-2話- 盗賊→街道
翌日。初めて土の上で寝たが、寒さを除けば意外と悪くはなかった。
俺を付け狙うリッカも、『獲物に死なれたら困る』などという理由で夜暗い中薪拾いをしてくれたため、火のある状態で寝られたというのも大きい。
「お。起きたな寝坊助。随分とまぁよく眠っていたじゃないか」
隣から声がする。体は起こさずそのまま声のした方を見ると、横で胡座をかき、頬杖をついているリッカが居た。
「おはよう、リッカ。お前は場馴れしてるし、俺を殺そうとする奴じゃないっていうのは確定してるからな」
よっこいせと体を起こし、彼女に体を向け、上手いこと利用させてもらったぞと付け加える。
「言うじゃないの。会ってすぐの人間、そこまで信用できるもんじゃないぞ?」
「まぁ、そんなことするやつなら危険な夜の森で薪探しなんかしないだろ」
「ぐ。いや、それはアレだ。あの時も言ったが、欲しいと思ってるものをむざむざ放っておく奴は居ないだろ?」
「だからお前に敵対しない限り俺は安全ってことだ」
論破完了。リッカは悔しそうな表情をするが、諦めたのか溜息をついて呆れた顔をする。
「まぁ、何だ。アタシの目的はアンタに音を上げてもらう事だしな。しつこく付きまとうよりも仲間として振る舞った方が楽に絆せるだろ?」
「それ、俺を前にして言うのか」
「あ、まった。今のなし。忘れろ。できれば早急に」
「いや、今の話は割りとやぶさかではないぞ。負けを認めるわけじゃないが、変に意地張って付かず離れずってなると、そのままズルズルと引きずりそうだ」
「お、意外と好感触? ならそういうことで。意外とちょろいんだね、リョウマ」
「勘違いすんな。そっちの方が色々楽だからだ。俺は知っての通り攻撃手段が0だからな。そこをお前にカバーしてもらいたいんだよ」
ニヤニヤしているリッカを一蹴する。
まぁ、それ以外にも正直な話変な距離でズルズルした関係になりたくない、ってのもあるのだが。
それを口にするとまたリッカが調子づきかねんからグッ、と喉奥にしまい込む。
「あー、そういえばそうだったねぇ。今までどうやって生きてきたのか不思議なくらいに」
「まぁ、俺にも色々あったんだよ。どうやらこの力は魔王を倒すために得た力らしいからな。だからさっさと魔王を倒して平和に暮らしたいの、俺は」
「成る程ねぇ。つまり魔王を倒すまではどうあがいてもアンタを引き入れるのは無理ってことかぁ。ちぇー」
そういうこったと立ち上がり、硬い地面のお陰で節々が痛い体を伸ばす。
「さて、出発するぞ。今度こそ、街に連れてってもらうからな」
まだ座っているリッカに手を差し出す。
別に絆された訳じゃない。とういうかそんな寝て起きてすぐに負けを認めるわけじゃない。
でも、ただ付いてくるのなら邪険に扱うが、これから苦楽を共にするっていうなら話は別だ。
キョトンするリッカに、少々恥ずかしさがこみ上げてくる。
そらそうだ。あんな頑なに彼女を拒否していたのにこうもあっさり握手を求めるんだ。
大方呆れて声も出ないって所だろう。
「別に、これに深い意味は無い。でも、これからは仲間なんだろ? ならその証ってやつだ」
「……そっか、うん。そうだな! よろしく、リョウマ。これからは仲間として活動できるからな。その分ウチへの勧誘をしてやる」
一瞬、リッカが微笑んだように見えたが、次の瞬間にはいつもの不敵な笑みに変わっていた。
「それを聞いて早々に縁を切りたくなったんだが」
「そう言うなって。ほら、旅は道連れって言うだろ? そう簡単にお前との縁を切られてたまるかってんだ」
「……お前の目的が盗賊団への勧誘じゃなければ断る理由が無いんだがな」
「 ? なんでだ?」
お前みたいな美人に『お前が欲しい』なんて言われて靡かん男は居ないだろう、普通。常識的に考えて。
と言ってやりたいのを再びグッ、と喉に押し込み、手を引っ張ってリッカを立たせる。これ以上弱み握られてたまるかってんだ。
「……無自覚ならいいんだ。気にすんな」
「んだよ気になるなー。いいから話せって!」
なー! と、笑いながら肩を組んでくる。無自覚なのが本当に恨めしい。
結構大きめの外套で体を覆っているからか今まで気が付かなかったが、大きくもなく小さくもなく、非常にバランスのいい胸が押し付けられていますし!
盗賊だからと侮っていましたが割りと結構いい匂いしますし!
健全な男子なら反応するなって方が難しいですし!
自分の体が魅力的だということに何故気が付かないんだよ畜生!
しかしそんな悶々とした気持ちも彼女には伝わることはなく、しばらく無言に徹していると、ちぇーと諦めて開放してくれた。
……くっそ、ヤバイ。このままではヤバイ。何がヤバイってひとまず魔王討伐までは俺の平穏が約束されたが、その後絆されていそうでヤバイ。
意識してたら拒否れるのに、無自覚なところで陥落させてくるとか、リッカは卑怯だと思う……!
「この件はまた後で聞くとして、行こうか。街に!」
「……あぁ、お願いする」
……正直な話、ニアの加護に対女性の防御力も追加しておけばよかった。まさかこんなことになるとは思わなかったぞ、クソ。
いや絆されるな俺。アレは無自覚を装ったハニートラップだ。女盗賊だもんな、そういうことはお手のもんだろ!
「……なんかそれはそれでムカつくな」
「どうした腹でも減ったか?」
「……なんでもない」
うん、俺が体はともかく性格がこんなガサツの権化みたいな女にときめく筈がない。さっきのはきっと気の迷いだ。そうに違いない。
でなきゃあまりのチョロさに死んでしまいたくなる……!
口車にはホイホイ乗るもんじゃないな。うん、これは教訓として胸に刻んでおこう……。
―――
――
―
「そういえば、リョウマ」
「はいはいなんでござんしょ」
あれから小一時間。リッカは一定時間おきに俺に質問してくる。
どこ出身なのかとか、何の目的であの森に居たのか、とか。
正直どう答えたらいいものかわからないから、自身に関することのみポッカリ記憶が無いって答えたら、凄く気の毒そうな顔をされた。なんか癪だ。
だから今の俺の経歴としては『記憶を失い森を彷徨っていた、魔王討伐のために力を授かった男』とかいう、なんとも強キャラ感溢れるものになってしまった。
「アンタさっき魔王討伐するだの何だのって言ってたね? ありゃ本気かい?」
「お、なんだ? 怖いのか? 俺から身を引くのも一つの手だぞー?」
「バカ言え。アタシが怖いのは世界中のお宝がなくなることだけだ」
「あぁ、そう……」
「離脱したらしたで魔王討伐が終わったアンタを追いかけ回すだけだしね」
「はた迷惑だな、おい」
どうやらこの女盗賊さんは俺を諦めるなんて選択肢は最初から無いらしい。選択肢にすると『はい』と『YES』。目を付けられたら最後地の果てまでも追いかけてくるだろう。
なんとはた迷惑なストーカーなのだろうか。しかも戦闘○、サバイバル○、容姿○ってんだからハイスペック過ぎて失うには惜しい人材ってのもムカつく。
それを自覚してるのかしていないのかは分からないが。
「魔王討伐はむしろアタシも望むところさ。そういう奴は得てしてイイもん持ってるからな!」
「あ、世界平和とかじゃなくてお宝メインなのな」
「当たり前だろ? 三度の飯よりお宝大好きだからな、アタシ」
「なんて強欲な奴なんだ」
「よせやい。照れるだろ」
「いや、褒めてねぇよ」
聞きたかったことは聞けて満足したのか、会話が途切れる。
さっきからこれの繰り返しだ。思いついた様に質問してきては、あっさりと会話をやめる。
変なことは聞かれないのでそこは安心だし、こっちも変に気を使わなくて済むから気楽ではある。
「……そうだ。リッカ、聞きたいことがあったんだ。いいか?」
「お、なんだリョウマ。アンタからくるとは驚いたよ。どした?」
目について聞きたかったのだが、俺から質問されるのが嬉しかったのか、リッカは少し上機嫌になる。
まぁ、確かに質問するときはリッカからだったっていうのもあるのだが。
……なんか『ああ言ってた割に結構ちょろいじゃねぇっかへっへっへ』みたいな事考えてそうなのがちょっと癪だが、この際得られる情報の対価だと思って我慢する。
「お前ら盗賊達の目のことだ。ほら、昨日の夜。目が光ってただろ?」
「あぁ、何のことかと思ったらあれか。ありゃ『ナイトウォーク』のスキルさ。シーフの基本スキルの1つだよ」
スキル。あぁ、確かこれもニアがくれた情報にあった。
なんでも各ロールごとに取得できる固有の特技で、そのロールになるか、そのスキルを持っている人に鍛錬してもらい、条件が満たされれば習得が可能、だったか。
条件は筋力が足りているか、とかそういうもので、それぞれのスキルに条件付けがされているらしい。
で、スキルと魔法の違いをゲーム的な例えで説明をすると、パッシブで常時発動できるのがスキル。MPを消費して発動できるのが魔法って感じだ。
ナイトのスキルは『重鎧』に分類される鎧を装備しながら通常道理に戦闘できるようになる『ヘヴィアムド』とダメージを最小限に抑えながら味方を庇えるようになる『カバーリング』だ。
ゲーム的な例えでいくと、『これがないと装備できません。スキルなしで装備したらステータスが下がります』なスキルと『これがなくても庇えますが、その場合大ダメージを負います』といったところか。
今のレベルだとこれだけだが、レベルが上がれば増えていくらしい。因みに現状俺が使える魔法は『エクスプロール』のみで、攻撃魔法があったが無くなってる。
「便利だよなぁあれ。暗いとこでも目を利かせられるんだろ?」
「お、なんだ。リョウマもシーフに興味が湧いたか?」
「いや全ッ然?」
「即答かよ。……まぁなんだ。教えてくれって言うなら教えるぞ?」
「……教えたら報酬としてアタシの物になれーとか言わないよな?」
「言わねーよんな狡いこと。信用ねーなぁ」
「まぁ、相手が盗賊だしな?」
「それもそうか。……いやいやいや、仲間だろ!? ちったぁ信用しろよ!」
「善処するわ」
「こんの野郎……。みっちり扱いてやるから覚悟しとけよ……」
街に着くのがちょっぴり怖くなったが、教育料として甘んじて受けるとしよう。
―――
――
―
再び二人の間に沈黙の時間が流れる。感じられるのは草木のざわめきと足音、それと細やかな息遣いのみ。
気まずい、ということはなくむしろ自然体。興味があれば話しかけるし、無ければ黙る。
「リョウマ」
「どうした? 休憩か?」
突如、リッカの足が止まる。話しかけてくることはあれど、歩を止めることは無かった彼女が足を止めた、ということは何かあるのだろう。
「さっきから感じてたんだが、どうやらアタシたちを付け狙っている輩が居るみたいだ」
「マジか。数は?」
「わからん。ここいらはアタシたちの縄張りだったからわかるが、団員以外の人間がこの森に入ってくることは冒険者以外には居ない」
「つまり?」
「魔物の可能性が高いっていうこった!」
リッカがダガーを抜き、空を裂く。
――否、空ではなく投げナイフだ。
甲高い金属音を鳴らして弾いたリッカは空いている手で自身の投擲用ナイフを、先ほどナイフが飛んできた草むらに投擲する。
すると、ギャッ、という短い嗄れた悲鳴が草むらで響く。
その見事な手際に圧巻されていると、再び草むらをかき分ける音が森に木霊する。
しかし先程とは違い、今度は一つじゃない。
「ゴブリンの類か。実力差もわからねぇで襲いかかってきやがって、面倒臭ぇ。おいリョウマ! ボサっとすんな! 奴らは一匹じゃ行動しねぇ。一匹見たら十匹は出てくるぞ!」
「ゴキブリかなんかかよ、ゴブリン」
ボサっとするなと言われてもやることがリッカを庇う以外無い以上、リッカをいつでも庇えるように構えておく。
「――――来るぞ」
リッカがそう呟いた瞬間、十二匹のゴブリン達が一斉に踊り出て来る。
六匹は真正面から、四匹は飛び上がりながら、そして二匹は俺たちを挟むように突撃。
「リッカ、下がれ!」
「あいよ!」
先頭に居たリッカがバックステップし、そのまま近くの茂みに身を隠す。
どうやら頭の方はあまりよろしく無いようで、リッカの事を気にする奴は誰もいない。
十二匹全員が俺を狙う。
木の棍棒や骨棍棒、ナイフと様々な獲物で一斉に殴りかかる。
端から見れば為すすべなく集団リンチに遭ってるように見えるであろう状況だが、その攻撃は一つも通ることはない。
はじめは無抵抗な俺を叩いて嬉々としていたゴブリン達だったが、すぐに異変に気がつく。
何時もなら血が吹き出て彼らを喜ばせるのだろうが、叩けども切りつけども確かに残る肉の感触はなく。
まるで鉄の壁を叩くかの様な感覚が彼らを支配する。
――コイツは危険だ。
奴らの言葉は分からないが、徐々に歪んでいくその表情が全てを物語る。
――ヤバイ、逃げろ。
そう思ったのだろうか、一匹が後ずさりそれにつられて他のゴブリンも撤退しようとする。
が、無意味。リッカのナイフがそれを許さない。後方の草むらから投げらた投げナイフが的確にゴブリンたちの頭を穿つ。
一匹、また一匹と小さな断末魔を上げて絶命する仲間たち。気づいた時には八匹が物言わぬ骸へと変わっていた。
残った四匹も、一匹は命乞い、もう一匹は失禁、更にもう一匹は恐怖で気絶。残りの一匹は逃げようとしてナイフの餌食になった。
「おつかれさん、リョウマ。いい盾っぷりだったぜ」
「リッカこそ、いい腕だな。一本も外してないじゃないか」
「まぁな。投げナイフはアタシの得意分野だ。……で、こいつらどうする?」
「見たところ盗賊まがいの事をしてたんだろうさ。開放しても碌なことになるとは思えない」
「んだな。変に復讐心持たれても困るし、サクッと終わらせますか」
そう言ってダガーで一匹ずつ処理する。命乞いしていた奴はなんか可哀想ではあったが、運がなかったと思ってもらうしか無い。
「さぁて。初の連携だったけど案外上手くいったな、リョウマ」
「だな。案外、悪くないのかもしれない」
「素直になれよ、相棒」
「うっせぇ、誰が相棒だ。……ニヤニヤすんじゃねぇよ、クソ!」
だがまぁ、悪くない。お互いの長所を活かした連携だった。
戦闘らしい戦闘はこれが初めてだが、それにしては上出来だと思う。
「さて、ちょっと休憩するか。後一時間もすれば街道に出られると思うが、また襲われちゃ敵わんからな。急ぎの用でも無いんだし、それでいいよな? リョウマ」
「あぁ。問題ない。それに、夜から何も食ってないから腹も減ってきた」
「それもそうだな。……んーと、手持ちには……げ、ちっさい干し肉一つしか無い」
「あー……ならいいや。リッカが食えよ」
「んなわけにはいかねぇ。今回リョウマが居たから無傷であしらえたんだ。この干し肉は報酬だ、受け取れよ」
「それを言ったら俺だってリッカが居なけりゃ袋叩きに空いながら街まで走らなきゃ行けなかったんだぞ。だから、お前が食え。一番動いてんだし」
あーだこーだとどっちが今回の立役者かで言い争う。こればっかりは譲れない。というか一つしか無いのに男が受け取れるかってんだ――!
「……わかった。そこまで言うならこの干し肉はアタシが貰う」
そう言ってリッカが干し肉に豪快にかぶりつく。干し肉ってもっとこう、少しずつ食べるものだと思ってたが、違うのだろうか。
そしてそのまま引きちぎると、干し肉を頬張りながら、半分になった干し肉を俺に差し出す。
「ほあ、うへほれ」
「……悪いな」
まいった。これは受け取らざるを得ない。こうまでしてくれたのにここで受け取らなかったら、なんかもう人としてダメだと思う。
「もぐもぐ……んく。――ふぅ。気にすんなって。仲間、だろ?」
「……うっせ」
……本当に、まいった。
気恥ずかしさを干し肉を噛みしめることで紛らわせる。
「んじゃ、10分後に出発だ。もう少しだから頑張れよ」
リッカは大きく背伸びをするとそのまま地面に寝転ぶ。
それと同時に口の中の干し肉を処理し終えた。
「わかった。リッカは大事な戦闘要員だ。休めるときに休んでくれ」
「へいへい。お言葉に甘えさせていただきますよーっと」
「……ありがとうな」
「あ? なんか言ったか、リョウマ?」
「いっそそのまま寝静まれば楽なんだがって言ったんだ」
「アンタ、割りとサラッと酷いこというよな……」
―――
――
―
先程までの喧騒が嘘のように静まった森の中。前途多難かに思えた俺の異世界ライフもなんとかこんとかやってけそうだ。
正式に(盗賊団員にはならんが)リッカとも仲間になったし、旅のお供は大いに越したことはない。
リッカもあんな性格だが、いや、あんな性格だから、いいやつだってのも分かったし、収穫は大分大きいと思う。
「なぁリッカ。ちょっと前の話題になるんだが、いいか?」
「んあ? どうした、リョウマ」
「『ナイトウォーク』の習得条件だ。条件次第じゃ俺、覚えられないと思うんだが」
「あー……。すっかり忘れてた。シーフだったらレベル1で自動的に取得出来るんだが……。何だったかなぁ」
頭を掻きながら思案に耽る。曰く、スキルを教えるのは初めてでそんなところまで気にしていなかったらしい。
そんなでよく教えてやると言ったな、と思ってると突然リッカが大きな声を上げる。
「何だ何だ! 急にどうしたリッカ!」
「リョウマ、今のお前、レベル1だったよな?」
「そうだけど……まさか」
「……『ナイトウォーク』の習得条件、『レベル3以上でスキル所持者と暗い場所で夜を過ごす』だった……」
「マジか。というか条件結構緩いんだな。なにか盗賊的なこともしなくちゃいけないのかと思ってたわ」
「そういう限定的な条件は上位職になってからだな。その分有用なスキルが多いから取れるなら取ってったほうがいいぞ」
「成る程なぁ。……あ、でもさっきのゴブリン。アレでいくらかレベル上がってるんじゃないか? それなりに数が居たわけだし」
「バカ言え。確かに集団を全滅ってなればそれなりには入るだろうけど、それでも精々2レベルになれるかどうかってくらいだぞ」
ネームドとか賞金首だったってんなら話は別だけどな、と付け加える。
命かけてるのにそれだけしかってのは本当、世知辛すぎる世の中だと思う。
「と、言うわけで。リョウマがレベル3になるまでは『ナイトウォーク』の修練はおあずけってことだ。期待させちまってすまねぇな」
「いや、いいんだ。あれば便利ってだけだしなくてもリッカがなんとかしてくれるだろ」
「他力本願もいいところだな、おい……。……リョウマがシーフにロールチェンジするって方法もあるぞ?」
「申し訳ないがロールチェンジはNG」
「即答かよ」
当たり前だ。ナイト系ロール以外に興味はない。
「ま、なんだ。ギルドで金稼いでたらすぐにレベルが上がるだろ、多分。それまで気長にやるのが一番だ。そのためにもさっさと街につかないと」
「だな。……さて、もうすぐ街道に出られるはずだ。そしたらもうすぐに街に着くぜ」
鬱蒼としていた森が開けていく。今まで道無き道を道にして進んでいたが、ようやく人の手がかかった道がまっすぐ伸びていた。
確かに、今までよりかなり歩きやすくなった上に道が示されているのだ。この分ならすぐに街に着けそうだ。
これでやっとスタートラインに立てる。大分思い描いていたものとは違ったが、それもちょっと長めのチュートリアルだったと思えば問題ない。
そう思うと、街へと続く目の前の長い道が、冒険の世界への旅路を描く大きなキャンバスに思えた。
消して楽なものではないだろう。全てが楽しいことでもないだろう。でも、それでも。
今までの退屈な人生を塗り替えるには十分すぎる内容だ。
「楽しそうだな、リョウマ」
リッカがどこか嬉しそうに俺の顔を見てくる。
当たり前だ、と自信を胸に彼女に返す。これが楽しくないなんて嘘だ。
命をかけるのは確かに怖い。明日の朝日が保証されていないのはなんとも言えない恐怖がある。
平気なのはニアがくれた防御力のお陰って訳ではない。
防御力があっても、剥き出しの殺気と暴力は防げないからだ。
それでも俺が楽しそうにして居られるのはきっと、俺が俺で居られて、自身が『生きている』という実感が得られるからだと思う。
地球に居た頃では味わえないスリルと襲い来る死との対峙、生への渇望。
そして、第四の壁の向こうの世界が今、リアルになっている。その実感が何よりも俺を昂ぶらせる。
「また一段と、アンタが欲しくなったよ。アタシは」
「おおっと、俺の自由は奪わせないぞ?」
「欲しいと思ったら手に入れる。それがアタシの信条だ。アンタの自由をご自慢の防御力で守るんだな。いつかそれを突破してやるからさ」
「言ってろ。そうやすやす突破されてたまるかってんだ」
「それでこそアタシが見込んだお宝だよ、リョウマ」
ニヤリ、と楽しそうに笑う。
目的はどうあれ、リッカが一緒にいて楽しい奴だってのは確かなことだ。
苦楽を共にするなら楽しいに越したことはない。
――素直になれよ、相棒
「そりゃどうも。――精々頑張れよ、相棒」
……うん、相棒ってのも、悪くはないのかもな。シーフにはなるつもり無いが。
どうやら、というかやはり、俺はちょろい部類に入るらしい。
「――――。へっ、言われなくてもそうするさ!」
自然と、歩く速度が上がる。そして自然に俺たちは走りだしていた。
この長い、街へ続く、俺達の未来に続く道を。