動揺
どうも。緋絽です!
ようやく少し長く書くことが!
唐突だった。ただ、かなり久しぶりに、何も考えずにボールに触れた。中学で引退して高校に入ってからも、シュート練習は欠かさなかった。いつも、ボールを掴んでいる己の手がどっちつかずなもののように見えてはいたが、それはもう習慣のようで、気がつけば必ずシュート練習をしていた。
ボールの感覚はまだちゃんと覚えている。忘れたいはずなのにやめられない。おかしな体やなぁと思った。
しかし、とにかく今日はスッキリとした気分でシュート練習をしていることに気がついたのだ。鼻歌も歌いかねないほど、清々しい。理由などわからない。
公園のゴールにボールがネットを揺らしながら入った。
もしかしてこれ、久しぶりにバスケ関係者に出会ったからだろうか。
わからないのもなんだか愉快だった。無心でシュートを打つのは存外心地よい。ただ、ボールとゴールのみでその空間が隔離され、その他の音や物が遮断される。無駄なものが干渉してこない。本を読んでいる時の、あの妙な静けさに似ているのだ。
手からボールが弧を描いて放たれる。ノータッチで入ってふと外の音が帰って来た。
集中力がきれたか。まぁ、結構ぶっ通しでやっとったし、そろそろ休憩するところやな。
袖で汗を拭ってベンチに座った。
秋独特の涼しいと感じられる風が頬を撫でた。数分そうして座っていると車の走行音が途切れ、静かになった。
「……よし、もう少し」
立ちあがった弾みでボールが前に転がりそれを追いかける。
ふと、誰かが転がったボールを拾った。
お礼を言おうとその人物を見て、思わず目を見開く。
「バスケ、やめたんと違うんけ」
「山城…なんでここに」
「俺、高校入学する時に引っ越したんや。前のとこからやとちょっと遠くて、朝半端ない早い時間に起きなあかんかったから。ほんで、峰岸。バスケ、やめたんとちゃうんか」
山城がドリブルをする。段々そのリズムと高さが変わる。バックドリブル、レッグスルーとボールがくるくると動くのを無意識に目で追った。
なぜだか、責めているような口調に反して、山城の表情はただ淡々と思ったことを聞いているようだった。からかっているようにも見える。
「…やめとるやん」
「やめてへん」
ボールを操るのをやめた山城が緩々と首を横に振る。
まるで駄々をこねている子供のようだ。
「やめたかった奴はあんなに楽しそうにボールに触れたりせえへん。峰岸」
山城が俺にボールを投げた。胸の前で綺麗に手の中に納まる。少しだけ、ズシリと空気が肩に圧し掛かり、息を詰める。
山城が少し嬉しそうに笑いながら俺を呼んだ。
「お前、自分がどんな顔してボール持っとったかわかっとるんか? バスケが好きで好きで堪らへんって顔しとったぞ」
「……してへんわ」
ボールを脇に抱えて公園を出ようとすると、山城に腕を掴まれた。
「何やねん」
苦々しく思いながら振り返る。
「峰岸、やっぱお前バスケやめられへんよ。やろうや、一緒に。俺、高校入ったらお前と戦えるかもて、楽しみにしとったんや。俺と峰岸、地区違っとったから当たられへんかったやんか。一度でもええから、お前と同じコートに立ちたかったんや」
山城が俺の目を真っ直ぐ見据えてきっぱりと言った。
その目から逃げるように、つい、目を逸らす。
「そないなもん知ったことやない。俺にはどうでもええことや」
手を振り払う。
一体、何がこんなにお前を執着させる。俺は、もうあのコートには戻らへん。戻られへんのや。
誰が許すというのか。真剣な者を馬鹿にした俺を誰が許せるのだ。
「…峰岸」
低く底冷えした声に、あれほどたぎっていた感情が一瞬にして凪ぐ。むしろ、ゾクリと背筋が冷えた。怒っている。
猛々しいながらも静かな怒りに一歩後方へ退く。
山城が俺を睨んでいた。
「いくらお前かて俺の夢をそんな風に言うのは許さへん」
「…夢て…」
自分で驚くほど呆然とした声だった。
「だってそうやろ。俺はその瞬間を夢見て、けど、どんだけ聞いて、どんだけ調べてもお前がどこの高校に入ってどこのバスケ部に入ったんか全然わかれへんかった。峰岸、お前誰にも進んだ高校言ってなかったんやな。この半年近く、俺が、どんだけ、捜しとったか…お前知らへんやろ」
一言一言区切るように言った山城の言葉にカッと体が熱くなる。
知るわけないやないか。そんなん、俺には知ったことやない。
そう、言えばいいはずだった。そこまでして、どうして俺とコートに立ちたがる。俺はもう、コートには立たないとそう言ったはずなのに、こいつは退くことをしない。むしろ、もう一度あの場所に立てと言ってくる。
なんだか、悲しくなった。いや、悲しいっていうのとは少し違うかもしれない。無性に胸が苦しくなった。切ないというか、足下からへなへなと座り込みたくなった。
くそ。おい山城。お前マジいい加減にしろよ。
「…山城」
「なんや?」
「お前俺に何したんや」
「はん?」
俺は、本当におかしい。段々こいつに毒されてきているのかもしれない。
だってお前が心底羨ましいだなんて。バスケにそこまではまれて、楽しめるのが羨ましいなんて。
ギリッと目の奥が痛いくらい熱くなった。慌てて瞬きを繰り返す。
悔しいと、強く思った。
俺はこんなに、お前に揺らされてるぞ。ずっと、張っていた一線がこうも容易く踏みこされたんや。
悔しくならない方がおかしい。
俺の顔を見た山城の表情が弛む。子供をあやすような顔だ。
それになんだか無性に腹が立った。
そら楽しいやろなぁ。相手が自分の言葉に揺れてるんやから。さぞご満悦やろ。
こいつに俺が揺れとるのがわかるかい。アホか、俺は。あかん、卑屈な航君が出てきよる。落ち着きなさい、俺。
「なんやねん、近所のおばはんみたいな顔しくさってからに」
そう言うと山城は肩を竦めた。
「おばはんの立ち位置は意外と重要やねんで」
「そらそうやけど。おばはんおらんなったら世界は回らへんくなるとまで言われとるけどもやな」
「マジでか」
「マジや。もうええ、帰れ山城。お前と話しとると苛々するねん。俺の生活に干渉してくるなや。学校でたまにはなすくらいならええから」
追い払うような仕草をして山城の手を振り払う。
しかし、振り払えずにさらに強く掴まれた。
痛みに、思わず顔を顰める。
「痛えよ。離せ、山城。俺の話、聞いてへんかったんか」
「一緒にやろうや、峰岸。バスケやろうや。俺、待っとるから」
「しつこいねん、離せ、消えろ」
今度こそ手を振り払って自転車に跨ると後ろを振り返らずに全力で漕いで家に急いだ。
あのしつこさが俺とあいつの違いかと、少し、疼いた胸を抱えながら。




