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美味しいディナーを食べるには

作者: みゆ

美波は悩んでいた。非常に悩んでいた。

なぜなら、一週間後は彼である篤の誕生日だというのに、お金がない!

今月に限って、飲み会の誘いやら友人からの誘いが多く、気が付けば、生活ギリギリの残高になっていたのだ。

『どうしよう〜。』

ため息をつく。

『篤の誕生日には、豪華なディナーでもって思ってたのに…。』

どう考えても無理だった。ディナーどころかプレゼントも危うい。

『よりによって、なんで給料日前に誕生日なわけ?』

1年以上前から知っていた、誕生日に文句をつける。

しかし、何を言っても誕生日は変わらない。

こうなったら、来月の生活のことは考えずにカードで…。そんなことを考えているとき、携帯が鳴った。

篤からのメールだ。

内容はこうだった。

《ごめん。来週の土曜日も休日出勤になりそう。》

来週の土曜日。篤の誕生日だ。何かと忙しい彼にちゃんと休みをとってもらえるように、美波が予めデートの予定を告げてあった日だ。

『またか。』

美波はさっきとは違う理由でため息をついた。が、次の瞬間ひらめいた。

『ちょっと待てよ。もし来週のデートがなくなったら、金銭的な問題は解決するんじゃない?再来週の月曜日には給料が入るわけだし、その後でも…。』

しかし次の瞬間、美波の心の中でそのアイディアは却下された。

美波が今付けている時計。これは美波の誕生日に篤がくれたものだ。仕事が忙しく、しかも平日なのに、無理に時間を作って『これからずっと一緒の時を刻みたいから』というメッセージと共に、篤が誕生日当日に渡してくれた時計。

『やっぱり当日じゃなきゃダメだ。』

でも当日、篤は仕事。

《何時ごろ終わりそう?》

メールを送信すると、すぐに返事が来た。

《多分、夜9時くらいになると思う》


夜9時。

篤の会社からの移動時間を考えると、行きたかったレストランはもう間もなくラストオーダーという時間帯だ。

悩む美波。

そして悩んだ末、

『じゃあ仕事終わったら家に来て。』

そうメールを送った。

それは、付き合って1年以上にもなるのに、初めての家への誘いだった。




美波はいわゆる‘片付けられない女’なのだと思う。

仕事を理由にして部屋は散らかし放題。掃除するのは月に一度あるかないか。

今まで篤に『部屋に行きたい』と言われても、散らかっているからと拒否し続けていた。

今までのデートは外で、がほとんど。『美味しいもの食べるの趣味なの』と、篤を連れ回していた。

そんな彼女にとって、彼氏を家に呼ぶということは、相当な覚悟がいることだ。まず部屋を綺麗に掃除し、さらに呼ぶからには食事も振る舞わなければならない。

最近は金欠により自炊も多少していたが、ほんの簡単なものしか作っていない。

そんな美波に篤を喜ばせる‘ディナー’が作れるのか…。




当日。

けたたましく鳴る目覚ましを、半分寝ぼけながら止める美波。

時計の針は、朝9時を指している。

『今日は休みなんだし、もうちょっと…』

再び眠りに落ちそうになったその時、はっとして飛び起きる。

『そうだ!今日は篤が来るんだった!』

とりあえず顔を洗い、簡単に朝食をとる。

たまっていた洗濯物を洗濯機に放り込むと、部屋を見て立ち尽くした。

『…どこから手をつければいいんだろう…。』

部屋の中には干しっぱなしの洗濯物や、散らかった雑誌などなど…。

しかし、なにもしないでこうしている訳にはいかない…!とりあえず、洗濯物をたたみ始める。

やっとたたみ終えたところで、洗濯が終わったことを告げる機械音。急いで干したところでふと気付く。

『これ…、乾いたらまたたたまなきゃいけないんだよな…。』

どっとやる気が失せるが、そうも言っていられない。今度は散らかっている雑誌に手を付ける。

重ねて、紐で縛って、とりあえず押し入れにいれて…。繰り返すうちに、疲れと飽きが襲ってくる。

『…ちょっと休もう。』

冷蔵庫からオレンジジュースを取出しグラスに注ぐと、ソファーに座ってそれを飲み干した。時計は昼の12時をまわったところだ。

『ちょっとお腹も空いてきたし、お昼にしようかな。』

買い置きしておいた冷凍パスタをレンジにかけ、食べる。ほっと一息ついたところで目に入ったのが、さっき片付けていた雑誌のなかの一冊だった。

『この雑誌、特集が結構面白かったんだよね。』

さっと目を通すだけのつもりが、いつしか読み耽り、気付くと読み終えた雑誌は3冊にもなっていた。

ふと時計を見ると、時間は3時を過ぎていた。

『ヤバイ!片付けなくちゃ!』

今まさに読んでいた雑誌を重ねて、紐で縛る。

やっとの思いで片付け終えたとき、すでに4時。

これから掃除機かけて、トイレもお風呂も掃除して、洗濯物たたんで、夕食の買い物して、作って…。

篤の仕事が終わるのが夜9時。それから30分もすれば家に来るだろう。

「…間に合うの?」

誰が聞いているわけでもないが、思わず声に出す。だんだんと焦りが強くなってくる。

洗濯物をハンガーにかかったままクローゼットに押し込み、大急ぎで掃除機をかけて、トイレとお風呂を掃除する。

買い物をする為に家をでたのは6時。

『…余裕じゃん。』

篤が来るまで、まだ3時間以上ある。




今日の夕食は、篤の好きなハンバーグにしようと決めていた。

スーパーに付くと、まず肉売り場へと足を運ぶ。高いものからお値打ち品までそろっていて目移りするが、今は金欠。お値打ち品の牛豚合い挽き肉を手に取る。

『ごめんね、篤。美味しいハンバーグ作るから許してね。』

次に野菜売り場へ行き、玉ねぎと、温野菜のサラダに使う人参とカボチャとブロッコリーを手に取った。

最後に酒売り場へ。

お酒が好きな篤。わりと何でも飲むけど、今日は誕生日なんだし、ここはなるべく美味しいものを選びたいところだ。

焼酎や日本酒はハンバーグにはちょっと合わないし、ビールっていうのも、普段とあまり変わりがなくてお洒落じゃない。

悩んだ末、予算におさまる範囲で一番美味しそうな赤ワインを手にした。


家に帰ると、7時をまわっていた。お酒選びに時間を取ったようだ。

『でも、まだ2時間以上あるから大丈夫ね。』

少し浮かれながらキッチンに向かった美波を待っていたのは…。


「…嘘でしょ?」

目の前のシンクの中には、洗っていない食器の山が。

…確かに、昨日も今日も、食器を洗った記憶が全くない。

「…これ、洗うの?」

急に脱力感が襲ってきた。

片付けも掃除も全部終わって、後は料理を作るだけ。そう思っていたのに…!

………。

『…やめようかな。』

買ってきた食材を床に置き、美波はソファーに倒れるように座った。

食器を洗って拭いて片付けたら、間違えなく30分はかかる。

よく考えたら、今日はまだシャワーも浴びていない。

掃除して汗やホコリにまみれたこんな姿のまま、篤に会うことは出来ない。

大きなため息をついて立ち上がる。

『後でピザでもとればいいか…。とりあえず、食器だけ片付けよう。』

仕方なく食器を洗い始めた。予想どおり片付けは30分程かかり、時計は8時前を指している。

『これからシャワー浴びてピザ注文したら、ちょうど篤が来る頃に届くかな。』

バスタオルを手にとり、シャワーを浴びる為にバスルームへと向かう。


掃除したてのバスルームは予想以上に清々しく、汗やホコリと一緒に、疲れや嫌な気持ちまで洗い流してくれるようだった。

『…ハンバーグ、食べさせてあげたかったな。』

そんな想いが頭をよぎる。

でも、時間もないし…。初めての招待と、美味しいワインで許してもらおう。


バスルームから出て、ピザを注文するために携帯を手にする。

『そういえば…。』

財布の中にあといくら残っているのか確認して、美波は青ざめた。


残高千円。

どう考えても二人分のピザは買えない…!

『どうしよう…!』

嫌な汗が出る。

まさか誕生日当日に、篤に奢ってもらうわけにはいかない…!

…となると…。

時刻は8時50分。

篤がくるまであと40分。


…やるしかない。

ハンバーグを作るしか方法ない!

もし間に合わなくても、少し待ってもらえばいい。それだけのことだ。

美波は濡れたままの髪をまとめ、キッチンに立った。



ハンバーグを作るのはどれくらいぶりだろう。

確か高校の調理実習で作った以来だ。

料理本を探すべきか一瞬迷う。でも、どこにあるのかわからない本を探すほどの余裕はない。

うろ覚えの知識を頼りに、玉ねぎに手を伸ばす。

まずはこれをみじん切りにしなければいけない。

実は美波には、玉ねぎのみじん切りに嫌な思い出があった。

昔付き合っていた彼の家でのこと。

料理番組で見たみじん切りの仕方を真似して、ざっくりと自分の指まで切ってしまったことがあるのだ。その時は、痛いわ、血は止まらないわ、料理を中断せざるをえなくなるわで散々だった。

でも今、美波はまさに、そのみじん切りに挑戦しようとしている。

玉ねぎを半分にし、不器用な手つきで恐る恐る横からいくつか切れ目を入れる。そして上からも切れ目を入れ切っていくと、少し大きいが、みじん切りが出来た!

『できた…!みじん切り!』

嬉しさが込み上げてくる。

しかし、良く切れる包丁だったら、また以前と同じように手を切っていたかもしれない。使っているのがあまり切れない包丁で良かった。

冷蔵庫からひき肉を取り出し、ボウルに入れたとき、迷いが生じた。

『玉ねぎって、このまま混ぜていいんだっけ…?』

生のままひき肉と混ぜるのか、炒めてから混ぜるのか…?

確か、コロッケを作るときは、玉ねぎは炒めたはずだ。じゃあ、ハンバーグは?

時間は刻々と過ぎている。炒めている時間はない…!

『焼くんだから、生のままで大丈夫なはず…!』

そう思い、玉ねぎをひき肉の入っているボウルにそのまま入れた。

そこでまた疑問が生じる。

『玉ねぎ、多くない?』

確かに多い。どう見ても、ひき肉と同じ位の量がある。でも…

『問題は味と愛情よ。』

そう自分に言い聞かせ、そこに生卵と塩、胡椒、そしてビンに入ったパセリを振りかけ、こね始めた。

『なんとなく水分が多い気がする…。』

こねていたそれは、一応形は作れるが、なんとなくまとまりがないような物になっていた。

『間違えた…?』

やはり料理本を探すべきだったのだろうか。

しかし、フライパンで焼いてみると、ちゃんとハンバーグらしく見えた。


『ハンバーグはとりあえず焼いて火を通せばいいから、次は温野菜ね。』

温野菜の作り方は簡単だ。あらかじめ丁度いい大きさに切ったものを少量の水と一緒に器に入れ、ラップをしてレンジにかければいいと、友達に聞いた。でもここでも問題が生じた。カボチャが切れないのだ。

『なんでこんなに固いの〜?!』

さっき救われた切れない包丁に、泣かされるはめになるとは…!

それでも力を入れてなんとか切り、ラップをかけてレンジに入れた。

一息ついて、ハンバーグの焼き加減を見た時、玄関のチャイムが鳴った。




篤は、初めて来た美波の部屋に、嬉しそうに、でもなんとなく落ち着かなそうに座っていた。

「待っててね。すぐ用意するから。」

美波が用意した今夜のディナー。

温野菜にマヨネーズをかけたサラダ、ハンバーグ(ケチャップとソースを混ぜたものがかかっている)、クラッカーにチーズを乗せたもの。それから、選びぬいたワイン。

グラスにワインを注ぎ、乾杯する。

「篤、誕生日おめでとう。」


料理はうまく作れているのだろうか…。

恐る恐るハンバーグを口に入れる美波。

…ちょっと固いし、やっぱり玉ねぎが多い気がする。が、思ったよりも美味しかった。

「…美波って、料理作れたんだな。」

篤が少し意外そうに美波を見る。

「美味しい?」

不安に思いながら、美波は篤に尋ねた。

「うん。このハンバーグ、これ自体は味が薄い気がするけど、ワインに合うよ。」

ワインに救われた。

ワインだけでも悩んで選んで本当に良かった。

「まだあるから、いっぱい食べてね。」

「まだって…、ハンバーグが?」

「うん。いっぱい作りすぎちゃった。」

キッチンには焼く前のハンバーグのタネが、まだボウル半分位残っていた。

「お前、それ作りすぎだろ。」

ちょっと呆れる篤。

「そんなに食べられないから…。冷凍しとけば。」

「冷凍?」

「そう。ラップに小分けして包んで。冷凍しておけば、長くもつだろ。」

篤のアイデアに感心する美波。

「篤、いいお嫁さんになれそう。」

「アホか。」

更に呆れる篤。

「嫁になるのはお前だろ。」

小さく呟いた声は、美波には届かなかったようだ。

「え、何?」

「何でもないよ。」

照れ臭そうにしている篤を、美波は不思議そうに見つめた。

「またなんか作ってな。」

え、それは…。

口ごもる美波。


でも。

実質40分程で作った、手順も材料も曖昧な料理。

篤はそれを美味しそうに食べてくれた。

きっと二人なら、何を食べても美味しいんだ。

「じゃあ、今度は篤もつくってね。」


明日は二人共休み。

ゆっくりと、誕生日の夜が過ぎていった。

ハンバーグの作り方わかりますか?この話は、私が久しぶりにハンバーグを作った時に思いついたものです。           ダメダメな美波ですが、少しでも共感してもらえたらうれしいなと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] あはは。何だかドタバタですね。それにしても、篤君、初めて美波の部屋に誘ってもらったんでしょ〜。何か期待しちゃうよねぇ。誕生日に食べたのはハンバーグ『だけ』だったのかなぁ?・・・なんちゃって。…
[一言] とってもほのぼのして可愛いお話ですね!こういう雰囲気のお話が大好きなので、みゆさんの短編の中ではこの作品が一番好きですv メインであるハンバーグを作るシーンですが、描写にリアリティがあってと…
2008/11/14 13:44 退会済み
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