-0話- 死亡→転生
異世界、ファンタジー、お伽噺。
そんな世界で繰り広げられる英雄譚は、子供心を、時には大人さえも掴んで離さない。
――あるときは勇者が世界征服を目論む魔王を退治し
――またある時は名剣を携えて邪悪な龍を退治し
――これまたある時は仲間とともに苦難を乗り越え財宝を手にする。
そんな夢物語の世界を、あの時まで俺は、信じては居なかった。
―――
――
―
朝。何時もと変わらない朝。別段変わったこともなく、別段変わった天気でもない、朝。
特に代わり映えのしない朝の儀式を終え、身支度を整える。
時刻は8時半。何時もと変わらない、いつも通りの時間だ。
「――――準備よし……っと」
整理がある程度出来ている見慣れた部屋から戸の向こうへ。
空は快晴。これでもかというほどに真っ青な空。
陽の光が目に染みる。どうやら本日も、お日様の調子は変わりないようだ。
ガチャリ、と鍵を締める音が朝の喧騒に溶けて消えていく。
そして今日も日課のジョギングを始める。
正直、これでも割りと健康的な暮らしをしているとは思う。
朝起きて、ジョギングし、バイトに行って、ネトゲして寝る。
そんな代わり映えのしないルーチンワークをこなす、何の変哲もないよく居るフリーター。それが俺だ。
ちなみにネトゲではもっぱら盾職をやる。
防御力至上主義だからという理由だからなのだが、火力がインフレするネトゲ界ではよく憂き目に遭う職業だ。
ただ、周りがヒーヒー言いながら回復薬を飲み漁る中、涼しい顔して戦い続ける快感はどうにもやめられない。
高い防御力を盾に敵前を闊歩し、蹂躙するのはやっていて楽しい。
火力が出ないのが少々難点ではあるが、縁の下の力持ちと言うのはハマるとなんとも言えない高揚感があるからだ。
何の代わり映えのしない自分の存在に彩りを与えるかのような、そのジョブを俺は好きなのだ。
暫くして、休憩地点にしている近所の寂れた公園に到着した。周りには工事中で少々やかましげな音を鳴らす建造物がある。
何回か近隣から迷惑だと苦情が来ているらしいが、特に変わること無く工事が進んでいた。
そこそこ高層で、現場近くの看板を見るにマンションになるらしい。
ふと、『何時完成するのか』、などと何故かそんなことが頭によぎった。
何時もなら気にもとめずに家へ帰るのに、今日に限ってそんなことを思っていた。
――ギチリ、という嫌な音が朝の喧騒に溶けて消える。
俺は、何の変哲な日常ほど幸せなものはないと思う。
――ガシャン、という何かが壊れる音がする。
だけど、そんな日常は。
――グシャリ、という昏く暗く闇い、赤く朱く紅く染める音がした。
無慈悲に、そして唐突に、刈り取られるものだと思い知った。
―――
――
―
「――――なんだ、ここは」
白。透き通るような白。しかしそれでいて包み込むような暖かさを覚える空間に、俺は居た。
辺りを見渡しても何もなし。目を凝らして遠くを見ても何もなし。
形容するなら『無』の中にポツンと1人佇んでいる様だ。
――直前の記憶が思い出せない。俺は何故、こんなところにいるんだ?
「その質問は私が答えます。相楽竜馬さん」
「え?」
ふと、誰も居ないと思っていた空間に、周りの白の様な透き通る鈴の音が響く。
振り向くとそこには『天使』もしくは『女神』という形容がしっくり来る、そんな女性が微笑んでいた。
「貴方は今朝、工事中のマンションから落ちてきた鉄骨に潰され、亡くなったのです」
「――――は?」
絶句。今の俺を言い表すならその言葉が相応しい。なにせいきなり死亡通告を突きつけられたのだ。何が何だかさっぱりだ。
ただでさえ今の状況が意味不明だというのに、更に自体が悪化した。
どういうことだ、そう問いかける前に目の前の女性が再び口を開く。
「驚くのも無理はありません。何せ、頭が潰れて亡くなったのです。そういう方はその直前の記憶が曖昧に残るか、綺麗さっぱり無くなってしまうものなのです」
確かに、死ぬ直前の記憶が無い。ジョギングして、公園についたところからプッツリと消えている。
つまり俺は本当に死んでしまったようだ。
何かを為すことも出来ず、親孝行も出来ずに死んだ。
『ただそこに居たから』。それだけの理由で俺は死んだのか。
ショックで頭の整理がつかない。あまりの出来事に吐き気がする。
歯がゆさに、そして惨めさに涙が止まらない。
それでもなお、彼女が口を閉じることはない。
「ですが相楽竜馬さん。悲観することはありません。私の仕事は貴方のように若くして不慮の事故で命を落とした人々に選択肢を与えることなのです」
「……選択肢?」
思考回路がショートしている中で、その『選択肢』という言葉は鮮明に聞き取れた。
「どういう、ことだ?」
「はい。一つは輪廻転生。そしてもう一つは、転生召喚です」
輪廻転生と転生召喚。
彼女曰く、輪廻転生は一から人間やり直しができるけど記憶が引き継げない、通常処理。
そして転生召喚は、俺が今まで居た世界とは違う世界に、記憶と肉体を引き継いでその世界に『召喚』される、とのこと。
つまりアレだ。今俺は死んだと思ったらファンタジーに片足突っ込んでる状況というわけだ。
「こう言っては何なのですが、お恥ずかしながら現在、私が管轄するその世界では魔王による侵略戦争が繰り広げられています。そのため、私が加護を施し、世界を救う力になってもらうのです」
「……言ってしまえば、魔王と戦う駒になるか、そのまま新しい命で平穏に暮らすか。ということか」
「……えぇ。そうなりますね。私の世界の情勢です。本来であれば私がなんとかしなければいけないのですが、私はこういった形でしか愛し子たちを助けられないのです」
ここに来て、彼女の表情が初めて曇る。
ばつが悪そうなその表情からしてやはり後ろめたさはあるのだろう。
「ですが、これはあくまでも一つの選択肢です。貴方がそれを望まないというのであれば、無理強いはしませんし、できません」
「――それなら、やるしか無いだろ」
「……え?」
何も為せなかった人生に二度目のチャンスを貰える上に、ファンタジーの世界にご招待ときた。
退屈だったルーチンワークを投げ出して、新しい何かを始められるんだ。
なら、それに乗っかるしか手は無いだろう。
新しい命を貰い転生しても、また繰り返す可能性のほうがデカイ。なら、そのサイクルから出てってやろうじゃないか。
「だから、その異世界に転生するって言ってるんだ。詳しく話を聞かせてくれ。……えーと」
「あぁ、申し遅れましたね。私はニア。貴方達の世界と私達の世界を繋ぐ女神です」
「あー、えっと神様なら一応敬語使ったほうがいいですかね?」
「クスッ、今更ですね。いいですよ、使わなくても。そちらの方がやりやすいでしょう?」
ニアは掌を前に突き出すと横にスライドさせる。
すると掌が通過したその軌跡にそって紙が空中に現れ、浮遊する。
そして神を出し終えたニアが指をパチン、と鳴らすとその紙が一つの束に纏まってニアの手元に収まる。
目の前に起こる魔法のような、いや、実際に魔法なのだろう。そんな不思議現象にポカンとしているとニアにその紙束を渡される。
「……『異世界転生のしおり』。……修学旅行じゃねえんだぞ!」
バチコーン、と小気味良い音を鳴らしながら床(かどうか怪しいが)に叩きつける。
「あぁ!? そんな酷い!?」
あわあわと叩きつけられたしおりを拾うニア。なんか微妙にキャラが違う気がするのは気のせいか。
「なんてことするんですか! これ、自信作なのに!」
「や、だってツッコミたくもなるだろこんなの」
「まったく……」と再び改めてしおりを渡されたので、しぶしぶページを捲る。
『異世界転生の目標:皆で力を合わせて最高の異世界ライフを送る!』
「やっぱり修学旅行じゃねぇか!!」
「あぁ! やめて下さい! そんな、破こうとしないで下さいー!」
涙目になりながら必至に俺を止めようとしてくるニア。
なんか大分化けの皮が剥がれてきたな。
なんとか俺からしおりを強奪すると、しおりを胸に抱えて威嚇してくる。
……そんな女神様は、それはそれは大層小動物的でございました。
「はぁ、はぁ……。相楽竜馬さん! 女神の創造物に対してあまりに無礼ではありませんか!?」
「え、学生手作りの栞がなんだって?」
「酷い!? これでも時間かけて作ったのに! ……いいです、文句を言うなら口頭で説明します! あまりの情報量の多さに泣きを見ても知らないですからねー!」
――――説明中――――
「つまり、異世界に行くにあたって基礎知識や異世界語の識字、冒険者としての職業、そしてニアの加護が手に入るってことだな?」
「そんな、あの情報量をそんなあっさり纏めるなんて……。何者ですか、貴方は」
「いや、そんな大げさなものじゃないだろうに」
『精々栞3ページ分位の情報量だったぞ』と言ってやりたかったが、それこそ止めを刺しかねん。
俺はぐっとこらえて、女神特権とやらで好きに選べるロールを選ぶことにした。
―――
――
―
それとなく敗北感に打ちひしがれているニアを横目にロール一覧に目を通す。
「フェンサー、ファイター、ナイト、メイジ、プリースト。後はシーフにシューター……うへぇ、かなりロール数あるんだな、これ」
「えぇ、なんちゃって職業とか自称とかも含めるとかなりの数ですねー……」
微妙にやる気の無いニアの態度に辟易しつつも悩むつもりも毛頭なかったので決まりきった答えを出す。
「ナイトで頼むわ。ガッツリ防御型みたいだし」
「上級職からスタートもいけますけど、いいんですか?」
「初期上級とか最後の方弱くなる未来しか見えんから遠慮しとくわ。ソースは某SRPG」
「そ、そうですか……。では相楽竜馬、ロールはナイトに決定します」
ジャージ姿からTHE初期装備な雰囲気の鎧姿に変わる。兜は鎧と一体化しているらしく、なんかカポカポしてて楽しい。
そして背には背負い鞘と剣。所謂ロングソードだ。いよいよ持ってファンタジー感が増してきた。
ただ、問題点が一つある。
「あの、ニアさん? これめっちゃ重いんですけど」
そう、重すぎて動けないのだ。
プルプルと産まれたての子鹿のように頑張って立ってると、思い出したようにニアがポンと手を叩く。
「あぁ、そうでした。貴方にステータスを振り分けていませんでしたね」
「ステータス? それって筋力、とかか?」
「ええ。今から向かう世界……『ネクト』では自身のパラメーターが存在し、生まれ持った初期パラメーターから『レベルアップ』や『ロールチェンジ』によって変動する数値だけパラメーターが伸びていくんです。やはり人それぞれ成長率とかも違ってくるので初期値が高くても、成長率が悪いと虚弱な人になってしまうという訳です」
「随分とまぁゲーム的な世界だな……。いや、その人の強さがパラメーターを見ればすぐに分かるって点ではかなり便利だけども」
「ちなみに今の貴方は地球でのパラメーターになっている為ものすごく脆弱な存在です。段差にぶつけただけでショック死するレベルです」
悲報、今の俺はマンボウだった。
「さて、では能力値をネクトの物に変換しますね」
そういったニアは目を閉じ何かを呟くと、俺の真下に発光する魔法陣が浮かび上がる。
それが徐々につま先から頭の先まで通り抜けると、今まで感じていた鎧の重さがスゥ、と消え、体が一気に軽くなった。
「貴方の初期パラメーターが変換されました。能力的には生命力と筋力が高め、敏捷と知力が低めであとは平均的といったところでしょうか」
「ガッツリ脳筋タンク型になったな。流石俺。……って遠回しに俺を馬鹿だって言いたいのか知力低めっておい」
「では、最後に私からの加護を授けましょう」
「あ、こいつ無視しやがった」
くそぅ、なんで死んでからも馬鹿にされなきゃならんのか。
納得いかないが、気にしていても仕方あるまい。どうせニアとはここでお別れなんだ、今いがみ合ったところで何の特にもならん。
「で、女神の加護っていうのはどんなものなんだ?」
「貴方が望むものです」
「望む、もの?」
「はい。例えば、世界に一本しか存在しない自分専用の聖剣が欲しい、とかそういうことです」
「じゃあ『どんな物理攻撃、魔法攻撃、状態異常攻撃をも跳ね返す最強の防御力』をくれ」
「随分と即決ですね!? 今までの人は結構これで悩んでましたよ!?」
だって防御力以外要らないもの。これさえあれば大丈夫の代名詞でしょうに、防御力。
「ええと、それだと恐らくネクトからの修正力がいくらか働いてしまいますけど、大丈夫ですか?」
「え、何。まさかのペナルティ付き?」
女神の加護とは何だったのか。まさか女神(笑)だったのかニアは。
「いえ、世界からの修正はどうしようもありません。あまりに強大すぎる力を持っていると均衡を保とうと、ある程度能力制限に引っかかってしまうのです」
「例えば、どんな?」
「貴方の場合ですと、最強の防御力を手に入れる代わりに攻撃力が皆無になる、とかでしょうか」
「マジか」
つまりあれか。最強の防御力誇ってても攻撃手段なけりゃ石ころと同じだってか。
攻撃手段が取れる仲間を早めに確保しないとこの先生き残れないってことか。
「わかった。それでいいや」
「いいんですか!?」
「だって攻撃力は他に任せればいいし、俺はそれのサポートをするだけでいい。凄く楽ちん。やったね!」
「わ、わかりました。では貴方に最強の防御力を授けましょう」
再び先ほど同様に魔法陣が体をくぐる。
「特にさっきみたいな実感は無いな……。本当にかかったのか、これ?」
「ええ。問題なく。戦闘が始まればきっとわかりますよ」
では、と一度咳払いをし、出会った時のように凛とした顔で俺を真正面から見つめる。
「この先、きっと長く苦しい戦いが貴方を待ち受けるでしょう。ですが、貴方に授けたその加護がその道を明るく照らしてくれるでしょう」
俺の体が光の粒子に変わっていく。どうやらここで行われる全工程が終了したらしい。
「相楽竜馬さん。貴方の活躍を心から期待しています」
『任せとけ』と言うまもなく、俺は完全に粒子となってニアの目の前から消え去った。
―――
――
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異世界、ファンタジー、お伽噺。
そんな世界で繰り広げられる英雄譚は、子供心を、時には大人さえも掴んで離さない。
――あるときは勇者が世界征服を目論む魔王を退治し
――またある時は名剣を携えて邪悪な龍を退治し
――これまたある時は仲間とともに苦難を乗り越え財宝を手にする。
そんな夢物語の世界に、俺は出発したのだった。