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街へ繰り出せば人々の噂話が聞こえる。
何とかさんにはいい人がいる。とか何とかってお店の魚は安い、とか。なかでも多いのはやっぱり魔獣らしい。
魔獣って名前だから獣だと思ってたら、違うようだ。
噂曰く、ヒトの形をしている。尾びれを持っている。何を言っているか分からないが歌が聞こえる。人を水の中に引き込む。
逢魔が刻に南の港に現れる。
………これって、人魚?
確か、人魚って海の魔物だった。
歌を歌うのも、人を水の中に引き込むのも確か人魚だったはず。
南の港か。
酒場や食事処に行けば場所くらいわかるだろうし。近ければ言ってもいいかな。
結果として、港に簡単に着けた。聞く人聞く人には止められたが。
「うーん…人魚っぽい物陰はないなぁ…。今日はハズレかな、これは」
かれこれ30分は待ってみたが、港には私だけ。みんな怖がって港には近付かないみたいだ。
仕方ない。帰ろうと腰を上げようとすれば、物音が聞こえた。
『どうして貴方は私を捨てたの』
『どうして貴方は私を見てくれないの』
『どうして貴方は私を愛してくれないの』
岩の上に現れた影は、人魚だ。
人魚は歌う。
怨みのような、哀しみのような、何かを訴える言葉で。
『ねぇ、私を見て』
『私を抱き締めて』
『私を愛して』
影と目があった。吸い込まれそうなあおい瞳。
その瞬間、
『私を、助けて…』
頭に響くようなその言葉を最後にプツリと声は途切れた。
「…………ははっ…何処が歌だ。怨み辛みのオンパレードじゃねぇか…」
道に座り込む。頭に響くような声で目眩がする。
きっついなぁ…。メイドさん達の噂話を信じるとこれは領主の前の奥さんだってことになる。
だとするとただ浄化して終わりってわけにはいかないだろう。
「さて、どうするか…」
そのまま考えていれば、足首を波が濡らす。
海面が足元まで迫っている。周りを見れば海面が上がっていることに気付く。
水の中に引き込む…そういうことか。潮の満ちることで足が取られて溺れる。
それが人魚のせいになった。ってところだろう。
ほんと、どうするかなぁ…。
魔障には2種類ある。
魔獣によって受けた傷口から侵される障害。
感染症みたいなものだと思えばいいかな。傷口が小さい場合は治癒魔術でもダメージを軽減できるらしい。広範囲になれば浄化が必要となる。
けれど、魔獣のが活発になってからは治癒魔術師が足りなくなり、魔障に侵される人がどんと増えたそうだ。
もうひとつが、精神に与える障害。
魔獣の魔力に充てられて心を病んでしまうそうだ。そうなると治癒魔術では手を施しようがない。
精神に障害を受けるなど滅多になかった。けれど、これも魔獣が活発になってからは、魔障に侵される人がどんと増えたらしい。
今回の人魚も精神に障害を与えるタイプだろう。
ただ、言葉が分からないから大きな被害がないだけだろう。
ただ、私にがっつり言葉が理解できたんですけど…。
ま、図太いお陰で病んでしまうことはなかったけど。
魔障の基はわかった。後はそれを叩くだけ。
あの領主を連れてきて懺悔させてやろうじゃないか。
愛した人を幸せにできない奴は恋愛する資格なんてないってのが持論だから。私。
領主館に戻れば、玄関ホールには王子様が立っていた。
「遅い。」
「まだ日は暮れてませんが」
「18時から晩餐会だと言われていただろう。」
「……そうでしたか?」
私がそう答えると眉を顰める。
なぜ忘れていたと言わんばかりの様子だ。
忘れてたんじゃない。
聞いてないんだからしょうがないだろう。
「夕食は取っておいて貰っている。メイドに持ってこさせるといい」
それを言うためにここで待ってたんだろうか…
王子様の手を掴めば、冷えている。
「なにをっ」
「暖め」
じんわりと王子様の手が暖まっていく。
「わざわざありがとうございました。でも、それだけのためにこんなとこで待たれて風邪を引かれれば迷惑なんで」
「ニーア」
「手、暖まったみたいですね。では、おやすみなさい」
王子様の手を離せば部屋へと向かう。数歩進んだところで今日のことを伝え忘れていたことを思いだし、振り返れば
「あ、そうだ。魔獣、人魚でしたよ。」
それだけを言えば用意された部屋へと戻った。
後ろから呼び止める声なんか無視だ。