減何とかしておくれよ。今更、あんたを殺そうなんて思っていないからさ。」
ややあって、潘蓮玉の方を向いた張載風が口を開いた。
「潘蓮玉。悪いが、少し力を貸して欲しい。」
先ほどまでの態度と一変した様子の張載風に、少々疑念の眼差しを投げかける潘蓮玉であった。
「どうしたんだい、急に改まったりして。まあ、あんたの頼みは大体察しはつくけどさ、まずはこの状態を何とかしておくれよ。話はそれからさ。」
先ほど少年から渡された手紙を丁寧に折畳んだ張載風は、潘蓮玉の方を向き直り解毒薬を取り出して飲ましてやる。たちまち潘蓮玉の体の痺れはなくなり、動けるようになった。
「やれやれ。とんだ醜態を晒したもんだよ。こんな手に引っ掛かるとはね。」
先ほどまで強張っていた体は、まだ思うようには動かないらしい。体をほぐしながら呟く潘蓮玉に向かって張載風が声を掛ける。
「これから俺と一緒に錦香まで来てもらう。話はそれからだ。」
「ちょっとお待ちよ。誰があんたの頼みを聞くなんて言ったんだい?坊やを攫ったヤツの行方はその手紙で分かったんだろ?だったら、あんた一人で助けに行けばいいじゃないか。これ以上、余計な面倒事は御免だよ。」
そう言って、店を後にしようとする潘蓮玉。その背に向かって張載風が声を掛ける。
「“金翅”とはどういう関係だ。」
潘蓮玉は振り返えると、嫣然とした微笑を見せながら張載風にしな垂れかかってくる。
「何だ、やっぱり知り合いなのかい。あんたも隅におけないね。私とあの人との関係だったら、さっきも話したとおりだよ。私はあんたを殺してくれって頼まれただけさ。そんな事よりもさ、あんたは一体どういう関係なんだい?女の勘ってヤツだけど、あれであの人、心底あんたの事を嫌っている訳でもないみたいだしさ。」
「向こうがどう思っているかは知らないが、俺はこうして命を狙われたんだ。いい迷惑だ。それに・・・」
張載風は潘蓮玉の右腕を掴むと、袖を捲し上げた。真っ白な潘蓮玉の腕には、蝶の形を模した痣があった。
「これはどうするんだ。俺を殺せば、代わりに解毒薬を貰える約束だった、そうなんだろう?」
潘蓮玉は張載風の手を振りほどくと、袖を元に戻した。
「私はあんたを殺すのに失敗したんだ。遅かれ早かれあの世行きさ!」
「やはりそうか。それなら尚のこと、俺と一緒に錦香まで来てもらう必要があるな。」
「錦香に行けば、この毒を治してくれるとでも言うのかい?」
「治るかどうかは分からんが、毒を抑えることくらいは出来るかもしれん。信じるか信じないかはお前の勝手だ。好きにすればいい。」
「あの坊やの方はどうするんだい?このまま放って置くつもりなんじゃないだろうね。」
潘蓮玉の問いに、張載風は先ほどの手紙を手渡した。手紙には丁寧な文字でこう書いてあった。
『月に住まうと伝え聞く仙女を愛でたく、栄邑の酒徒にお手紙いたします。当方、心ばかりの酒肴を用意し、お連れ様とお待ちしております。古式に則りまして白い佩玉等お召しになり、お越し頂きますようお願いいたします。』
「何だい、これ。招待主が誰なのか書いてないじゃないか。」
「錦香に九陽楼というのがあるだろう。月を愛でるならそこが一番だ。その店の持ち主が今回の招待主だろうな。ご丁寧に黒馬まで描かれているだろ。間違いないさ。」
張載風は手紙を受け取ると、問題の箇所を指し示しながら答えた。
「九陽楼・・・ってあんた、孟家を敵に回しているのかい。金翅だけでも厄介なのに。」
「いい男っていうのは、知らないうちに誰かの怨みを買うものらしい。ところで、潘蓮玉。秘薬を持って逃げた仙女の成れの果てを知らぬ訳ではあるまい?その美貌が失われるのは、何とも惜しいな。」
意地悪く微笑む張載風に、もはや観念した態の潘蓮玉が答える。
「何処でも好きな所へ連れて行けばいいだろう。あんたと出会ったのが私の運の尽きさ。ツキにまで見放されたんだろうよ。」
「そうそう。素直な女は嫌いじゃない。まあ、錦香まではそんなに距離もないし急いで向かうとするか。」
かくして、張載風と潘蓮玉の二人は共に、錦香の街に向けて旅立つのであった。