ある夏の日
《ある夏の日》
「夏だね~」
テラスの手すりにもたれ掛かるようにして、アヤが街の方を見ながら言う。
「水まきしたら、多少は涼しくなるかな」
そんなことを言い出すものだから、僕は
「なるんじゃないの?」
と適当に返した。
「じゃあ、水まきしようかな」
「大変だと思うけど」
「大丈夫」
どこが大丈夫なのだろうか。
「今回は魔術で水まきするから」
自信満々にそう言う。アヤにしては珍しいことだ。
「珍しいね」
普段、アヤは魔術をあまり使おうとしない。魔術を使うことが嫌いだからだ。僕もそれを理解しているから、あまり魔術を使うように言うことはない。
「だって、この広い城に水をまくんだよ?魔術じゃないと大変じゃん」
まかなければいいのではと思ったけれど、声には出さなかった。多少、涼しくなればいいと思っていたから。
「そうだね~」
「それに! たまには魔術を使わないと」
またまた珍しいことを口にしている。
「感覚とか鈍ってたら恥ずかしいじゃん」
「確かにね~」
アヤのことだから、鈍ることはないだろう。それにもし、鈍っていたとしてもすぐに感覚を取り戻せるだろうから、杞憂にすぎないような気がする。
「大丈夫、水の術は得意だから!」
笑顔で言われた。
もとから心配などしていないし、アヤが水系の術を得意としているのは知っている。
「じゃあ、頑張って」
「まかせといて!」
アヤが魔術で城に水まきをすると、多少涼しくなったような気がした。
「涼しくなったかな」
「なったよ。ちょっとだけね」
「よかった」
そんなことを話していると、バタバタと足音が聞こえてきた。
「アヤ!」
開口一番そう怒鳴り付けたのは、アヤの親友であるユキだった。
「水まきしてる暇があるなら、仕事しなさいよ!」
ユキは、時々アヤの仕事を手伝いに来ている。今日は、アヤが水まきをしていた時に来たのだろう。
「暑くて無理」
「仮にも国王なんだから、そんなこと言ってないで早く仕事しなさいよ」
「じゃあ、国内視察してくる」
「ただ遊びに行きたいだけでしょう?」
「失礼な!ちゃんとした仕事だよ!」
確かに、国内視察も仕事のうちの一つだ。
それにしても、この二人の会話は、ユキには悪いけど、いつも聞いていて楽しい。
「あなた、国内視察しかしてないじゃない!」
「そんなことないよ?」
「嘘ばっかり。タクトにばかり書類仕事やらせてないで、ちゃんと自分でやりなさいよ」
「えー。書類仕事は苦手なんだよ。それよりタクト、早く国内視察に行こうよ」
アヤが笑顔でこちらを向く時には既に、髪と眼の色が変えられていた。金色の髪が銀色の髪に、翡翠色の瞳が澄んだ青色の瞳になっていた。
僕も髪を明るい茶色に、瞳を緑に変えて、アヤと城下町へと出かけた。
後ろからまだ怒っているユキもついてきていたが、まっすぐ家に帰ってしまった。
暑いのに、街は人で賑わっていた。
「やっぱり暑いね~」
「そうだね~」
僕とアヤは、いろいろな店を見てまわった。
「あっ、あれおいしそう!」
アヤが指差す先には、おいしそうな食べ物が売られていた。
「これ一つください」
「あいよっ」
「ありがとうございます」
アヤは、商品を受け取りながら嬉しそうに笑った。 店の人は、まさか目の前にいるのが国王だとは思わないだろう。もしそのことを知ったら、きっと面白い反応をするんだろうな、と思った。
そして、店を見て歩きながらアヤがお菓子を作る時に使う果物を買った。その他にも、小物や文具などを買って、城に続く道がある噴水広場に向かった。
噴水の近くにある椅子に座って、いろいろな人を見るアヤ。口元には笑みが浮かんでいた。
「来てよかったね」
「うん」
道行く人の笑顔を見て、アヤは嬉しそうに微笑む。 毎回、遊びに行くかのように城を抜け出して街へ行くアヤだけど、国民の様子を見てそっと微笑んでいるところを見てしまうと、何も言えなくなる。
「さてと、そろそろ帰ろっか」
「そうだね」
そして僕等は、城に帰った。
―――《ある夏の日》fin
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