風は知っている
パイプオルガンの音色が壮厳なる教会内に木霊す。
天空にいるという神様は、この厳かな音を聴いて何を思っているのだろう。私は、お祈りをすることもせずに牧師様の真後ろにあるステンドグラスをただ見つめていた。
「マリア、あんたお祈りしてなかったでしょっ」
教会を出た瞬間、腰に手を当てて、町一番のお金持ちの娘・ララは怒鳴った。
私は数回目を瞬かせると、教会の周りに張り巡らされた木々へ目をやる。
セピア色をした写真みたいに、褪せた景色。色はついているのに、私には綺麗に見えない。
私に色を、笑顔を与えることが出来た唯一の少女は、今どこにいるのだろうか。
風が吹いた。
どこか乾いた、哀しい風の色。木々が葉を散らす。
「ケイトの声みたい」
ぽつりと呟く。
最後に見た少女の瞳は、酷く哀しい色をしていた。
ララは何も言わない。
彼女もまた、木々を仰ぐ私の横に佇み、同じように木々を仰いだ。
「……ケイト、早く帰ってこないかな」
俯き、零した言葉。
ララの手が、私の湿った手を握った。
ケイト。
王族毒殺の咎により、警察に追われたサラウネッド男爵の娘。
天真爛漫な性格は、歪んだ両親のそれとは似ても似つかず、町の誰しも彼女が好きだった。
弱まり、強まり、緩やかに風は丘を滑る。
彼女が今どこにいるか、風だけは知っている。