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第1話

この作品は『紅梅記』という中国風ファンタジーの外伝として作成されたものですが、本編からは独立したストーリーにしております。


なお、本編については現在、途中まで書き進めた状態で止まっております。この作品が無事完結しましたら、続きと共に掲載する予定です。

 当時の国名が“暁”と呼ばれ、都を華都に定めていた頃の事。第11代微王が若くしてこの世を去った後、その弟憐が即位し第12代瑞王となって国を治めていた。しかし、暗愚な暴君であった瑞王は、自らの私欲のため民に圧政を課し佞臣を重用したため、長らくの平和な治世にも翳りが見え始めていた頃だった。

 華都から遠く離れた栄邑の街外れに、許龍峨という名の少年が住んでいた。山に入っては薬草や柴を拾い集め、それらを売って生計を立てていた。ある日、いつものように山に入った龍峨だったが、その途中今まで見た事もない真っ白な牡鹿に出くわした。その美しい牡鹿は龍峨の存在に気がつくと、まるでついて来いと言わんばかりに目の前を進んでいく。その姿に誘われるように牡鹿の後を追いかけ始める龍峨であったが、山道を歩き慣れているとはいえ、それは困難を極めた。途中、何度となく牡鹿の姿を見失いそうになるのであるが、まるで龍峨が自分に追い着くのを待つかのように、その都度立ち止まってこちらを向くのであった。

 そんな奇妙な追跡がどれ程の時間続けられたのだろうか。初めは白い牡鹿が珍しくて後をつけていた許龍峨だったが、気がつくと日はとうに西の方角へと傾き始め、辺りには夜の気配が忍び寄っていた。日頃から慣れ親しんだ山とはいえ、こうなってしまっては帰る方角も分からない。薄闇の中にあっても仄かに青白く光る牡鹿を頼りに前に進んでいくより方法がなかった。

 牡鹿に導かれるままに山の奥深くへと入り込んでしまった自分を怨みつつも、大人しく前方の白い光の後に従っていくと、やがて行く手に焚き火の明かりが目に入った。どうやら許龍峨と同じくこの山中で道に迷い、夜を明かそうとしている者が他にもいるようだ。気がつくと先ほどまで前方にいたはずの牡鹿の姿は消えていた。こうなってしまっては、もはやその明かりの射す方へと進んでいくしか道は残っていなかった。

 許龍峨が焚き火に近づいてみると、旅装束に身を包んだ男が火にあたっているのが見えた。表情は暗くてよく見えなかったが、その風貌は醜悪であった。辺りには他に人の気配も無かったが、許龍峨はこの見知らぬ男に声を掛けるべきかどうか迷っていた。


 そんな許龍峨の気配を察知したのか、男の方からこちらに話しかけてくるのだった。

「そんな所にいつまでも立っていないで、こっちに来て火にあたってはどうだい?夜が明けるまではしばらく時間もかかるだろうし、かなり冷え込むよ。」

 男のその言葉に促されるままに焚き火の方へと近づくのだが、用心のため少し離れた場所へと腰を下ろす。

「何だ、随分と若いお客さんだな。こんな夜更けに山を彷徨っているところをみると、さては道に迷ったな。こんな物しかないが、食べるか?」

懐から乾パンのような食べ物と竹の水筒を取り出す。

「ありがとうございます。遠慮なく頂きます。」

一応、男に礼を言って食べ物を受け取る。こんな乾パンであっても、水で流し込めば食べられるだろう。何より、朝から何も食べていないのだ。少しは腹の足しになるだろうと思い口にしてみると、その見た目とは裏腹に思いのほか美味しかった。

「しかしまあ、無事でよかったな。ところで、どうしてこんな場所まで迷い込んだんだ?夜は長いんだ、良かったら話を聞かせてくれないか。」

 醜悪な風貌とは異なり、性格は穏やかで優しそうだった。初めの頃の警戒心も徐々に薄れつつあった許龍峨は、森の中で白い牡鹿に出会ってからの経緯を話し始めるのだった。

「へーえ、森の中で白い牡鹿の後を追っていたら、ここに辿り着いた・・・と。」

そう呟くと、男は何やら考え込むのであった。

「いいか、少年。この国では鹿が大切にされているのは知っているよな?」

「はい、“鹿は古来より聖獣として敬われてきた”、父よりそのように聞いております。何でも、不老長寿をもたらす仙人の乗り物であったため、鹿自身にも僅かながらその力が備わっているとか。」

「若いのに、良く知っているな。古の王達はその霊力にあやかろうと、“鹿”と名の付く建物をこれまで数多く建てたんだが、その中でも一際立派だったのが『鹿王台』と呼ばれる白い建物だったんだ。≪鹿王台に一人の老人があり。王に問う。何故民を苦しめる。王答えて言う。白き牡鹿は不死の証。不死の王即ち不滅の国なり。老人が答えて言う。盲の王、牡鹿に跨り地に転落す。王、老人を殺さんとするも既に姿なし。後に王、追われて鹿王台より身を投ず。まさに老人の語るとおり。≫」

「それは何ですか?」

「白き牡鹿に纏わる伝説さ。願い虚しく、王も国も短命でこの世を去ったって話さ。それ以来、“白き牡鹿現る時、新しき国興る”とも言われるようになった。」

「それでは、暁は滅ぶのでしょうか。」

「さあな。もっとも今の瑞王の治世が長く持つとは思えんし・・・。待てよ、白い牡鹿に導かれたんなら、暁を滅ぼすのは少年、案外お前かもしれんな。」

「滅多なことを口にしないでください。誰が聞いているか判りませんよ。」

「それもそうだ。お互い、この事は秘密にしておくか。」

「そうですね。ところで、私は許龍峨と言います。失礼ですがお名前をお伺いしても宜しいでしょうか。」

「俺の名前は管東洛。まあ、白い牡鹿の事は気にするな。昔の伝説さ。それよりもどうだ、一杯やらんか?」

どこからか酒の入った瓢箪を取り出し、自ら酒を飲むと許龍峨にも差し出すのだった。

「それでは遠慮なく。頂きます。」

「おっ!顔に似合わず、なかなかイイ飲みっぷりじゃねぇか。たいしたもんだ。」

そうして二人は、夜が明けるまで焚き火の前で過ごすのだった。


 許龍峨は、いつの間にか眠ってしまったようだ。木々の隙間から差し込む朝日に目を覚ます。焚き火は既に消されていたが、未だに温かい所をみると管東洛が一晩中火を絶やさないようにしていたのかもしれない。管東洛の方に目をやると、腕を組んで何やら考えているようだった。

「おはようございます。もしかして、そうやって一晩中起きていたんですか?」

「いや、さっき起きたところだ。龍峨、お前はこれからどうする?」

「私は一度、家に帰ろうと思います。父も母も私が帰らなかったので心配しているといけませんし。」

「そうか。確か栄邑だったな。それだったら、ここからまっすぐ歩いていけば山道に出られるはずだ。後はその道伝いに歩いて行けば到着する。俺はこれから錦香に向かおうと思う。」

「そうですか。色々とありがとうございました。」

 管東洛にお礼を述べると、栄邑に向けて旅立つ許龍峨であった。


「白き牡鹿現る時、新しき国興る。龍の許に黎明はもたらされん・・・か。」


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