原点回帰
東域第四班のメンバー同士の仲を回復させるために取られた休暇日、その一日目。
この日休暇を取るのは、篠崎修斗、島原美月の二名。
前日、薫と分かれた修斗は、すぐさま美月のところに直行して約束を取り付けた。電話でも良かったのだが、無視される恐れがあったし、何より勢い付いている内が吉だと判断した為だ。
部屋から出てきた美月は、普通の状態の時よりもおよそ〇.〇七ミリ目が吊り上っており、頬も薄っすらと赤くなっていた。原因に覚えの無い修斗は断られるのではないかと懸念したが、誘いの言葉を全て言い切る前にブンブンと首を縦に振ってくれた。この即答もそれはそれで釈然としなかったが、快諾してくれたことが嬉しくて特に追究はしなかった。
その後、薫に確認を取ってみると、彼女の方も正貴の了承を貰うことができたらしい。この一週間の気まずさなどまるで無かったかのように、一も二も無く頷いてくれたとのことだ。互いの幸先の良いスタートに、二人は思わずハイタッチをしてしまうくらい喜んだのだった。
ただ、これは前段階に過ぎない。二日の休日の間に修斗が美月、薫が正貴の蟠りを取り除き、二人を和解させなければならない。そのためにはまず、修斗が今日の外出で美月の説得を成功させる必要がある。
そのため、今日の修斗は自分で思っている以上に緊張していた。左手首に巻かれた腕時計と美月が来るであろう廊下の方向に何度も視線を交互させながら、約束までの時を過ごしていた。
東部機術師基地。暮園東部の機術師達の任務、生活の拠点である。修斗は今、そのエントランスエレベーター前に立っている。
東部西部に限らず、機術師基地は暮園の地下に存在している。街全体の下に蜘蛛の巣を張り巡らせるかのように広がっており、街の各エリアに対応して各戦闘班の待機室や居住区が点在している。そこからエレベータを利用して地上へ向かい、尽骸が出現した現場へ急行するのだ。
修斗の目の前にあるエレベーターも、東域第四班の管轄地区へ向かうための一つだ。そして今日は、美月との待ち合わせ場所でもある。
いよいよ腕時計の長針が、約束の時間の一分前を指した。もう何度目になるか分からない程見た廊下の曲がり角へ視線を向ける。
すると、まるでタイミングを図ったかのように、美月がそこから姿を現した。
「遅れてごめん」
走ってきたのだろうか、軽く息を弾ませて微かに頬を上気させながら、美月は修斗を見上げる格好で謝ってきた。
今日の美月の服装は、機術師の制服である紺色のロングコートではない。白のタンクトップに黒のジャケットを重ね、青のジーンズを履いている。ボーイッシュで活動的といった印象だが、彼女の身体のラインがはっきりと出ていて、女性らしさが強調されている。
ちなみに修斗の服装は、白の襟付きTシャツに黒のスラックス。普段、機術師の制服であるコートばかりを着ていることも含めて、修斗は服装に対するこだわりは特に持っていなかった。
一方、美月は自分に似合う服装を弁えている。少なくとも”見せたい相手”の意識を奪うことができたのだから、適切な選択と言えるだろう。
どこか艶やかさを感じさせる彼女の上目遣いから目を逸らしながら、修斗は誤魔化すように応えた。
「あ、ああ。気にするな。時間通りだから」
「? どうしたの、修斗?」
「何でもねぇよ。それより早く行こうぜ」
「うん」
美月が先行し、軽やかな足取りでエレベーターに乗った。修斗も続くと扉が閉まり、音も振動も無くエレベーターは動き出した。上昇している感覚は全く無く、地上とエレベーターとの距離を表すメーターだけが上昇していることを伝えてくれる。
時折、二人のどちらかが身じろぎするがそれ以外の音はせず、エレベーター内は沈黙している。二人とも互いを意識しているが、話すに話せない――そんな雰囲気だった。
それを最初に破ったのは、修斗よりほんの数瞬先に口を開いた美月だった。
「……今日は本当に休暇取って良かったの?」
「――ああ、今日は拓也さんのいつもの用事だからな。正貴さんの妹の研修も折り返しに来たこともあって丁度良いんじゃないかって」
美月の質問は予想していたものだった為、修斗はあらかじめ用意していた言葉を口にした。とは言っても、それは本来の目的を誤魔化す為の擬装であるが、決して偽装では無い。
同じ東域第四班のメンバーである平井拓也は、週に一度の割合で私用に出掛ける。本人によると研究部――導器の開発や尽骸の分析などを行う部門――からの呼び出しとのことだが、詳しいことは第四班のメンバーどころか、他の機術師も知らない。一応は「拓也の導器は重要かつ特殊な為、その検査なのでは」という見解がなされている。だが他の機術師の場合、導器やその所有者の検査は月に一回程度だし、何より拓也の導器を誰も見たことが無い為、色々と腑に落ちないのが正直なところだ。
研究部、または管理部なら何か知っているのは確実だが、一度正貴がそれを訊いたところ、「機密情報のため答えられない」の一点張りだったらしい。
そういうわけでこれ以上は拓也にも迷惑を掛けるのため、彼の週一の私用は暗黙の了解と化している。
「ふぅん」
「もちろん尽骸が出たらすぐに駆除に行かなければならないから、完全な休暇って訳じゃないけどな」
「わかってる」
「あ、言っとくがマジで尽骸出てきても、美月はおとなしくしてろよ。今は謹慎中なんだからな」
「……わかってる」
俯いてしまう美月。顔はよく見えないが、きっと様々な感情が綯い交ぜになって、あまりいい表情をしていないことは容易に想像がつく。
余計なことを言ったかもしれないが、美月ならば例え導器が無かろうと修斗に付いてくることは十分考え得る。だからこうして釘を刺しておかないと、修斗は安心して今日の休暇に臨むことができない。ただ、きっちりフォローはしておく。
「安心しろよ。この前は遅れを取ってしまったが、正貴さんの妹だって実力は確かなんだ。たった一週間、三人だけで平気だ」
「でも……」
「とにかく今は大人しくしておけ。お前に何かあったら気が気でないからな。――なに、謹慎中の鬱憤を晴らす機会はちゃんとつくってやるから」
「……うん」
美月が余計な懸念を持たないようにあくまで気安く、そして多少の背伸びをして笑う修斗。
それを見て納得したのか。美月は顔を背けて、それ以上は何も言わなかった。
再びエレベーター内が静かになるが、今度は長く続かなかった。その沈黙は、地上への到着を告げるアナウンスによって破られた。
扉が左右にスライドし、二人はエレベーターから降りる。狭く薄暗い廊下が一直線に続き、突き当たりに黒塗りのドアが一つあった。そこへ向かって直進、美月がノブを捻って外側へ押す。
ドアを抜けた先はあまり人通りの無い、街の路地裏だった。と言っても、すぐ右手から陽の光と大通りの喧騒が入ってくる為、陰気な空気や後ろ暗さは無い。むしろテーマパークの入園口前のような、高揚と期待を感じさせてくれる。
二人が出てきたドアは、何の変哲も無い雑居ビルの裏口である。このビルは、機術師基地と地上を繋ぐエレベーターをカモフラージュする為に建てられたものだ。表通りに面している入り口から入れば様々なテナント店舗を利用できるが、それらは全て管理部の息がかかっている。このような建築物は街の至る所にあり、機術師の機密保持に一役買っている。
それはさておき、大通りへと出た二人は、久しぶりに任務以外で見ることとなる街を見渡す。任務中は尽骸の出現ポイントへ急行、駆除が完了したら速やかに撤収するのが常だ。そして任務が無い時でも余程のことが無い限りは、尽骸出現に備えて基地で待機していなければならない。日常生活に必要なものは基地内の売店で事足りてしまう。
そういう訳で、美月が目の前に広がる光景を、まるで子供ように見ているのは仕方が無いことだと言えた。今更ながら、自分達は意外と窮屈な生活をしているのだな、と修斗は感じた。同時に、自分達は法的に大人と認められる年齢――二十歳まで、まだ二年程猶予があったことを思い出す。
もし。もしも。
あの日、自分の両親と美月の両親が尽骸に殺されなかったら。
美月が尽骸に憎しみを抱かず、記憶消去を受け入れていたら。
自分達は目の前を歩く人達のように笑いながら、”日常”を享受できたのだろうか。それとも別の尽骸に、あっけなく殺されてしまったのだろうか――――
「――うと、修斗」
「……あ?」
いつの間にか、美月が修斗の顔を下から覗き込むように見ていた。不意の至近距離に、修斗は後ろに跳び退った。が、思った以上に動揺してしまっていたのか、今出てきたばかりのビルの壁に後頭部をぶつけてしまった。
「ど、どうした?」
「私の台詞。黙り込んだり、自分から壁にぶつかったり……体調でも悪いの?」
「何でもねぇよ。それより、どこ行こうか?」
ついさっきも似たような誤魔化し方をしたな、と修斗は頭の片隅で思った。
「…………そう。なら、ついてきて」
言うや否や、美月は修斗の手を取る。そして修斗を引っ張って、むしろ引き摺るくらいの勢いで街の大通りへ向かっていく。
その後の修斗は、まるで童心に返ったかのような美月に終始振り回された。
目についたものを手当たり次第、といった風にあちこち修斗を引っ張っていく。表情がいつもより朗らかで――恐らく修斗でなくとも分かる変化だ――こう言うと失礼かもしれないが、「休日の買い物を楽しむ普通の女の子」に見えた。
普段の不機嫌そうな表情を見慣れてしまったので、幼馴染である修斗すら忘れていた。両親達が殺される前の美月は、まさしくこんな女の子だった。快活で、いつも修斗の前を歩いて。修斗はそんな彼女の後を、苦笑しながらもついていって……
修斗は懐かしさを覚える。そのおかげか、昔の様に何の気負いも無く美月に接することができた。二人で街を歩き回っているこの時だけは、自分が機術師であることも、班内で起こっているトラブルも関係無く、純粋な楽しさが沸きあがってくる。当初は美月を元気付ける為の休日だったが、修斗自身も心が活力で満たされるようだった。
そして、今二人が居るのは、街のとあるアクセサリー店。美月は並べられた商品を順々に見てまわっている。修斗はその後ろにつきながら、彼女の様子を静かに眺めていた。
と、美月がアクセサリーに向けていた視線を修斗に向けてきた。
「修斗。髪留めを買おうと思うのだけど、どれがいいと思う?」
修斗は美月の頭部に目を向ける。
薄っすらと赤みを帯びた髪。長く伸ばされたそれを、一本の髪留めゴムでポニーテールにしている。修斗の記憶が確かなら、今彼女が使っている髪留めゴムはニ年くらいは変わっていない筈だ。物持ちがいいことだが、流石にガタが来ている様だ。所々が伸びきって細くなり、少し引っ張れば容易く切れてしまいそうだ。
修斗も並んだアクセサリーに目を向ける。回転する円筒にフックが付いている小物掛けに、様々な髪留めが掛けられている。それらをざっと眺めた後、目についたものを一つ取ってみた。輪の色は黒で、赤い花の装飾がついたものだ。
「これなんか似合うと思うんだが」
「そう。じゃあ、それにする」
「いいのか、つけもしないうちに決めて」
「修斗が似合うって言ってくれるなら何でもいいの」
「……そりゃ光栄だな」
いちいち言動が恥ずかしい奴だ、と修斗は思った。
美月は商品棚へ向き直り、一つの髪留めを取って修斗に見せてきた。輪の色が黒で、白色のボタンのような装飾がついている。
「これは修斗に。今日のお礼」
「お礼?」
「そう。今日の休暇は薫と拓也さん、修斗の三人で決めた事なんでしょう? 正貴さんと和解する為に」
「なんだ、分かってたのか」
溜息を吐く修斗。一体いつから分かっていたのだろうか。何れにせよ取り繕っても仕方無いので、素直に美月の指摘を肯定した。
さて、如何にして美月を説得するのか。ここからが重要な場面だ。
しかし、この状況になっても修斗は具体的で効果的な方策を見出すことはできなかった。故に彼ができるのは、自分の気持ちを真摯に伝えて納得させるという愚直なことのみだ。
「あのさ、美月」
「何?」
「――今のお前は正直、鬱陶しい」
「……!?」
目を見開き、固まる美月。突然の言われように驚いた様で、一瞬凍ってしまったのかと修斗は思った。
「……え、と」
幸い、美月はすぐに再起したが、実に分かりやすいほど動揺していた。向けられた瞳は揺らめき、肩は小刻みに震えている。
それら感情の揺らぎを押さえ込む様に、両手で赤と白の髪留めをぎゅっと握る。
「……修斗もやっぱり……私のことが嫌い、なの?こんな、尽骸を殺すことばかり考えて見境の無い人間だから……」
すぐにでも崩れてしまいそうな美月を見て、修斗は奥歯をぐっと噛み締める。今の彼女に普段の触れれば斬れそうな雰囲気は無く、ただ寄る辺を求めて彷徨う幼子の様に見えた。
自分の言葉に後悔しかける修斗だが、ここで口を噤んでも意味は無い。状況を打開する為にはここから先も言葉にしなければならない。
拳を強く握り締め、再び口を開く。
「そんなわけあるか。美月のことはもちろん好きだ。俺が言いたいのはそういう点じゃねぇ」
「じゃあ……?」
「尽骸に対する憎しみが深いことも、あの日のことがトラウマになっていることも分かっていた。……いや、分かっていたつもりだった、だな」
修斗の中では機術師の任務に対する慣れから心の中に油断があったのだ、という自己分析がなされている。その油断によって、髪を操る尽骸が仕掛けた簡単な罠に気付けず、後の対応も遅れてしまった。そしてそのことが、薫を危険に晒し、正貴の怒りを呼び、美月の心を傷つけた。
「研修初日のことは俺が尽骸を仕留めていれば、そうでなくともお前のことを止めさえしていれば良かったんだよ。だから、あの日のことは美月の所為じゃねぇ、俺の所為だ」
「……っ、そんなことは――」
――ない、と言いかける美月だが、修斗はそれを許さない。
「――それを! いつまでもうじうじ自分の所為だと落ち込まれても、鬱陶しいだけだと言ったんだ」
「でも……!」
なおも反論しようとする美月。しかし、修斗はさらに言葉に力を込める。
「大体、お前は誰だよ」
「え……? 島原……みづ、き……」
「ああ、東域第四班所属、コードES27 島原美月。身長はひゃくごじゅ……今は関係無いな」
「えと、修斗?」
修斗の意図が読めず訝しげな声を出す美月。
対する修斗は言い淀んだ間を埋める為、咳払いを一つ。言葉を続ける。しかし、その語調は未だ衰えていない。
「そう、美月の通り名、"赤き狂刃"。研修で初の対尽骸戦闘を行った時、研修生にも関わらず一人で尽骸十人を殲滅。先輩達の制止を聞かず、全身に返り血を浴びながら獣の様に斬り殺していく姿は『狂ってる』と称され、後に手に入れた専用導器の能力も相まって名付けられた」
「…………うん」
自身の通り名を聞いた途端、美月は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。当然、美月は自分の通り名が嫌いだからだ。その通り名を口に出してしまえば、その人物は射殺すような視線に貫かれることになるだろう。薫の場合は、初対面だからという理由と彼女自身の人柄によってそうならなかったという、非常に稀なケースなのだ。そのくらい、美月は"赤き狂刃"という通り名を嫌悪している。
ただ、その理由が決して「自分に不適当だから」ではないことを修斗は知っている。
むしろ自分にどうしようもなく嵌っていて。
呼ばれる度に自分の本質を突きつけられている気がして。
だからこそ、美月は"赤い狂刃"と呼ばれることを嫌う。尽骸という種に復讐することを心から望みながらも、そのことに対する嫌悪と恐怖も持ち合わせている。
それが、"赤き狂刃" 島原美月だ。
「それでいいじゃねぇか」
「え? 何、が?」
「お前は"赤き狂刃"でいいじゃねぇか、ってことだ。別にそれに対する嫌悪感を捨てろとは言わねぇ。その感情は大切なものだ。だけど、その嫌悪感で自分のもう一方の感情にブレーキをかけなくてもいい。尽骸に対する復讐心は美月の戦う原動力だ。だからこそお前は強くなれた、今日まで戦ってこれたと俺は思う。それを抑えこむのは良くねぇよ」
「そんな……私は今までも正貴さんや拓也さんに迷惑を掛けてきて、今回は薫を殺しかけてしまって……私はとうとうやってしまったんだ、って思った。やっぱり私は"赤き狂刃"なんだって……」
「……ああ」
「修斗にもあの時迷惑を掛けた。ううん、私達の親が殺された時からずっと! それでも修斗は私に"赤き狂刃"でいてもいいって言うの!?」
「そうだよ。美月は自分のやりたいことをしろ。俺はそれをいくらでも手伝ってやる。迷惑をかけてもいい。尻拭いは全部俺がやる。美月の失敗は俺の失敗だ。美月の責任は俺の責任だ。だから美月は気にする必要はねぇ」
「しゅ、うと……」
「この前は失敗した。本当に済まねぇ。……今度こそ、俺は失敗しねぇ。美月を傷つけたりしねぇ。だから、いつもの美月に戻ってくれ」
そう言って。修斗は美月に頭を下げる。これが今の修斗の全てであり、精一杯だ。
美月のしたことは美月のせいではない。それは間違った、危うい考え方だ。それでも修斗は美月の望みを叶えてやりたいし、それの邪魔となるものは全て自分が背負う。それが、美月が機術師になると決意した日に修斗が決意したことだ。
篠崎修斗という機術師の原点。これこそ自分にできること、そしてしなければいけないことだと修斗は再認識した。
言いたいことを言い切った修斗は、黙って頭を下げ続ける。
美月は自分の言葉にどのような返答をしてくれるのだろうか。修斗の心境は判決を待つ罪人のそれだ。明日の薫に繋がるかは美月の返答に掛かっている。
――実際にはせいぜい十秒くらいかもしれないが、修斗の体感では十分が経ったかという時。
「修斗は……」
顔を上げると、美月は視線を少し下に向けて立っていた。その表情は直前の戸惑いは見受けられず、まるで凪のように穏やかなものだった。
「修斗は……好きで、傍にいてくれるの? これからも、こんな私でも……」
修斗の答えは決まっている。
「もちろんだ」
それを聞いた美月はふっ、と笑った。その笑みは幼馴染の修斗でさえ見逃してしまいそうなほど微かなものだ。
「なら……私はまだ、大丈夫かもしれない……」
呟かれた言葉は修斗に届かなかったが、美月の中で何かしら決着したことは見て取れた。期待を込めて名前を呼ぶ。
「美月」
「うん。私、正貴さんと薫とちゃんと話をしてみる。私はどうしようもなく尽骸が憎くて、殺す為だけに戦っている。でも、第四班の皆と一緒に居たいとも思っているから」
「そうか、良かったよ」
そして期待通り、美月の気持ちは固まったらしい。つまり、修斗のノルマは達成されたということだ。二つのことで肩の荷が下り、修斗は安堵の溜息を吐いて強張らせていた肩の力を抜いた。
ふと、周囲が静かなことに気付き視線を巡らす。見ると、他の買い物客が視線が全て二人に注がれていた。今更過ぎるが、ここが機術師の拠点ではなく普通の商店であることを思い出す。それにも関わらず美月の説得に夢中になり、尽骸や機術師に関することを衆人の中で話してしまった。
自分の迂闊さに修斗は舌打ちをする。しかし、今は美月の問題に一区切りがついたことに対する安堵感の方が大きく、すぐに頬が緩んだ。そこまで重大なミスを犯したわけではないのだ。後方支援班に記憶消去を頼めば済む。まあ、面倒な始末書を書くことになるだろうが。
戸惑う周囲をよそに、先程選んだ髪留めの清算を済ませた。包装されたそれを、美月は大事に包み込むように両手で持つ。
「さて、次はどこへ行く?」
修斗の質問に美月は疑問符を浮かべる。
今日の休暇は美月を説得する為に取られたものだ。その目的が達せられたのだから、多忙な機術師である自分達はもう戻った方がいいのではないか。美月はそう思ったのだろう。
「せっかく取った貴重な休日だ。もう少し楽しんでもいいだろ。拓也さんも妹も大丈夫だと言ってくれたしな」
「本当に?」
「おう。明日は正貴さんと妹の休日だから、俺らの英気を養う意味のあるし。それに……」
「?」
「俺も久しぶりに美月と休日を過ごせるんだ。こんな機会を無駄にする理由がねぇな」
先程のテンションが続いているのか、修斗自身も少し恥ずかしいことを言っているという自覚はある。
しかし美月はその言葉を聞き、嬉しそうに笑ってくれた。
「そうだね、私も。じゃあ……」
彼女が浮かべる笑みに、修斗もつられて笑みを浮かべる。
今のような美月を見られるなら、自分はいくらでも戦える。背負うことができる。そう思えるのだった。