椿姫小春:2
11/17(日) 14:30 p.m.
「どういうことか説明しろ」
「どういうことか説明して」
フォルテに肩を担がれることだけは辞退し、なんとか自力で部屋に戻ってきた。
布団にうつ伏せに倒れて溜息のように吐いたオレの言葉と、フォルテの不機嫌そうな口調で吐き出された言葉は、全く同じものだった。
どういうこともなにも、オレは見ず知らずの相手になんの前触れもなく命を狙われた被害者なわけで、それ以上の説明なんてしようがない。
オレに対する質問より、まず加害者と知り合いらしい会話をしていたフォルテが、オレの質問に答えるべきだ。
「僕との約束忘れちゃったの? 命いっぱい生きようって約束……」
先に声を出したのはフォルテの方だった。
こいつは本当にわかりやすい。心配になるくらい、わかりやすい。出会って数日しか経っていないのに、言葉の一つ一つから感情が読み取れてしまう……気がするくらい、手に取るようにわかる。
フォルテは、オレが約束を忘れて諦めようとしたことを、死のうとしたことに対して怒っているわけではなかった。
むしろ、声の沈み方を聞くと、自分が悪いとか思ってそうだ。人が良すぎる。
「……忘れたわけじゃねーよ。だけど、あいつはオレを見ながら、もう一人のオレを見てたんだ。オレが死ぬことで、あいつが満足するならそれもいいかって思っちまった。一人の気を楽にできるなら、あと一ヶ月のオレの命にも価値が出る。それで本望なんじゃないかって」
生きたいとこそ思っていないものの、オレは別に死にたいわけじゃない。どうせ死ぬなら、なんの意味もないなら、せめて誰かの役にたって死んだほうが世の中のためになるだろう。それくらいの考えで、それしかない。
自分の命なんて、何もしなければ生ゴミとなんら変わらないさ。
「本望なわけないよ。君はきっと後悔する。死んだらすぐに化けて出ちゃうくらいだよ」
ようやく体の震えが止まり、呼吸も整ってきたので両腕を使って上半身を起こし、布団の上で胡座をかく。
なんの根拠もないのに、確信を持った物言いが癪に障る。
「……なんでお前にそんなことがわかんだよ」
「君が死んだら、僕が悲しむから」
「……は?」
なに言ってんだ? そういう意図で音が出てしまった。人を不快に思わせるようなあからさまな音。
しかし、フォルテは全く意味介さず、ちょこんと座って、真っ直ぐにオレを貫く。
オレは、こいつのこの目が苦手だ。
「君は優しい人だから、きっと僕が世界の終わりのように悲しんでるのを見て、いてもたってもいられなくなっちゃうもん。それに、折角お友達ができたんだよ? もっと仲良くしておけばよかったーって、絶対に思う。諦めずに生きておけばよかったって、後悔するはずだよ?」
死んでしまったらそれで終わりだ。たとえそれが事実だったとしても、フォルテが悲しんでることなんかも全くわからねぇだろうよ。
それに……たしかに、オレを踏み止まらせた一番の原因はあいつ、全知纏かもしれないが、たかが数日の仲だ。そんなことでオレ後悔しない。多分。
……あいつも、短い付き合いだ。泣いたりなんかしねぇだろ。
「それに、あの子……ゆーいは君を殺すことに拘ってるみたいだけど、それだけはさせちゃダメ。じゃないと、君と一緒にゆーいも後悔することになっちゃう。君を殺さなきゃよかったって」
「あん? どういうことだ? あいつは生前のオレ……っていうと語弊があるのか。あっちの世界のオレのことを恨んでたんじゃねーのか?」
うーんと、フォルテは唸る。顎に手を当て、うーんと唸る度に頭を左右に揺らしながら返す言葉を考えている……ようだ。
殺意を向けられたことがあるか、ないかという質問に対して、おそらくない人間が殆どだろう。オレもその一人だ。
背筋に悪寒が走るような、明確に恨みや怒りを感じる殺意を真正面で受けたことなどない。今思い出しても、身体が反応して震えが起こりそうだ。そんな気がするだけだが。
あんな殺意を向けられて、殺さない方が良かったなんて後悔されたら、殺された意味がわからない。矛盾にも程があるぞ。
「ゆーいが君の同一個体である、うららを恨んでいるのは確かだよ。でも、憎んでいる理由は、君のことが大好きだったからなんだよ」
……なんだって?
「うららはみんなの人気者だった。誰にでも優しくて、誰にでも厳しくて、でもいつだって笑顔で、それでいて強い人だった。みんながみんな、うららのことが好きだったんじゃないかな。そう言ってしまっても過言はないと思うよ」
つまり、あっちのオレは性別が反対ってだけじゃなくて、性格から何から全部正反対だったってことか。
こうやって、わざわざ世界の垣根を越えて、同じ姿形をした偽物を連れて帰ろうとするくらいだもんな。よほどオレより出来た人間だったのだろう。
ため息が出た。
「うららはみんなのお手本みたいな人だった。ただ一点を除いて」
どうやら優等生にも欠点はあったらしい。自覚はあったものの、自分と同じだと言われる人間の出来が相当良いなんて聞かされてしまっては、自分が本当にどうしようもない奴だと嫌でも分からされて、なんかこう、以外とモヤモヤするもんだ。
聞かせてもらおうじゃねぇか。その欠点とやらを。
「そいつのどこがダメだったんだ?」
「ダメってわけじゃないんだ。でも、それはやってはいけないことだったんだ……君と同じだよ、小春」
「……オレと同じだと?」
フザケンナ。と、口先まで言葉が出かかっていた。だが、フォルテがそれを許さなかった。
もちろん意図的にじゃないだろう。あまりに優しい笑顔が、あまりにも悲しそうで、オレは息を呑んだ。
「うん。うららは、僕達を守るために死んだんだ。死ぬってわかっていて、その選択をした。君と同じ、命の大切さを理解していない大バカだよっ」
「……同じ……ね」
残念なことに、同じには聞こえなかった。全く全然。
きっと、それは立派なことだったのだ。ウララ=レジネスは考えたはずだ。必死に考えて、考えて、どうすれば大切なものを守れるのか。その最良は一体なんなのか。
その答えが、それだった。それしかなかったのだろう。
オレなんかとは違う。
「で? そのことと、ユーイって奴がウララ=レジネスを恨むことに、どういう関係があるんだ? 聞く限り、そいつはみんなにとって英雄なんじゃねぇのか?」
フォルテは少しすまなそうに耳を垂れた。
「んとね、ゆーいは、うららに死んで欲しくなかったんだ。ごめんね。本当は君と会った時に言っておくべきだったんだけど……ゆーいと僕は一緒に”夢”に来て、君を一緒に”現 ”に連れて帰るって約束だっだんだ」
「……オレを探す時間が限られていたから二人でやって来て、二手に分かれて探したほうが効率がいいって考えたわけか」
つまり、フォルテより先にユーイって奴がオレを見つけていたら、オレはもうあの世ってことか。
女にされてまで生きていることを考えると、その方が幸運だったのかもしれない。
「そういうこと。で、合流する期日が明日だったんだけど……僕に黙って君を殺そうとしたってことは、やっぱりゆーいは、うららともう一度過ごせることよりも、もう一度失うことの方が怖いんだと思う」
……そういうものなのかね。オレには見当もつかない。
「とにかく、ゆーいは僕が説得してみせる。だから、安心して! って、良いたいんだけど……」
「あん? まだ心配事があんのか?」
「……うん。でもまだ確信がないから言わないでおくよ。だけど用心のために、これから先、小春に近付いてくる怪しい奴がいたら注意して。あと、僕が一緒にいられないときは、常に誰かと一緒にいることを心がけて。隙があれば命を狙われるかもしれないから」
なんともまあ、面倒くさい話がさらに面倒くさくなってしまった。誰も生き延びたいなんていってねぇっつーの。
こんなことになるなら、約束なんてするんじゃなかったぜ。何を言われてもオレは死ぬって言い続ければよかった。たとえ何の意味もない死でも、意味のない生より自然に優しいってもんだ。
一方的に頼まれてばかりってのも気に食わない。オレからは特に頼みはねぇし、もう一度確認をしておこう。本当にそれでいいのかを。
「……なあフォルテ」
「うん。なぁに小春っ」
「ウララ=レジネスは帰ってこねぇぞ。お前たちの英雄には天と地ほどにも及ばない、誰からも必要とされていないようなオレがそいつの代わりになるんだ。本当にそれでいいのか?」
本当にそれでフォルテが、ユーイとかいう食器屋が満足するのか?
見た目が同じってだけのオレを助けて、意味があるのか?
意味なんてない。死人はやはり帰ってこないのだ。ただの代用品で、こいつは満足したいだけなんだ。そう思いたい。
「うん。僕には君が必要なんだよ」
オレはフォルテの顔を見ていない。
見れなかった。




