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HEΓP  作者: 天夢
-Chapter02-
15/22

椿姫小春:2

11/16(土) 16:15 p.m.


 その後、フォルテと合流したオレ達は、本来の目的を遂行すべく、全知による好世町(コウセイチョウ)案内ツアーを再開した。

 昼食は不本意ながらも通りかかった駅前にそれがあり、ちょうどお腹も空いたからという、至極最もな理由でハンバーガーショップで摂ることになった。

 オレはああいうジャンクフードがあまり好きではない。だが、全知が学生といえば学校帰りにみんなでバーガー!と聞かないので、仕方なく付き合ったのだ。

 店内に入るや否や、ペット禁止だとまたも言われてしまい、フォルテはまた店の外で留守番することになった。それを不憫に思った全知は持ち帰りを所望し、外の席で食べることになったんだが、これがいけなかった。

 ハンバーガーやポテトという類を知らなかったのか、それともこういうジャンクフードの店が真新しかったのか。とにかく、頭の上に大人しく伏していたフォルテが急に落ち着きが悪くなり、べしべしと頭を叩き何かを訴えはじめた。

 おそらく、机に並ぶジャンクの部類を寄越せというサインだろう。それはわかる。お腹が空いたのかもしれない。

 だが、残念ながらハンバーガーの中には玉ねぎが入っているし、ポテトは揚げ物。どう考えても猫の体には悪影響だ。

 無視を決め込んだオレの頭を叩き続け、段々それが激しくなっていったので、放置していれば終いには癇癪を起こしかねなかった。ため息一つ、問答無用で首根っこを掴み頭から引きずり降ろした。


「ダメだ。我慢しろ」


 結果、フォルテはこれでもかと拗ねた。

 フォルテ用に猫缶を持ってきており、それを開けてやったのだが、見向きもせずに机の上で丸まって知らんぷり。拗ねられてもジャンクを食べさせるわけにはいかず、それには全知も同意なようで、逆に悪かったかなと、罰が悪そうに言いながらフォルテの頭を撫でていた。

 それでも不機嫌は治らなかった。やれやれ。


 昼休憩後、丸まったまま動こうとしないフォルテを持ち上げて腕で抱え、ツアーを再開した。

 学校裏のスーパー銭湯に、何故かプリクラが設置されたアイス屋。バッティングセンターに老朽化が進んでいる体育館など、他にも少し目立った建造物はあるが、とりあえずこの好世町(コウセイチョウ)の主要箇所は大体回り終えた。

 そして今は、全知がどうしても案内したいという、この町唯一の公園を目指して歩いているところだ。

 実際、この町に越して来たわけではないオレにとっては、どれもこれも復習に過ぎないのだけれど、これはこれで悪くない。

 なんせオレはこの一年間、近所で大体揃うという理由で、外に出ても商店街に足を運んでいたくらいなのだ。あとは、町に一つだけある郵便局。


「そうだ。公園に行く前に、今はもう潰れてしまった工場の跡地があるんだ。そこもついでに見て行こう」


 るんるん気分で腕を大きく振って歩く全知が、ポニーテールを翻して言った。

 工場ね、確かにありゃあ工場に見えるか。だが、あれは本当は工場ではなく研究施設らしい。潰れてしまっているというところは正解。

 どうしてオレがそんなことを知っているのかというと、それはオレがこの町にずっと住んでいるからだが、それでは答えには届かない。それなら全知もそうだろう。

 正しくは、数年前までオレの母親がそこにいたからだ。

 町人には電化製品をつくっている製品工場だと銘打ち、実際それらの部類も製造していたのだが、本業では何か別のものを造っていたのだという。

 だが、本当のところは何をしていたのか、何を造っていたのかはオレも詳しくはわからない。母親からは、"今までの常識を覆す実験を行っているすごい施設"としか聞かされていないのだ。

 そんな実験を行う施設がこんな片田舎にあるとは思えないし、多分口からでまかせか、新開発している電化製品が前衛的な姿勢で作られていることを指しているのだろう。

 それ以外に考えは浮かばない。だから本当にあそこはただの製品工場だったのだと思っている。おもっているのだが、母親があの工場のことを絶対に施設としか言わなかったので、そう覚えてしまっているのだ。

 工場だと言われると、違うあれは施設だと言い張ってしまいそうな、そんな感覚。

 オレが中学に入る前、何があったのかあの施設は廃棄が決まり、母親はここから離れた都会の施設勤務になったとあの家を出て行った。中学の途中までは年に数回顔を出していたのだが、確かもう二年くらいは顔を見ていないし、連絡もない。

 父親はオレが物心ついた頃から既にいなかったし、それからオレはあの部屋に一人ぼっち。全く、中学の子供をほったらかしなんて、普通じゃ考えられない母親だろうな。

 生活費の振込だけが月々キッチリと振り込まれているので、何処かで生きてはいるのだろう。オレのことなど忘れて。

 あと一ヶ月、オレが死ぬまでに帰ってくることもないだろう。今更会いたいとも、特に思わないさ。


「跡地なんて見たって、面白くもなんともねーだろ?」


 少なくともオレは面白くない。顔も忘れてしまいそうな母親が、腹を痛めて産んだ子供をそっちのけで没頭するような施設だ。そこまで人を虜にする建物なんて、恐怖すら感じるね。

 と、少し顔に出ていたのか、いつの間にか右隣を歩いていた全知が少しだけ笑っているような、でも不思議そうな表情で、オレの顔を覗き込んで来た。


「えらく不機嫌そうな顔をするんだね。そんなに廃墟は嫌いかい?」

「……別に。無駄なことをするのが嫌いなだけだ」

「なるほど。君らしい」


 ツッコミ覚悟で適当な言い訳をしたのだが、どうやら的当だったらしい。全知はあっさりと納得し、うんうんと頷いて正面に向き直った。

 ま、無駄が嫌いというのも間違っちゃいないか。

 ふぅと息をつき、肩の力を抜く。いない奴のことを考えるのはやめよう。考えたって、意味がない。

 と、適当に誰もいない風景の方へ目を泳がせると、腕に何かが巻きついてくる感覚を覚えた。


「公園はとてもいいところだよ。君の期待は裏切らないさ」


 全知だ。オレがフォルテを抱えていることで出来た隙間に、器用に腕をねじ込んで巻きつけている。

 引っぺがしてやろうか。さっきまでのオレならそう思っているはずだ。

 だが、今はそう思えないし出来ない。なんとなく、それで落ち着いてしまったからだ。しっくりくるとかそういう意味ではない。全知のいう不機嫌が、すっと引いていく感じがした。なんというか、安心感、だろうか。

 いや、フォルテを抱えていて両手が塞がっているから、振り払えないだけか。

 ……期待なんてしてないさ。

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