0.さようなら、これまでの世界
後天性活動筋弛緩弱体化症候群という病気を知っていますか?
一億人に一人という確率の発症率。発症すれば最後、死に至る病。その病気になった瞬間、僕は死ぬことも考えたのです。
僕がその病気になったのは、六歳のころでした。
すぐに入院することになりました。
僕は大きくなりました。だんだん全身の筋力が弱くなっていきます。
病院のベッドの上は快適です。
筋力に合わせて自動で圧力を調整するバランサー。床ずれにならないように適度にマッサージや圧をかけてくれる機能付きです。半重力装置で移動も楽々なので、病院内であれば行きたいとこへ行けます。
筋力がだんだん弱くなっていくので、スポーツはできませんが、それ以外のことならできます。
僕が好きなのは、本を読むことです。
空間表示式インターフェイスは、手の筋力が衰えていても読めるので。
本の中で、僕はたくさん走って、たくさん跳んで、たくさん歩くことができます。戦うこともできたのです。
さらに筋力が弱ると、空間表示式インターフェイスも使えなくなりましたが、問題ありません。後天性活動筋弛緩弱体化症候群は、筋力が弱るかわりに、その分の栄養が脳に回されて記憶力や思考力が増大します。読んだ本は忘れません。僕の中に生きています。
本の中では、ファンタジーの小説が好きです。
ゴブリンや妖精、ドラゴンといった不思議な生き物。
浮かぶ都市、水の中の都市、噴き出す溶岩、クリスタルで出来た建物、そういった不思議な光景。
そこで生きるエルフやドワーフ、ホビットといった様々な種族。
どれもが僕をドキドキさせます。
中でも僕が好きなのは、不思議な力を持った武器です。
持っただけで、どんな人でもすごい力を持つ、あの武器たちです。
聖剣、魔剣、妖刀、秘剣、魔槍――――。
力を強化し、魔力を強化し、思考力を強化し、人間から超人へと引き上げる。
持っただけでそれまで普通だった人が、超人になって戦える。
持っただけでそれまで普通だった人が、王様になる。
持っただけでそれまで普通だった人が、大きく生まれ変わる。
そんな武器が、本当にあればいいのに。
そうしたら――――。
緊急シグナルが出たらしく、お医者さんがたくさん病室にやってきました。
心臓も筋肉で動いています。
筋肉が弱れば、心臓が止まります。
心臓の音が弱くなりました。もう、息をするのも苦しいです。
口についている呼吸器や、腕に刺さっている輸血管の感覚も、もうなくなってきました。
苦しいのかも、もうわかりません。
さようなら。もし生まれ変わるなら、僕の好きな世界へ。