プロローグ~日本の人形(美人)~
プロットはラノベ一冊程の構成があるのでおそらく気が向いたら続きを書きます。
大学の帰り、いつもの如く昼寝を挟みながらの講義を終えて、これまたいつもの如く、行きつけの少し小洒落たバーに行き、一杯だけ洋酒を呷った後、真っ直ぐに一人で住んでいるアパートに帰ると、六畳一間の部屋にある、敷きっぱなしで放置していた(そろそろカビが生えそうなので近日中には干そうとしていた)布団の上に、不思議な雰囲気の日本人形が一つ、こてんと鎮座していた。
意味がわからない。
頭に浮かんだのはその一文。
大学に行く前には間違いなくそんなもの(わりと小奇麗な日本人形)など無かったはずである。まさか、たった一杯だけしか飲んではいない酒にやられて酔っているのだろうか。
頭を冷やすために、現状を初めから確認しよう。
俺の名前は布藤夕。
二流大学に通う、しがない大学二回生だ。
ちなみに文系。
親元を離れての下宿中であり、おそらく、就職もこちらになりそうなので、このまま実家に帰ることはおそらくないと思われる、というか、帰るつもりはない。
性格は普通……よりやや冷めているかもしれない。
趣味無し。
彼女無し。
将来性無し。
いわゆる、良くいるようなダメ学生である。
友人はいるが、まぁ、講義課題を互いに教え合う程度のギブアンドテイクが基礎にある関係。たまに帰宅途中に会えば飲みに行く程度の仲であり、連絡をとって遊ぶほどの関係ではない。
と、まぁ、そんなことをつらつら思い返しながら、玄関を開けてしばらく呆然と立ち尽くしていた。
しかし、このままでは他の住人の邪魔になることだけは確かだろう。
俺はとりあえずさっさとドアを閉めて家の中に入った。そうして、ゆっくりと、二年ほど過ごして住み慣れた家を見渡す。
どこも荒らされた形跡は無い。
金庫などはないし、貴重品類等も荒らされた形跡は無かった。
変わっているのは日本人形が鎮座している布団の上だけだ。
とりあえず、空き巣ではないと思いたい。
もし空き巣であればこんな大きな失態も犯さないであろうし、仮にそうであったとしても物を盗るではなく置いていく空き巣なんているとは思えない。
そもそも空き巣として入るのであれば下宿中の学生のアパートといった選択はどうなのだろう。
もしかすると狙い目だったりするのかもしれない。
未だ学生ということで隙が他の社会人と比べて多い上に一人暮らしというのは都合がいいだろう。それに学生ならばバイトに講義、遊びなどで多くの外出先が……
いかん、まだ少し混乱しているのかもしれん。
努めて冷静を装い、靴を脱ぎ、講義用の教材が入った鞄をいつもの位置に置いて、さも自分の場所のように布団の上を陣取るその人形の目の前に歩いて行く。
と言っても、所詮学生の一人暮らし用のアパートである。
数歩程の距離しかないがゆえに、数秒もせず、その人形を見下ろす位置についた。
大きさ的には八十センチもないだろう、ソレ。
「……なんだ、こいつ?」
漏れた一言。
まぁ、正直な話、これに尽きた。
なんだ、この人形は?
なぜ、一般的で模範的、平々凡々なる男子大学生の部屋に見覚えの無い日本人形などが置かれているのだろうか。
いや、この際、何度も言っているし、それでもあえてはっきり言っておくが、俺に人形を集めるようなファンシーな趣味などない。
そして、このようなサプライズを施すような友人もいない、というか、多分、俺の友人は誰も俺の家など知らないはずだ。
つまり、一言で集約してしまえば……
「不気味だ……」
まぁ、そんなものだ。
考えてもみて欲しい。
それまでなかったモノが平然と自室に置かれているという馬鹿げた現象を。
正直、怖い。
やめてほしい。
隣の部屋の住人(二十代後半のカップル。夜中によく発禁規制のかかるような声が壁から響く)と間違えているのではないだろうか。
あらかた精神を落ち着けたところで、改めて、じっとソレを改めて見つめてみる。
一般的かどうかは知らないが、やはり日本人形である。
髪はシンプルな黒の長髪。
赤の着物を着せられて、あまりにも白い肌は幽霊を幻想させるような不気味さがある。
ただ、よくあるお多福風の古風な日本人的顔ではなく、どこか素直に美人だと、現代であっても言わせるような綺麗さがそこにはあった。
まぁ、いくら顔が良くても、所詮人形なのだが。
つまるところ、わかったことは、こいつは、ただの日本人形ではなく、日本人形(美人)だった。
「いや、どうでもいいわ……」
俺は一言そう呟いて、人形の頭を掴み、布団の上からどけて、小脇に抱える。
一瞬で辿り着く距離にある玄関に向かい、再度靴を履いて外に出た。
既に帰宅時には真っ暗だったので、今も薄く月の光が出ている。
俺は迷いなく歩き、共用のゴミ捨て場に日本人形を置いて、家に帰る。
君子、危うきに近づかず。
なんとなく自炊をする気力がないため、簡単なレトルトカレーを通学前に炊いて置いた米にかけ食べて、そのまま寝た。
次の日、いつも通り、何事も無く一日を消化し、家に帰ると、また布団の上に我が物顔で立つ日本人形。
「ふぅー……」
溜息を吐き、日本人形(妙に美人なだけに腹が立つ)を掴んでゴミ捨て場に直行。
家に帰って晩飯を作り、食べて寝た。
また更に次の日、帰宅すると、布団の上には日本人形。
「勘弁してくれ……」
俺はそう言って頭を抱えた。
人形は変わらない表情であるはずなのに、その時には妙にどや顔をしているように見えた。
※ ※
とりあえず、この日本人形を受け入れることに決めた。
というより、正直、これ以上不毛なことはしたくない。
どういう理屈か、如何なる原理か、この日本人形は捨てても戻ってくるようなのだ。
『呪いの日本人形』
という単語が頭を過ぎった。
「馬鹿馬鹿しい。人形の癖に帰巣本能でもあるのか、おまえ?」
変わらず、布団の上に鎮座する人形に話しかける。
すぐに自分で自分に馬鹿馬鹿しくなって気が滅入った。
俺が何をしたというのだろうか。
少なくとも、こんな怪しげな人形に憑りつかれるようなことはしていない。
一日が終り帰宅してから、どうしてまたこんな疲れる出来事を処理しなければいけないのかがわからない。
面倒なのは大学の課題だけにして欲しい。
俺は人形には触れず、いつも通りの日常に戻ることに決めた。
こんなオカルトな出来事をどうするべきなのかがわからないし、第一、俺はオカルトの類を信じていなかった。
そういうものがいてもいなくても、俺の生活は変わらないからだ。
この人形だってそうだ。
捨てれば戻ってくるだけで、実害は今のところ無い。
なら、実際に害を与えられてから行動しても遅くはないだろう。
オカルト好きの者からすれば有り得ない思考回路であろうが、生憎ながら俺はそれほど興味がない。
買ってきたキャベツを洗いながら、鼻歌を歌い、気分よく調理していく。
と言っても、所詮は学生の家事レベル。
出来るのは単純な野菜炒めだ。
それに少々のタレを絡め、少し濃い目の味付けで舌を馴染ませながら、実家から定期的に送られてくる白米を茶碗によそう。
野菜炒めと米。
単純ながら、栄養源としては悪くない夕飯である。
自画自賛しながら、俺は食事を楽しんでいく。
布団の上から向けられる人形の視線など気にもならない。
というより、そもそも人形の視線って何? という感じだ。
自分で言うのもなんだが、俺は鈍感な方である。
そんな無機物からの視線などを感じて食欲を無くすような繊細さは持っていない。
その証拠に炊いてあった米を二回もおかわりしてやった。
どうだみたか、ざまーみろ。
呪いの日本人形(仮)だかなんだか知らないが、お前なんて俺からすればただの部屋のオブジェでしかないのだ。
心中で嘲笑いながら、俺は食べ終えた食器を片付け、人形を見た。
当然ながら、何も変わっていない。
「なにしてんだろうな……俺」
虚しくなった。
その日は布団に鎮座する人形をどけてすぐに寝た。
※ ※
そして朝。
昨日は早めに寝たのでまだ日が明け始める頃に目が覚める。
ぼやけた視界がはっきりとし始めると、目の前には巨大化した俺の顔があった。
「えっ?」
咄嗟に漏れた声への違和感に気付くこともなく、俺はふらふらと巨大化した俺へと近付く。
身体を横にしていたのに何故か立ったままだったことには後から気付いた。
目の前には巨大化した俺の顔がある。
掌を広げて比べてみれば数十倍程の……
「は、え、あれ?」
俺の手は果たしてこんな染み一つない白い肌だっただろうか。
俺の服の袖はこんな着物だっただろうか。
そうして、混乱したままの頭でも、自分自身の身体を見ればだいたいのことがわかってしまった。
俺の身体は巨大化したわけではない。
俺が小さくなっているだけだった。
そうして、俺の身体が今、目の前にある理由は
俺が日本人形になっているからだ
「呪いの、日本人形。……呪いなのか、これは?」
現状を概ねながら理解した瞬間、乾いた笑いが零れた。
それは、鈴の音のような童女の声だった。
人形についてはかなり浅学ですのでほとんど妄想で続いていきます(続くなら)
あまり深く考えないで頂ければと