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squeal sound  作者: 緋絽
15/16

吐露

物語も佳境です。


クリスマス当日。

俺は突然山城に呼び出され、繁華街の入口に立っていた。

今日は丁度終業式の日で午後からたっぷり遊べるから健司と翔太を誘ってどこかへ行こうと考え2人に声をかけると揃いも揃って断られた。理由を尋ねると「お前にはすでにデートの相手がおるから、存分に楽しんでこい」と言われた。その後山城に呼び出され午後5時頃に繁華街の入口集合と言われ、今に至る。

「なんやねん…」

なんだってこのクリスマスを野郎2人で過ごさなくてはならないのだ。空しい。せめてもう1人おってほしかった。

吐き出す息が白くなってまた空気に溶けていく。手をポケットに突っ込んで寒さを凌ごうとしてみた。

やっぱり、手袋は必要やったやろうか。

手をつないだカップルが中睦まじく通り過ぎて行った。

「山城、おっそいなぁ」

クリスマスだからかいつもよりカップルが多い。ちょっと居たたまれない。

「峰岸ー」

山城の声がしてそちらを見ると白いマフラーをグルグル巻いた山城がのんびり歩いてきていた。

「山城、おいお前な、遅刻してんのになんでそないカメさん並みにゆっくり来てんねん」

「すまんすまん。ほな行こか」

「行くて、どこへ」

山城が俺を見てちょっと笑う。

「ブラブラしようや。折角のクリスマスやし」

そう言うと繁華街には入らず歩き始めた。俺はその後ろをついていく。

それからはいろんなところへ行った。ゲーセンではシューティングゲームを何回も対戦したし、デパートみたいなところに入ってクリスマスセールをしている店を覗いてひやかしたりした。

外に出てみるとすっかり真っ暗になっていた。

「ちょい腹減ったな。なんか食わへん?」

「そうしよか」

回りを見渡すと、見慣れたコンビニの看板が見えた。

「肉まんなんかどうや?」

肉まんを買って外に出ると山城は歩き出した。

「今度はどこに行くんや?」

肉まんにかぶりついて訊く。

「これはお楽しみやから言われへんな。ま、ええからついてこいよ」

「なんやねん、気になんな」

「ええから、ええから」

やけに上機嫌な山城に首を傾げつつ付いていていき、山城が立ち止まった場所は――あの公園だった。

「公園? なんでや」

「聞こえへんか?」

「はん?」

山城の言葉に耳を澄ませると微かに、約1年前まで毎日日常のように聞いていた、あのボールの弾む音が聞こえてきた。

「…へ?」

「はーい皆さーん、お待ちかねの峰岸君のご登場ですよー」

山城がリズミカルに手を鳴らして俺を手招く。

山城の声とともに集まってきた奴らを見て、思わず逃げ腰になった。

1年前まで、共にあのコート上を走っていた奴ら。俺の、仲間だった奴ら。

「航ー久しぶりやなぁ」

「なんやお前バスケやってへんのやってー?」

「おいやめろや直球すぎんで」

「えぇやん、話は早いこと終わらせるに限んねんから」

「お前ら…なんでここに」

俺の呆然とした言葉にかつての仲間達が俺を見る。呆れたように1人が溜息を吐いた。

「なんでて、お前が公式試合に一個も出てへんから、おかしなー思てたら、お前バスケやってへんのやもん」

「何しくさっとるかと思うたら特に何してるわけでもないしなぁ」

「まさかお前が山城と同じ高校行ってたとは思いもせんかったけどな」

「いや、でもなんでここにおんねん」

「そこの山城君に呼ばれたからや」

別の1人が言った。

俺は山城に目をやる。

珍しいくらい柔らかに笑っていた。人間って、こんな風に笑えるんや。

「山城に?」

「…なぁ、お前がバスケやってへんのって、やっぱ俺らのせいか」

直球すぎると言っていた奴が、直球で訊いてきた。

なんやお前。お前も直球やんけ。

でも、内心でそうふざけてみても、ドクドクと心臓が鳴っていた。ちっとも、落ち着かへん。

「ちゃうよ。バスケやるんが嫌になったからや」

「そんなんありえへん」

また別の一人が言う。

「ありえへんって。なんでや」

「航に限ってバスケやるんを嫌になるなんてことはない。絶対や」

「…そうかもしれへんけどな。でも、お前らのせいやない。これは、言いきれるで」

俺の言葉にかつての仲間達の表情が緩む。ほっとしたような、そんな顔。

「そうやな。確かに、直接的には俺らのせいではないかもしれへんな」

しかし、ずっと黙りこんでいた仲間がぽつりと漏らした。

俺はそいつに目をやる。そいつは、怒ったような目をしていた。

どうして、話してくれないんだと。

「でも、間接的には、俺らもやめた理由にはなってんねやろ、航」

「何言って…」

「否定なんかしても意味ないぞ。俺はこれだけは確実やと言いきれるで」

思わず息を詰めてそいつを見つめる。

「…そうやな。考えてみると、俺らが関わってへんわけがないねん」

「…なんで。そう思う」

俺の言葉に1人が苦笑いした。

「わかるからや。――お前、最後に俺らに謝ったやろ?」

そうだ。俺はあの日、確かに謝った。

“ごめん”と、たったそれだけ。

「その時は意味わからへんかったけど、今ならなんとなくわかる気ぃするわお前――」

そいつがボールを俺に向かって放る。俺はそれをキャッチしてボールに目をやった。

「俺らを勝たせてやれんかったって、思ってんねやろ?」

どくりと耳元で心臓が鳴った気がした。それほど鼓動の音が近く感じた。

「…違う」

「違わんよ。お前は、俺らに、それを謝ったんや」

やっぱりなと、誰かが言った。

「ふざけんなよ、航。俺らは、あの時、確かに勝てなかった。でもそれは、お前だけのせいと違うねんぞ」

「…ちゃう、俺のせいや。もっと、皆に声をかけとけばよかった。皆のテーピングも、モチベーションも、俺が、整えとかなアカンかったのに」

「違うで航。…あの試合には、俺らも出とったんや。あの、試合の悔しさを、無力感を感じた奴が」

鋭く俺を睨む。

「お前だけやったと思うな!」

思わず、目を見開いてそいつを見つめる。

それは、あまりにも当然の怒りで。その言葉の単純であること、けれど複雑であることに驚いた。

そうだ。あの試合には、こいつらもいたんや。

別の1人が俺の肩を叩いた。

「ええな、航。耳の穴かっぽじってよーく聞けよ」

そのまま肩を掴んだ指に力が入る。

「お前のせいやない。もう一度言うで。お前のせいやないんや、航」

体から、力が抜けたように感じた。肩に載っていた何かが降りた気がした。

笑おうとして失敗した。多分、泣き笑いのような顔になっている。

でも、皆気付いていないフリをしてくれた。それに救われ、今度はちゃんと笑えた。

「そんなん、いちいち言わんでもわかってるわ。なんや、変な奴やな」

俺の言葉に全員が笑う。しかたねぇなぁ、みたいな顔だ。

「そんなら、ええけど」

それから少し話すと、皆は何もなかったかのように帰って行った。

またバスケしようぜと、全員俺に言って、帰って行った。

手を振った後、俺は公園の石のベンチに腰掛けた。ベンチと言ってもでかい岩を正方形の形に平らに削った物を置いたようなやつである。

何も言わずに山城が隣に座る。

涙が、止まらなかった。嗚咽が喉を突き上げてしゃくりあげるように泣いた。体と堪えて吐き出した息が震える。

何かが、とても堪らない。何かが、強く強く心臓を締めつけて、堪らなくてしかたない。とにかく、俺はホッとしたのだ。

あいつらの言葉に、固く閉じこもっていた気持ちが解れたのだ。

口を閉じるように意識していないと声もあげてしまいそうだ。

そんな姿は、山城にだけは見せたくなかった。

泣いて少し経つと、ようやく感情が落ち着いてきたのか、涙が止まった。頬を伝っていた涙を拭って息を吐く。

ふと手の平に冷たさを感じてそこを見ると、淡雪がじわりと溶けていた。

あぁそういえば、今朝のニュースでフワフワのウサギみたいな耳あてをしたお天気お姉さんが午後から雪が降ると言っていたなぁと思い出す。

涙を拭って顔を背けたまま隣に座っている奴に声をかけた。

「山城」

「うん?」

一瞬の間を空けて山城が返事をする。

こいつなら、笑わないでちゃんと聞いてくれるかもしれん。

「俺が前言った話…あれな、言い訳やねん」

「……言い訳?」

「あぁ」

次の言葉を発するのに、少し、息を吸い込んだ。

「弱小やったって、言ったやろ? それな、俺らの代からやねん。正確に言うと、俺らの一個上の先輩の代からやねん。先輩ら、人数2人しかおらんくてな。自動的に俺ら後輩が参加することになるわけよ。……試合な、いつもそこそこやねん。試合の評価がな、いつもそこそこなんや」

わかるだろうか。呆れるほどに弱いのではない。頑張ればまだかなり伸びる余地があるわけじゃない。

そこそこ。頑張って、頑張って、伸びきりかけている能力で、そこそこなのだ。

「そこそこの評価をもらいながら最後は負けるんや」

山城がこちらを見たことに気付いたが、あえて気付いていないフリをした。

声が震えた。

敗北した後のあのやりきれなさは何度味わっても慣れない。

敗北するのは別にいいのだ。敗北するのが嫌だからやめたわけではない。ただ、楽しみの中に纏わりつく疎ましさを感じ始めたら、もう駄目だった。息苦しくて、負ける度に焦燥感が募って、気だるくて。

仕方ないのだ。勝ってばかりいられるのはほんの一握りなのはわかっていた。それでも。

喉が詰まる。

何やっとるんや、俺。こいつには全部話せるって、思った。聞いてくれると思った。せっかく、山城が空気を抜くチャンスをくれてるのに。

視界が再び歪な形に歪んで目の奥がギリッと痛くなった。言葉が、出ない。

「あかん…何言っとるかわかれへんくなって…」

乾いた笑いが漏れる。

――違う。今思ったことも、話したことも、全部嘘や。

だって、俺は。逃げたから。負けることに誰よりも先に、疲れたから。勝つことを、諦めた。――逃げたんや。

アホやな、俺。翔太よりアホで、どうしようもない奴や。1年かかってようやく気付いたなんて。

口から震える息を漏らす。そうしないと、泣いてしまいそうだった。石のベンチに寝そべって夜空を仰いだ。ひんやりと体が冷えていく。それを見た山城も同じように寝転がった。

「…言わんでもええで」

「…なんで?」

「だって、別に無理してまで言ってほしいわけやないし、それに」

ふと山城が言葉を切った。

「山城?」

怪訝に思って首だけ動かして山城を見ると山城の、真っ直ぐで、時には獰猛にさえなるあの目が俺を見据えていた。今は、何も知らない子供のような、無垢というのだろうか。そんな目をしている。

「…なんや? 山城」

再び問うてみる。

不思議とどんな感情も湧きあがってこなかった。何を言われるのかという恐怖も、知りもしないで発せられる言葉に身構える思いも、何も、湧いてこなかった。

「…自分の中で、わかってるんやろ? なら、別に言わんでもええんやないかって。言いたいなら、聞くけど」

山城の言葉がストンと胸に落ちてくる。

そうや。俺は、もう言わんでも、わかっている。

あの、最後の試合の日、負けたあの瞬間、俺は、確かに安堵したのだ。先程の、どこか満たされるような安堵とは異なった、どこか暗欝とした暗い安堵を味わった。やっと、終えられると、心の底で思ったのだ。終わった瞬間、胸中は意外なほど凪いでいた。悔しいという思いも、悲しいと思う思いも、何も湧いてこなかった。

俺は、ただそこに敗者としてあった。

疲れたのだ。敗者としてあることに。敗者としてプレーし続けることに。

「山城」

「うん?」

山城は目を閉じていた。返事をしなければ眠っているのかもしれないと思うほど自然な表情だった。

「俺は、どうしたらええ? どうしたらええんやろ」

「さぁ」

山城が目を開けて起き上がる。まだ横になっている俺を振り返って少しだけ口を緩ませた。

「お前のしたいようにしたらええんちゃう?」

その言葉に思わず笑みが漏れる。

答えになっているような、なっていないような。おかしな返事だ。でも、俺の必要とする返事だ。

俺も笑って起き上がる。冷えていた背中に風が吹いて一層肌寒い。俺は温かくなっているポケットに手を突っ込んだ。

それだけで、今は十分や。

立ち上がって歩き出す。帰ったら、久々にボールを出そうか。バッシュも拭いてやろう。

耳の奥に、スキール音が木霊した気がした。



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