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Out of Range  作者: gokou
白雷の騎士
4/10

狂刃

 白き剣閃が宙を走る。目にも止まらぬ幾筋もの軌跡は、標的の四肢に深い痕を残した。


「ぐがぁぁぁぁ!」


 苦悶の悲鳴を上げたのは、人外の存在。

 人の身体に狐の頭を乗せたような姿をしており、鋭利で巨大な牙が口から生えている。その大きさゆえに口が閉まり切っておらず、顔の形状がひどく歪んでいる。

 狐もどきの尽骸は痛みを糧にするように鋭利な爪を闇雲に振り回し、大きな尾を地面に何度も打ち付ける。その様は暴風雨のよう。近くにあった木の幹は無残に引き千切られ、草花が生える地面は抉られ褐色の土があらわになる。

 狐もどきの尽骸に傷を負わせた修斗は、迫り来る攻撃を紙一重でかわしている。しかし、その激しさゆえに反撃の糸口を掴めない。

 そんな嵐の隙間を掻い潜り、一条の青い光が狐もどきの尽骸を貫いた。

 振り回そうとしていた腕を挙げたまま、ピクリとも動かなくなる狐もどきの尽骸。その胸に刺さっていたのは、深い海を思わせる群青色をした一本の長槍だった。細長く鋭利な穂先から、赤い雫が一滴、一滴と地に落ちて行く。

 一瞬の静寂、そして絶命した尽骸の体は、その血さえ残さず灰となった。

 支えを失った青い槍はそのまま地面に落ちると思われたが、まるで時を巻き戻したかのように飛んできた軌跡をなぞり、主たる正貴の手元に収まった。


「貴様!」


 怒りの声は上げたのは、別の尽骸だった。前腕だけが異常に太くなっており、それが甲羅のような殻で覆われている。腕の重さゆえか、ゴリラのような前屈みの姿勢になっていた。

 しかし、その尽骸は極太の腕を軽々と挙げ、弾丸のような速さで正貴との距離を詰めた。勢いのまま、正貴の顔に拳が迫る。

 空気を裂く音が鳴り、凝縮された衝撃が弾ける――


「!!」


 拳が正貴に当たる寸前、大腕の尽骸は強引に横へと跳んだ。直後、正貴の目の前に烈風が吹き、破砕音が響く。

 大腕の尽骸が立っていた場所にあったのは、巨大な剣だった。幅広の刃が地面に減り込み、正貴のすぐ前に大きなひび割れができている。


「危なかったよ。……二重の意味で」


 正貴の頬に一筋の汗が伝う。顔に苦笑を浮かべ、目の前にある大剣の持ち主たる美月に非難めいた視線を向けた。

 しかし当の美月は正貴の言葉も視線も無視し、仕留め損ねた獲物を見据える。その瞳には底知れない闇が宿っており、その視線にさらされている大腕の尽骸、そして横で見ている正貴さえも悪寒を覚えた。

 美月が大剣をゆっくりと持ち上げる。まるで、大剣に自らの感情を込めて力にしているように見えた。そして、大剣が右肩で担がれる形になる。美月が足に力を込め、ほんの少し体が前に傾く――


 カァァン!!


 高速で距離を詰めた美月が振り下ろした大剣と、それを防ぐ尽骸の大腕がぶつかり合う音が響く。

 一瞬の拮抗状態になるが、美月はすぐさま一閃、二閃と重い斬撃を繰り出していく。大剣の大きさは美月の背丈に迫るほどであるのに、剣筋が霞むほどの速さで尽骸を攻め立てている。

 息も吐かせぬ激しい連撃。しかし、大腕の尽骸は美月の一撃一撃に甲羅のように堅く広い腕を上手く当てて防いでいた。地を穿つ大剣を以ってしても、その防御を破ることができない。

 そして、その堅さもさることながら、美月の高速の斬撃に一つ一つ的確に当ててくる反応と判断が厄介であった。

 大腕の尽骸は幾筋もの斬撃をかいくぐり、弾丸のような拳撃を繰り出す。それは吸い込まれるように美月の腹部へ当たり、辺りに鈍い音が響いた。


「美月!!」


 修斗が叫ぶ。

 美月の体は宙を舞い、大剣ごと吹っ飛ばされた。

 そのまま地面に頭から激突するかと思われた寸前、大剣を強引に地面へと付きたてる。そして、それを支点に体勢を立て直し、危なげなく着地する。

 だが、安堵の息を吐く間もなく、大腕の尽骸が追撃をかける。今度は立場が逆転し、美月が猛烈なラッシュにさらされることになった。大剣の幅の広い刃を盾代わりに上手く防いではいるが、隙の無いその攻撃に美月は防戦一方だ。


「はあぁ!」


 正貴の咆哮。その後に続く、短く鋭い風切り音。

 彼の手から放たれた長槍は群青色の光線となり、大腕の尽骸を襲う。まさに拳を突き出そうとしていた瞬間であり、かつ死角からの攻撃。完全に隙を突いたはずだった。

 だが、大腕の尽骸はまたも驚異的な反応を見せる。突き出しかけた拳を急に止め、上体はそのまま前に倒す。放たれた長槍は尽骸の背中を通り過ぎ、空を切った。

 だが、この攻撃は美月を助けるという点においては、その役割をきちんと果たしていた。

 回避の隙を突いて、美月は後方へ大きく跳ぶ。着地と同時に、軽く息を吐いた。

 対する尽骸は追撃することはせず、その場でステップを踏みながら美月の様子を窺っている。無論、美月以外への警戒も怠っていない。

 相手は思った以上の強敵。修斗はすぐさま美月に加勢しようと剣を構え、尽骸へ向かっていこうと足に力を込める――


「修斗」


 美月の声。それは、静かでありながら辺りによく響いた。

 修斗は思わず足を止める。視線を向けると、彼女もこちらに視線を向けていた。その瞳はただ一言、「手を出すな」と語っている。

 その無言のメッセージを受け取り、修斗は力を抜いた。美月がそう言っている以上、こちらが何を言おうと引き下がらないだろう。今は戦闘中だ。無駄なやり取りをしている暇はない。

 修斗が引き下がったことを確認し、美月は正面に向き直る。

 彼女の視界の中央には、大腕の尽骸がいる。人間の形状からかけ離れた、醜悪で歪な姿。それを見ているだけで、美月の心に灯る暗い炎が激しさを増していく。

 美月はその感情の奔流に抗わず、溢れ出る憤怒と嫌悪を言葉に込めた。


「コードES027。【断業(だんごう)】――アクティヴェイト」


 美月の言葉と同時に、彼女の手にある大剣から膨大な光が溢れ出す。その色は鮮やかな紅。日の光が降り注ぐ中にあってなお、圧倒的な輝きを放っている。

 辺りを照らしていた紅の光は徐々に収束していき、鈍色の刀身を鮮やかに染め上げた。それでも、その輝き自体は全く衰えない。美月が軽く剣を振ると、ブゥゥン、という重低音が鳴った。

 美月が握る大剣【断業(だんごう)】は誰もが使える汎用的な導器ではなく、使用者本人の能力に合わせて造られた一点物だ。

 正式な機術師は誰もが一つ、自分専用の導器を持っている。そして、専用導器はそれぞれが固有の能力を備えている。刀身から放たれる紅の輝きも、解放された【断業(だんごう)】の固有能力の一つである。

 眩く輝く【断業(だんごう)】を見て、一連の戦いを見学していた薫は感嘆の声を漏らした。


「これが島原さんの専用導器……。すごい……」


 彼女の驚きに修斗も同意を示す。


「全く、いつ見てもな。あの尽骸、解放される前にやられてれば良かったのに」


 苦笑する修斗の言葉の意味がいまいち理解できず、首を傾げる薫。


「見てりゃ分かる」


 一方、美月と対峙する尽骸は、突如変貌した大剣の威容に戦慄していた。

 しかし、それで引き下がることはしなかった。この尽骸は自分の強さに対する圧倒的な自信を持っており、それを誇示することで自分の欲求を満たしていた。強過ぎる自負が危機感を上回り、尽骸をこの場に留まらせているのだ。

 とにかく先手を取って、先程の一方的な展開に持ち込む。そう考え、動き出そうとしたが――

 美月の目から放たれた鋭い視線。物理的な力は一切持たないはずのそれは、尽骸の足を地面に縫いつけた。彼女の瞳から伝わってくる重圧に、大腕の尽骸が無意識に恐怖した瞬間だった。

 それは瞬きをする程度の時間、しかしそれだけで十分だった。


 尽骸が気づいた時には、美月が目の前で大剣を大上段に振りかぶっていた。


 片腕を前に出して、すぐさま防御体勢をとる尽骸。堅い外殻に覆われた腕は、先刻と同様に美月の一撃を防ぐはずだった。

 しかし、紅の輝きを纏った大剣がぶつかった瞬間、先刻とは比べ物にならないほどの衝撃が尽骸を襲った。剣撃の重さに尽骸の足は地面に減り込み、足元から放射状の大きな亀裂が走る。剣を覆う紅の光は灼熱の炎よりも遥かに熱く、体の内側から焼かれているかのような痛みをもたらす。圧倒的な重さと熱さは尽骸の硬質な腕を蝕み、その表面に亀裂を走らせていく。


「ぐっ、くそがっ!!」


 叫び、大剣を押し返す。尽骸の腕にさらなる亀裂が走った。鋭い痛みが走ったものの、迫る脅威から逃れることに成功する。

 だが――


「なっ!?」


 美月は上に弾かれた【断業】を、ほぼタイムラグ無しで振り下ろした。大剣が流れたことで僅かながら隙が生まれたと尽骸は思っていたが、美月は腕力で強引に“断業”の軌道を変えたのだった。

 またもぶつかり合う大剣と大腕。先程の衝突でまともに受けるのは不利と判断した尽骸は、腕でいなして後ろへ後退する。しかし美月はぴったりと後を追い、息つく暇もなく斬撃を繰り出す。

 腕と剣がぶつかり合う度に、腕はひび割れ削られ、焦げたように色がくすんでいく。

 それとは逆に剣の紅は輝きを増し、その色が濃くなっていく。


(くそっ、これは……!)


 尽骸は内心で毒づく。

 同時に薫も気づく。


「もしかして、あの剣……」


「ああ、気づいたか」


 修斗が静かに答える。


「美月の専用導器【断業】の固有能力は二つ。一つは美月自身の身体能力の向上。二つ目は刃を纏う高エネルギー。そしてこの二つの能力の強さは、美月の感情や意志の強さに比例して上昇していくんだ」


 薫が再び戦いに目を向けると、修斗の言葉の意味がよく理解できた。

 尽骸の堅い腕が【断業】とぶつかり合う度に、そこに走る亀裂はより大きくなり、剥がれ落ちた外殻の欠片が地面へと落ちていく。さらに一撃一撃の重さも増してきており、その衝撃に耐え切れず尽骸の身体が翻弄される。

 際限なく増す斬撃の重さと速さ、そして光の熱量。

 だが、尽骸が何よりも脅威に感じたのは目の前の機術師から発せられる威圧感だった。顔に無表情を浮かべているが、そこから感じられるのは圧倒的な負の感情。冷たく、それでいて触れれば骨まで焼き尽くしてしまう業火。そんなイメージが浮かび、根源的な恐怖が尽骸の体に染み渡っていく。

 その間にも、美月の攻撃は激しさを増していく。型も何もない、ただ大剣を振り回しているだけの攻撃。だが、上昇しつづける重さ、速さ、そして熱さが、まるで津波のように押し寄せてくる。

 その攻撃と彼女から発せられる威圧感が相まって、尽骸の頭の中に「狂人」という言葉が浮かんだ。それは奇しくも、美月が“赤き狂刃”と呼ばれる所以だった。


「ガハッ!」


 美月の横薙ぎの一閃に、ついに大腕の尽骸の身体が大きく吹き飛んだ。苦悶の息を漏らし、地面に激しく叩きつけられる。

 何とか立ち上がる尽骸だったが、硬質で重厚だった腕はもはや擦り切れた布のよう。満足に動かすことさえできず、肩から「生えている」と言うより、「ぶら下がっている」と言ったほうが適切なくらいだ。


「ぐっ……、くそがっ! 俺は最強なんだ、こんなとこで負けるはずがねぇ!もっと殺して、最強を証明しなくちゃならねぇんだよ!!」


 他人を殺して自分の強さを誇示するという、歪んだ欲望。それを聞いた美月は、正真正銘の嫌悪を表情に浮かべ、冷たく言い放った。


「理解不能。早く死んで」


 その言葉と同時、紅の光がさらに大きく膨れ上がった。一際輝きを増した【断業】を、美月は大上段に構える。

 天すら染め上げるかのような紅。それを掲げ、裁きを下す神のごとく構える少女。

 一枚の名画のような光景に、尽骸は一瞬何もかも忘れて見入ってしまった。

 後ろ側の足に力を入れ、美月は地を蹴った。一歩で尽骸との距離を詰める。

 死を運ぶ風切り音が、尽骸の意識を現実に引き戻した。腕はもはや使い物にならない。かといって、大腕の尽骸には「逃げる」という選択肢は無かった。

 となれば、ギリギリまで引き付けて回避。その一瞬こそ自分にとって最大の好機。

 そう結論付けると、迫る美月の動きに全神経を集中させる。極限状態の中で研ぎ澄まされた感覚が、大剣が描こうとする軌跡を確かに捉えた。軽いフットワークを活かし、それを回避しようとする――


「――あ?」


 鋭い痛みと共に尽骸の脚から力が抜ける。

 目線を下げると、手に純白の剣を持つ男がいた。その刃から鮮血が滴り落ちている。

 尽骸は気付く。大剣の少女に気を取られている一瞬に懐へ飛び込まれ、脚を斬られたのだと。

 白剣を携えた機術師――修斗は、独り言のように呟いた。


「ま、このくらいはいいだろ」


 言いながら、瞬時にその場を離脱。大腕の尽骸はそれを目で追うが、どうすることもできない。

 尽骸の視界が赤く染まる。光源に目を向けると、そこに在ったのは膨大な輝きを放つ紅の刃と、その輝きの奥で際立つ冷たい色を宿した瞳。

 それが、大腕の尽骸が目にした最後の光景だった。




   *     *     *




 拓也が街に出現した尽骸の存在を感知し、東域第四班が任務を開始してから約十五分後。後方支援班によって足止めされていた二体の尽骸は、到着した修斗達の手で迅速に駆除された。

 後方支援班は私服警官のような役割を果たしており、普段は人々の日常生活に溶け込んでいる。そして拓也によって尽骸が感知された場合、近くにいる支援班の人員が通行と情報の規制、住人の避難、対象となる尽骸の足止めなどを素早く行う。彼らは正式な機術師ではないがそれなりに戦いの心得があるため、尽骸にある程度対処することが可能だ。それと平行して行われる街の住人への対応も含めば、なかなか難易度の高い仕事といえる。統制力で言えば、番号付きの班を遥かに上回るだろう。

 修斗達はそんな影の功労者達と、互いの健闘を労い合いながら状況確認をしていた。


「今回もありがとうございます。支援班の皆さんのおかげで僕達も戦いに集中できます」


「いやいや、俺達だってお前ら機術師が来てくれるからなんとか頑張れるってもんよ。正直、あんな狂った奴らをずっと相手してたらこっちの気まで触れちまう」


「そうですか。では、これからもご期待に沿えるよう頑張らせていただきます」


「おう。で、後はこれで片付いたのか?」


 この場にいる支援班のリーダー格の男性に問われ、正貴は通信用の導器を取り出した。


「平井、周辺に尽骸の反応はあるかい?」


 その問いに通信機から返ってきたのは、切れの良い清涼感のある声だった。


『周囲一キロに渡って尽骸の反応は一切無い。これで任務完了だよ』


 声の主は本部で待機をしている拓也だ。彼は戦闘に直接は関わらず、自分の感知能力と本部内の機材を用いた戦闘支援を行っている。番号付きの班には一人、こうした戦闘支援を行う人員がいるのだが、拓也の情報処理能力はその中でも群を抜いており、修斗達はより安全に戦うことができている。

 余談だが、拓也は普段のやる気の無い態度のせいで「残念イケメン」とか「ニート」などと東域の機術師達に呼ばれている。しかし、一度任務となればその態度は一変する。半分しか開いていない目には力が宿り、端正な顔にふさわしい切れ長の目になる。語尾がだらしなくのびていた言葉遣いも、積極性を感じさせるはきはきとしたものに変わる。

 ただし、現場の修斗達からしてみればそれは通信機越しのことであり、実際にその姿が見られたことはない。そういうわけで、やはり拓也は不名誉な称号を返上できないのだった。


 状況確認が済んだところで、正貴は薫へと話しかける。


「とりあえず最初は見学してもらったけど……どうだった?」


「こうして実際の戦闘を見るだけで、色々と勉強になりました。自分と照らし合わせて足りないところを自覚できただけでも十分な収穫です。それから、メンバー同士の連携がとても上手いと思いました。特に合図も無いのにお互いをカバーし合っていて、先輩方の結束の強さを感じました」


  薫の真面目な返答を聞いて正貴も満足そうに頷く。


「そうか、それなら何よりだよ。……まあ、連携についてはちょっと言いたいことがあるけどね」


 目線の先にはいつもの不機嫌顔(もちろん、そう見えるだけの)を浮かべた美月がいる。正貴の視線に気づくと、いつも通りの平坦な調子で答えを返す。


「あの尽骸は前腕に比べたら、上腕はあまり堅そうには見えませんでした。だから、腕全体が伸びきったあの時が好機だと思って狙いました」


 あの時とは、正貴が大腕の尽骸に顔を撃ち抜かれそうになったときのことさ。正貴はそれについて言及しており、美月がそれを弁明しているというわけである。


「うん、分かるけどね。でも僕の身を少し案じて欲しいなと……」


「迷ったら負けです」


「少しは迷ってよ」


 呆れの溜息を吐く正貴。

 このやり取りはどこまでも続く平行線になりそうだったので、修斗はフォロー、もとい降伏勧告をすることにした。


「正貴さん、美月が尽骸のことになると見境無くなるのはいつものことでしょう。もうあきらめたほうがいいと思いますよ」


「そうなんだけど……、これからは薫も一緒になるからどうしてもね」


 なるほど、と思う。シスコ――妹思いの正貴のことだ。美月の暴走気味な行動が薫に危険を及ぼすことを危惧しているのだろう。

 かくいう修斗も、機術師になりたての頃は美月の攻撃に巻き込まれることが度々あった。今では慣れによってそれもどうにかなっているが、まだ共に戦ったことの無い薫はそうもいかないだろう。正貴でなくとも不安に駆られるのは仕方ないことと言えよう。


「なるべく俺がフォローしますから。この件はとりあえず収めましょう」


「ああ……そうだね」


 気休めにしかならないが、修斗にはこれしか言えなかった。正貴も納得したわけではないだろうが、再び薫に視線を戻した。


「次からは薫にも戦闘に参加してもらおうと思う。いいね?」


 その問いに、薫は元気良く返事をする。


「はい!」


「うん。じゃあ、本部に戻ろうか」


 そうして各々が帰路に着こうとした時だった。拓也から通信が入る。


『正貴。そこから南西ニキロの地点に新しい尽骸の反応が一つ』


 全員の動きが止まる。霧散しかけていた緊張感が、再び東域第四班を包んだ。


『俺達が一番近いよ。今、支援班が足止めしている。急いで』


「分かった。すぐに向かうよ」


 通信が切れたところで、正貴は薫を見る。


「というわけで、早速出てもらうことになった。数は丁度一体だから、基本的に薫が相手をすることにするけど……いけるかい?」


「はい」


 今度の薫の返事には確かな緊張と、僅かな恐怖が内包されていた。実際に戦うとなればそれは当然であるし、急にその状況に陥ってしまったのだからなおさらだろう。

 修斗は彼女の心の負担を少しでも軽くしようと、気安く笑う。


「まあ、気休めにしかならないが、いざという時は俺達がすぐにフォローするから。もっと肩の力を抜いていいぞ」


 その言葉に追随するように、美月も首を縦に振る。さらに拓也からも通信が入る。


『バックアップなら任せて』


 そして正貴も、穏やかな笑みを浮かべて言う。


「そうだね。薫は訓練の成果を存分に発揮するだけでいいんだ」


 薫は一度咳払いをすると、多少照れの入った笑みを浮かべる。


「ありがとうございます。先輩方のご厚意、嬉しいです。応えられるよう全力を尽くします」


 それを聞いて修斗達も元気付けられたような気がした。お互い頷き合うと、各々の武器を握る手に力を込める。

 そして薫を先頭に、新たな尽骸の出現ポイントへと駆けていった。

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