8.議会の警告とパートナー/【夜冥猫の拳】<ライトニングパープル>
「……警告?」
「そうだ!」
威圧感を出そうと声を張り上げる若い男。だがレティにそのやり方は通じない。むしろ反感を買ったようで、ナックルを握る力が強くなったようにトシキには見えた。
揃いの制服、治安を守るという言葉。そのあたりを考えればこの三人はいわゆる街の警察なのだろう。治安機構に属する人たちなのだ。
「警察ですか?」
「ケーサツってのが何かわかんねぇけど、こいつらは街衛。セントラル議会の命令に従って犯罪者捕まえたりするんだよ」
(それなら、やっぱり警察と動きは同じということでしょう)
気になったトシキは小さな声でレティに尋ねてみた。レティが大きな声で答えたのであまり意味はなかったが。
若い街衛がレティの言葉に青筋を立てた。警棒をベルトにかけ、サーベルの柄にを握ると一気に抜き放った。
「この呪われたエルフがッ!」
「――――ッ!」
トシキの驚きの声よりも、年配の街衛の制止よりも、レティが拳を振り抜く方が速かった。視線で追えないほどの速度で拳が飛ぶ。何かの魔力が乗っているのか、閃光と見まごうばかりの紫色の直線が空間に描かれる。
じわり、と水に溶けるように<ライトニングパープル>という紫の光文字が、レティの肩あたりで消えるのをトシキは見た。
若い街衛のサーベルは、刀身半ばに拳を受けて折れていた。一閃の勢いに、若い街衛の身体が硬直する。
レティの瞳は、冷たく若い街衛を射抜いている。
「馬鹿者!!」
年配の街衛がサーベルをもぎとると地面に投げ捨てた。そのまま街に連れて戻るように、もう一人の街衛に指示をする。
若い街衛は、引きずられながらも最後まで恨みたっぷりの瞳でレティを睨みつけていた。
「ブレスレットには居場所を特定する魔法と、スキルを明示する魔法がかけられている。どこに逃げてもわかるからな!」
若い街衛の捨て台詞にトシキはぎょっとした。居場所の特定はまだしも、スキルのことを知られているというのはまずいのではないだろうか。
「すまない。部下が失礼をした」
「……あたしも言い過ぎた」
残った年配の街衛が素直に謝る姿を見て、さすがのレティもバツが悪そうにしている。
(それにしても……)
トシキは不思議に思う。何も犯罪行為はしていない。それとも、何か知らないうちにやってしまったことでもあるのだろうか。
(僕はともかく、レティさんが間違われるのは困ります!)
とにかく詳しく説明してもらわなければならない。トシキは年配の街衛に向き直る。
「僕は、逮捕されてしまうとか、そういうことでしょうか……?」
「いや、そういうことではない。警告なのだ。警告内容が無視された時に、我々がまた動くことになる」
「一体何をしたということなんです?」
「自分で気付いておらんのか……?」
年配の街衛は呆れたというような表情になった。
「――――転生支援金の使いすぎだ」
トシキの目が点になった。予想外の言葉だったからだ。
「転生支援のために宿泊や買い物などで金銭が支給される。しかし、そもそもこの転生支援金は貸付だ。この世界で生計がたてられるまで、議会から借りるという形で出ておる。それを湯水のように使いおって!」
「そうなのですか!?」
どうりで買い物する時に店主が不思議な顔をすると思った。トシキは何も疑問に思わず、たくさん武器を買ったり、素材を山ほど買い込んだりしていた。
「知らんのか!?」
「知りませんでした……」
「このあたりは転生支援パートナーが説明することになっておる。そのためのパートナーなのだが……どうやら不勉強なパートナーに当たってしまったようだな」
年配の街衛は厳しい目でレティを見た。二人の視線がレティに集まる。レティは脂汗を流して、目が泳いでいた。
つまり、ブレスレットを通じて支払いができるが、実際支払っているのは支援の大元、セントラル議会ということらしい。使った分は記録されていて、返済するとブレスレットを外してもらうことができるということなのだ。
そこまで説明すると、年配の街衛はため息をついた。なんだか憐れむような優しい声になる。
「パートナーはよく考えた方がよい。相談所で変更手続きをするのも手だぞ……。ともかく、これ以上のブレスレットでの支払いは控えたほうがよろしいだろうな」
年配の街衛は言うだけ言うと、街の方へと引き返していった。後には微妙な雰囲気のトシキとレティが残される。
「あ……、その……悪かった……」
レティの消え入りそうな声が、トシキの耳に届いた。
エルフ耳が下がっている。ここで謝るあたり、やはり悪い人ではないのだ。
「レティさんは、どうしてパートナーになったのです?」
レティは若干言いにくそうな顔になった。だが、トシキがじっと見つめると、やがて意を決したように口を開く。
「ちょっといろいろやらかしたんで、依頼ギルドのライセンスを凍結されたんだよ……。ほら、あたしって殴るのは得意なんだけど、他の仕事向いてなくてさ」
レティがウェイトレスや店番をしているところをトシキは思い浮かべたが、どれも失敗する図しか出てこない。
「サーシャが転生者の特権でライセンス使えるし、お金持ちだからご飯奢ってもらえるって言ってたから、つい……」
その代わりにこの世界の常識や生計の立て方を教えるという大きな仕事のことを、聞いていなかったのだろうか。
こうなっても、トシキにはレティが憎めなかった。
トシキは小さく縮こまったレティに声をかける。
「レティさん、お金稼ぐの、手伝ってくださいね?」
「……わかった」
「この世界のことも教えてもらわないと困ります」
「わかった」
「レティさんもわからない時には、きちんと調べること、いいですね?」
「あー、もう、うるせぇな! ちゃんとやるって言ってんだろ!」
トシキの頭に衝撃。レティの理不尽な拳骨だ。それなりの痛みにトシキは思わず頭を抱えてしゃがみ込む。
「まずは依頼ギルド! ばんばん討伐依頼こなして報奨金をもらえばいいんだよ! だろ?」
「ううううう。レティさん、痛いです……」
「知るか! 行くぞ!」
レティがどすどすと街への道を戻り始めたのを見て、トシキは慌てて一角兎の角や折れたサーベルなど、その辺のものをかき集めた。
レティの後を追いかけるトシキの足取りは軽いものだった。
【次回予告】
お金を稼ぐにはクエスト!?
レティの知っている金策は一つしかなかった。
レティ「生きてるんだからいいだろ」
トシキ「お……おおざっぱすぎます!!」
次話「9.金策とクエスト/【街衛のサーベル】<セントラルガーダー>」