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【伝説の武器】、僕にください!  作者: 葦 時一
はじめてのいせかい
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3.別離とレティ/【保温石のナイフ】<ダストファイア>

 セントラルの相談所には、昼夜はない。深夜になっても相談するお客が詰め寄せていた。

 相談所は二十四時間営業なのだ。それも当然、様々な種族がいるこの世界では、夜行性の種族も存在したり、夜しか出歩けない種族が存在したりするからだ。

 自分の業務を終わらせ、サービス残業をしていた片岡の前に誰かが立った。本日の業務は終わりました、と書かれているにも関わらず、そんなことをするの人物を片岡は一人しか知らない。書類から顔も上げずに声を出す。


「どうでしたか、彼は」

「ダメね。『スキル』の希少度(レアリティ)はたいしたことないわ。【武器力解放】よ」

「ほう……」


 どっかと片岡の前の席に腰を下ろしたのは、昼間トシキに優しい笑顔を見せていたサーシャだった。あの優しい笑顔など微塵もない。今はひどく冷たい表情をしていた。


「無駄足ふんじゃったわあ。【時空操作】とか、【能力吸収】とか、いい『スキル』だとよかったんだけどぉ?」

「そこまで私に操作する力はないですよ。私の『スキル』は転移・転生者を引き寄せるスキルでしかありませんから」


 両肘をついて、けだるげにサーシャは言う。昼間の気品ある姿はそこにはない。


「戦闘能力もないし、あれじゃ魔法使いの方がマシよ。あー、服代損したわぁ」

「そうですか」

「じゃ、いつものようにお願いね」

「わかりました」


 言うだけ言うとサーシャはだるそうに立ち上がる。そのまま後ろを振り返りもせずに、相談所を出て行った。残された片岡は、深くため息を吐いた。



 トシキは目覚めた。すっきりした目覚めだ。

 昨日のサーシャの美しい姿が夢にまで出てきて、もっと夢を見ていたかったぐらいだ。

 提供された朝ごはんを食べながら、昨日のことを思い出す。


(そういえば、サーシャさんは剣を使っていませんでした)


 トシキが見たのは光の弓だった。撃つ瞬間を見ていなかったが、矢も同じ光で出来ていたはず。


(短い棒みたいなのを持っていて、そこから弓の両端が伸びていました。たぶん魔力とか何かそういった類の力でしょう。弓はかさばりますが、魔力で弓が造れて、弦が張れるのならばこれはすごいことです。やはり基本武装は弓なのでしょう!)


 トシキはサーシャの弓の形状を脳裏に思い出す。武器の名前を聞いておけばよかったと後悔したが、今日会えるのだからと思い直す。


 朝ごはんを食べきると、トシキは弾む気持ちを抑えながら宿を出た。とりあえずトシキは相談所でサーシャを待つことにした。





 サーシャは来なかった。

 おかしいと思いはじめたのは、相談所の待合室の顔ぶれが一通り入れかわったあたりだ。


(きっと、ちょっと遅れているだけなんです)


 トシキはそう考えてさらに待つ。だが、サーシャは現れなかった。ここまで来ると、さすがのトシキでもおかしいと思い始めた。片岡に聞いてみようかと思ったが、なんだか忙しそうに仕事をしている。転移者らしい同い歳くらいの少年相手に書類を作成していた。

 うつむいたトシキに、影がかかる。はっとして顔を上げると、そこには知らない女の人が立っていた。


「お前がトシキか?」


 笹穂のようにとがった耳はサーシャと同じだが、肌の色が違う。褐色の肌、ダークエルフだ。目つきは悪くトシキをじろじろと値踏みするように眺めている。

 暴力的な気配に、トシキの背すじが勝手に伸びた。


(不良だ……!)


 トシキの脳内にはそれしかなかった。

 ボリュームのあるくすんだ金色の髪は、頭頂部にいくほど黒くなっている。黒いメタリックなブレストプレート、ショートパンツからは生足が生えている。その上から裾の長い薄手のコートを着ているのだが、どう見ても特攻服にしか見えない。

 そのダークエルフはトシキの胸倉を掴んですごい力で持ち上げた。


「お前がトシキかって聞いてんだよ!」

「ははははいっ! そうです!」


 ダークエルフの腰に提げられた黒い手甲が揺れた。握りこむと手首までカバーできるタイプだ。防御にも攻撃にも使えるナックル手甲(ガントレット)なのをトシキは見て取った。装飾なのか、右手側の手甲には、手甲の色に揃えた飾り紐が流れていた。傷や痛み具合を見るとだいぶ使い込まれているのがわかる。


「何見てんだよてめぇ!」

「いや、いいナックルだなあって!」


 思わず叫んだトシキを、ダークエルフはきょとんとした顔で見た。微妙な顔をすると、トシキの胸倉を離す。サーシャとは違う理由でトシキはドキドキとしてきた。誰だろう、この人は。


「とりあえず、腹減ったしメシな。お前の(おご)りで」

「え、いや、僕、人を待っているんですけど……」

「サーシャの奴なら来ねえぞ」


 その一言にトシキの身体が硬直した。聞きたくなかった一言だ。

 ダークエルフは動きの止まったトシキの襟首を掴むと、すごい力でずるずると引きずって出口へと向かっていく。その勢いに抵抗できぬまま、せめてもとトシキは口を開いた。


「ええと、あなたは?」

「あたしはレティ。今日からお前のパートナーだよ」

「へ……?」


 引きずられるトシキは、信じられない情景を見た。片岡が先ほどから相手していた同い年くらいの少年に、サーシャが紹介されている姿だ。


(どうして……!?)


 サーシャと目が合った。サーシャはにっこりと笑うと、こちらに手を振った。さようなら。離別の挨拶。

 わかったのはサーシャには見限られたということだ。愕然とするトシキの前で、相談所の扉が閉まった。




 レストランのテーブルの一つで、トシキはぐったりと突っ伏していた。目の前には空になった皿が積み上げられている。トシキが食べたものではない。目の前のダークエルフがトシキのお金で食べたものだ。


「いつまでしょげてんだお前。メシがまずくなるだろ? いいかげん諦めろって」


 レティの遠慮のない呆れた声が上から降ってくる。あふれそうになる涙をトシキはこっそりとぬぐった。


「サーシャって奴はそういう奴なんだよ。強力な『スキル』持ちに近付く性悪なんだよ。何もされなかっただけマシだろ」

「サーシャさんは優しい人ですよ……」

「好きに言ってろ」


 レティの言っていることは信じられないが、この状況はどうしようもない。どうやら本当にこのガラの悪いレティがトシキの転生支援者(パートナー)らしい。まごつくトシキに突き付けられたのは、パートナー交代の正式な書面だった。相談所の片岡さんのサインも入っている。記憶の中の片岡さんの筆跡と同じだったので、偽造ということもない。


「それで、お前はどんな『スキル』だったんだよ。サーシャに見限られるなんて珍しいからさ」


 トシキは仏頂面をしたまま顔を上げた。そう言うのなら実際に見せよう。テーブルの上に用意されていたナイフとフォークのうち、なんだか(ぬく)く感じるナイフを手に取る。


「【解放(リリース)】」


 力ある詞(スペル)に従って、ナイフは光となって弾けた。レティの顔が興味ありげな表情に変わる。

 残された光文字は<ダストファイア>。光がぐるんと回ると、小さな火の玉になってへろへろとダークエルフに向かっていった。


「なんだそりゃ」


 呆れた声でデコピン一発。レティはそれだけで火の玉をかき消した。トシキはがっくりと力なく肩を落とす。


「これじゃしょうがないだろうさ。ま、支援期間が終わるまで、適当にやんなよ」


 その間メシは奢ってもらうけどね、と付け足したダークエルフは、意地の悪い顔をしていた。トシキを財布にする気満々なのがわかる。


「レティさんはどうしてサポーターになったんです?」

「……アぁ?」


 じろりとレティが鋭い眼光を飛ばしてくる。コートのポケットに手を突っ込んで崩した姿勢で座る姿などは、不良そのものだ。人にいろいろ教えるような人物に見えない。


「な、なんでもないです……」


 トシキは縮こまった。

 やっていけるのだろうか。不安がトシキの中で膨らんでいくのを感じていた。

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