6.スキル検証と猪殺し/【鉄の剣】<ライトカッター>
「ちょっと、武器屋に寄ってもいいですか?」
「いいぜ」
トシキは昼ごはんの後、レティに切り出した。
まだ数日の付き合いだが、レティのことがなんとなくわかってきた。お腹がいっぱいになったあとはちょっと優しいのだ。エルフ耳が微妙に上がっていたりするのでもわかる。
今日のお昼ご飯は麦喰いイノシシの肉をベーコンにしたものをふんだんにつかったベーコンパスタだった。森で採れるキノコもふんだんに使った品で、たいそうおいしかった。もちろんトシキの奢りだ。
ずっと食べてきた液状おかゆだか飲むヨーグルトだかわからないようなご飯ばっかりだったトシキには、ごちそうだ。宿で出される素朴な野菜スープも、素材の味が引き出されていてとても美味しい。
これだけおいしいごはんの後だ、優しくなろうというものだ。
トシキは武器屋に行きたいと考えていた。武器が見たいというのもあるが、【武器力解放】をもうちょっと試すための武器が欲しいのだ。
街の武器屋は剣と盾の看板が掛かっていた。どうやらこの看板が武器と防具を売る店らしい。
実はいくつかの店舗があったのだが、トシキの顔やレティの顔を見ただけで入店を断られてしまった。どうやら持っているお金や名声などで買える武器屋が変わってくるらしい。ブランド品のようなものだろう。
ようやく入れるお店を見つけた時には、すでに夕方近くなっていた。
ドアが開いた瞬間、武器屋の店主がトシキとレティをさっと値踏みした。一瞬苦い顔をした後、微塵も感じさせない営業スマイルになる。どうやらお金をあまり持っていなさそうと思われたらしい。
「いらっしゃい」
「武器を見せてください」
「うちのはどれもいい出来だよ。好きに見てってくれ」
トシキの眼に、壁に掛けられた【鉄の剣】や【鉄の槍】、スタンドにかけられた【木の棍棒】など、武器の名前がポップアップしてくる。どうやらこの眼は武器にしか効果がないらしい。盾や鎧の名前はポップアップしてこない。
ちなみにどれも〝倒した数”はゼロ。新品のようだ。
怪我をしないように、おっかなびっくりしながら剣を手に取ってみた。じっと見つめてみるが、それ以上の情報は出てこない。
トシキは同じように見える五本の【鉄の剣】を抱えた。重さのあまりよろよろとしながらカウンターまで持って行くと、転生支援ブレスレットで支払いを済ませる。
本当はもっと買いたかったが、これ以上はトシキには持てなかった。購入する時、店主が変な顔をしていたように見えたが、きちんと買い物はできたのでよしと考えた。
「同じ剣ばっかり、どうするんだよ」
「これで今日はスキルの試し撃ちをしようと思います」
「ふぅん……」
しばってまとめた【鉄の剣】を抱え、ガチャガチャ言わせながら歩くトシキを、道行く人は奇異なものを見る視線で見ていたが、トシキは気にしていなかった。
トシキはさっそく街の外までやってきた。サーシャと訓練した場所だ。
おなかがいっぱいになって眠くなったのか、このあたりは危険性はないと見たレティが麦わらの山の上で昼寝に入る。
麦喰いイノシシ相手でもトシキはちょっと心配だったが、危なくなったらレティを呼ぼうと情けない決意をする。
トシキの予想通り麦喰いイノシシがのそのそと歩いているのが見えた。さっそく【鉄の剣】を構える。
とりあえず【鉄の剣】を使ってみることにした。思いっきり振り上げて、麦喰いイノシシに振り下ろす。
ぐにっという手ごたえと共に、盛大に手が痺れる。じんじん痺れる手から、ぽろりと剣が落ちた。痛みにちょっと涙が出る。それなのに、麦喰いイノシシの背中にちょっと傷がついたくらいだ。
(やっぱり僕には、剣で斬るのは向いていません)
落とした剣を拾うと、怒りの鼻息を立てる麦喰いイノシシに突き付ける。
「【解放】!」
――――<ライトカッター>。
弾けた光は、一度しなると銀線を描いた。ズドシュ、という小気味いい音と共に麦喰いイノシシが倒れた。ざっくりと切り裂かれた傷跡が生々しい。
【鉄の剣】は消えてしまった。
しょんぼりしながら次の剣を取りに行く。
四回【鉄の剣】で試したところ、四回とも銀線を描く斬撃<ライトカッター>だった。一瞬だけ残る光の文字で確認したので確かだ。もう一本試しても同じ結果になるような気がする。
「うーん……。何が違うんだろう……」
トシキは腕組みしながら考え込んだ。
盗賊リザードマン戦での【鉄の剣】は<ローバースラッシュ>だった。攻撃をしながら相手の武装を盗むというトシキにとって便利な【武器力】だったのだが、どうやら武器屋で買った【鉄の剣】では出ないらしい。
いろいろ試そうにも検証が難しいスキルだ。トシキは胸中で重い息をついた。
「お? お前さん、あの時の小僧っこでねか」
そんなトシキに声がかかった。振り返るとトシキが初めて出会っておじさん、ドメリの姿があった。エルフやダークエルフがいる以上、やっぱりドメリはドワーフなのだろう。
「あ、ドメリさん。その説はお世話になりました」
「うんにゃ。気にすんでねぇ」
豪快にガハハとドメリは笑う。その手には麦わらをかき集めるためのでっかいフォークのような農具を持っていた。【武器情報の眼】で名前が見えない。武器っぽく見えるのに武器じゃない。
その代わりドメリの腰にさがっていた使い古された剣が目に入った。ちょっと柄にもガタがきており、補修で布が巻かれている。だが、そのステータスはかなりのものだった。
【猪殺しの剣】動物:五百七十二。
「おめさんら、この辺でイノシシ狩りけ?」
トシキははっと我に返る。どうやらそのあたりに転がるイノシシの死体を見てそう思ったらしい。
「この時期はイノシシがようさんでるけぇの。ワシもようイノシシをやっつけるわ。この剣もガタがきとる。そろそろ換えにゃならん」
「ドメリさん、よかったらこの剣と交換しますよ。ほら、案内していただいたお礼です」
「お? いいのけ? んじゃあ遠慮なく」
にこにこして言うトシキに、何の疑問も抱かずドメリは剣を交換してくれた。トシキは【猪殺しの剣】を受け取る。
(わかってきました。その剣が、どんな戦いを経てきたか。それが重要なんです)
最初から人智を越えた力を持つ武装もあるが、英雄や勇者と呼ばれる存在と共に成長をした果てに強くなった武装というのも確かに存在する。
おそらく【武器情報の眼】は主体のスキルではないのだ。【武器力解放】をサポートするためのスキル。やはりトシキの力は、【武器力解放】にこそあるのだ。
大事なことはわかったが、それでもやはり使いにくいスキルであることは確かだ。もっと安定して武器を手に入れることができればいいのだ。
トシキの中である思いつきが閃いた。
「ドメリさん、イノシシも差し上げます。僕、ちょっと行きたいところができたので!」
「あ、おぉうい! いいのけ!?」
「はい! それでは!」
ぽかんとしているドメリを置いて、トシキは駆け出した。急いでレティのもとへいくと、その身を揺り起こす。
「レティさん! 起きてください!」
「なんだよ……。おやつか……?」
ぼんやりした眼をしたレティが起き上がると、あくびを噛み殺しながらあぐらをかいた。大きく伸びをする。
「それは後です! レティさん、工房とか、そういった地区ってどこか知ってますか?」
「へ?」
トシキは興奮した表情で、レティに詰め寄った。