あたかも無知な子供のように
「踊りましょう」
城のテラスで一人、夜に覆われた世界を見ていた俺に向かって、お転婆娘は言い放った。その様は何とも尊大で、断ろうものなら殺されかねない威厳さえ醸し出している。
返事代わりに俺はニヒルな笑みを浮かべ、欄干にワイングラスを置くとサルビアの手を取った。
ブルーのシフォンドレスが、少女をお嬢様だと再確認させる。いつもはすっぴんの顔に薄く化粧を施し、長いウェーブの髪はアップにしている。
素直に、綺麗だと思った。
スローテンポのワルツは緩やかにフロア全体を支配しており、踊る男女は体を寄せ合う。
「……踊り始めといて何だが、俺達にワルツは似合わねえな」
「そう?」
サルビアは小首を傾げつつ、俺を上目遣いで仰ぐ。真っ赤な唇がどこか、魔女を思わせる。
「ああ。俺達にはポルカだろ」
言うと、サルビアは人懐こい笑顔を見せる。ようやく、余所行きの顔ではない、いつもの彼女らしい顔を見ることに成功した。
「そうね。皆で森の中、踊ったポルカは楽しかった。ヨークのアコーディオンはプロ同然だったわ」
「当たり前だ。どれだけ練習したと思ってる」
「ふふっ」
話は途切れることなく続いた。曲調が変わったことも気付かず、ステップを踏みながら話し続けた。
サルビアの息が上がってきたところで、彼女の手を引き、テラスへと出た。そこには先客がちらほらいて、恋人達は仲睦まじそうに肩を寄せ、愛を語り合っている。
「――…………」
急に話題が見当たらなくなる。
肌寒い秋の夜風は、肩が剥き出しのサルビアにはきつかろうと思い、無言で彼女の肩に俺の上着をかけてやった。
ありがとうとサルビアは礼を言って、欄干にしなだれかかる。
瞬く星が、零れてきそうな程に空を埋め尽くしている様子はまさに圧巻である。
「いつまでも一緒にいようね」
「ああ」
出し抜けに放たれた少女の言葉に相槌を打つ。
「休日には二人でアップルパイを焼いて、森へピクニックに行くの」
「アップルパイ? ……俺はパンプキンパイがいい」
「じゃあ、二種類とも作りましょうよ。トム達も呼んで、皆で話すの」
「楽しそうだな」
でしょ、と自慢げに言うサルビアは儚げだった。
誰に言われずともわかってる。俺達がずっと共にはいられないことぐらい。
それでも、まだ俺達は十三で。まだ未来に夢や希望を持っていてもいい年に違いなくて。
伯爵の一人娘と子爵の末子。
階級の差だとか、親族の対立だとか、大人の事情に足を踏み入れる段階までは到達していないが、何も知らない子供のままではいられない年頃。
「あ、流れ星」
サルビアが嬉しそうに呟いた。
赤き彗星は不吉の予兆だと父より教え込まれた俺は、顔をしかめた。
サルビアがこちらに向かって微笑む。
「私、あなたとずっと一緒にいられるように流れ星にお願いしたわ」
「そうか。じゃあ、俺もそうお願いしようかな」
「あら。もう流れ星は消えてしまったから今更遅いわよ」
「じゃあ次に願う」
無理だと知っているのに、それに気付いてないふりをし続ける。
あたかも無知な子供のように。
子供でもいられず、大人でもいられない。中途半端な俺達は、今日もまた偽りの微睡みの中で目を閉じる。
まだ、優しい夢が醒めてしまわぬよう祈りながら。