俺の、待ち望んだ。
山城って、執念深そうっすよね。
外は昼間だからか朝の切りつけるような寒さは緩んでいた。
俺と山城は何も言わずに山城の放ったボールを追いかけ始めた。すぐに体が火照り出す。
山城がロールをした流れのままランニングシュートを決めた。よくスポ魂漫画で動きながら会話をするシーンがあるが、そんな暇なんてない。ついていくだけで精一杯だ。流石はエース。やっぱり強い。
俺が5本、山城が8本決めたところで突然山城が動きを止めた。
息を切らしながら俺を見つめた。その目が、雄弁に語っている。
“物足りない”と。
「ちゃんとやれや、峰岸」
その目には、捕食者の色が滲み出ている。噴き出すように不満のオーラが出ていた。
思わず息を呑む。
喰われる。このままじゃ、頭から一気に。
「もっと、強かったやろ? お前のバスケをしてる時の、あの、感情は、もっと、強かったはずや」
山城が俺に剣呑な目を向けてくる。
「俺は、ブランクがあんねんぞ」
「でもお前は自主練しとった。試合ならわかるけど、マンツーでの勘を忘れるわけがない。――それに」
山城が俺にボールをパスしてきた。爛々と底光りする目が俺を見据える。
「満足、させてくれるんやろ」
思わす目を伏せる。顔が熱くなってきた。
うわ、やべぇ。超恥ずかしい。ほんまや、俺、そんなん言っとったな。なのに言い訳とか、超恥ずかしい。一分前の俺、張り倒したい。
「…そうやったな」
手の中のボールを地面につく。
ドリブルをして山城を抜きにかかる。山城は俺にピッタリついてきた。バックチェンジをして抜くのを試みるがそれでも引っ掛からない。
それでもスピードを落とさないように心がけてその勢いのまま右のゴール下まで切り込む。
駄目やな。このままやと、止められて最悪オフェンスファウルを取られる。なんとか振り切らな。
左の爪先に力を込めてスピードを止めそのままロールする。そのまま数歩ドライブしながら走り山城が付いてきているのを確認して――両足に力を込めて足を止めると、後ろに飛びながらシュートを打った。
反対側のゴールに行きかけていた山城が足を止めて顔を歪める。
「クソッ。引っ掛かってもうた。くっそ悔しい」
「やっと引っ掛かってくれた。俺、ちょっと安心」
山城が転がったボールを拾って俺に再び目をやる。
「…フェイダウェイか。…やりおるな」
フェイダウェイ――後ろに飛びながらシュートを打つ動きのことだが、これは難しい。多分、自主練してなかったらできなくなっていた。
「うん、結構不安やった俺」
「せやろな」
ふっと山城が息を吐く。山城の目が俺を捕える。嬉しそうに笑った
「これでこそ峰岸や。俺の、待ち望んだ。これが、俺の戦いたかった峰岸やねん」
「やっとや。やっとやな、峰岸」
山城の言葉に俺はうろたえる。
そんな、やっとて言われても。俺は、別に待ってなかったんですけど。
山城の目が、俺を捕え続ける。狩る者と、狩られる者。蛇に睨まれた蛙。うわ、俺、蛙に同情するわ。今度から蛙見つけたら優しくしてやろうかな。――でもいつまでも狩られる者の立場でおるのは性に合わん。たまには狩る側にも、回りたいよな。
腰を落として山城の攻撃に備える。
山城がそれを見て笑みを濃くした。恍惚とした表情――。
かなりのスピードで突っ込んでくる。咄嗟についていくと右に体を振られそれに合わせて俺も体を動かす。今度は左に突っこんできて危うくこけそうになる。
うわ、なんでそのスピードでいきなり体の向き変えれるねん!
さらに山城は股下にボールを通して――レッグスルーをして――半歩分のステップバックをしてきた。山城の目がゴールの位置を確認する。
俺はロングシュートを打たれると思って前に出て――見事に山城に抜かれた。
ボールがゴールを通って地面に落ちる音がする。
「…あぁぁぁああくっそーー! 完璧引っ掛かってもうた!」
「返したでー」
悪戯っぽく山城が笑う。
くそ悔しい。なんとかして出しぬきたい。最後くらい、これっていうぐらい納得できる勝ち方したいやんか。
汗が額を伝う。この冬場なのに、汗が半端ない。滴って地面に落ちるくらいだ。
俺の目を見て山城が一瞬怪訝そうな顔をした。
「…峰岸」
「なんや?」
「…いや、なんでもない」
ゆるゆると山城が頭を振る。考えすぎだとでもいうように息をついた。
それからは夢中でボールを追った。打って、打たれて、また打って、また打たれて。ボールが地面を跳ね、空中に飛ぶ。
既に2時間は経っただろうか。
俺も峰岸も消耗していた。すっかりクタクタだ。
流石に帰っただろうと思っていた翔太と健司は、いつだったか横目で確認したら、無言で俺と山城のタイマンを見ていた。2人共息を詰めて見ているようだった。
山城がシュートを決めた。今ので何本目だったっけか。
山城からボールを受け取ってまさにドリブルをしようとした時、制止の声が聞こえた。
声の方を向くと翔太が大股で俺達の方に歩いてきていた。後ろから健司が慌てたように追いかけている。
「翔太?」
「もうやめぇ、航。これ以上やんな」
「なんでや」
「えぇからやめぇ! まだ、終わらせてへん。ええか航。お前は終わらせたらあかんねん。お前はまだ、踏みとどまれるんや!」
口調荒く翔太が俺に向かって叫ぶ。山城が状況についてこれていないのか首を傾げた。
「踏みとどまるて、またえらい難しい言葉を」
「茶化すな! こないなもんで踏ん切りつくとか思うたら大間違いや、ええ加減にせぇよ!!」
「翔太」
翔太のあまりの剣幕に健司が翔太の肩を掴む。
翔太は怒りで肩を震わせ俺を睨みつけている。
俺はその目から思わず逃げるように顔を背けた。
「山城、やんで」
「おい航!」
「え…えぇんか? 峰岸」
「かまへんよ。やろう」
健司が今にも掴みかかりそうな翔太を抑え込む。
翔太がその犬のような目で俺を見た。どこか縋るような、そんな目。
なんやねん、翔太。お前、何が言いたいんや。
俺のこのグズグズした思いに決着をつける。そのために山城と勝負をする。それのどこがいけないというのだ。
再び走りだす。何度も何度も公園を往復した。
――結局、勝負は俺達の体力がもたなくなって終わってしまった。
どちらからともなく地面に倒れこむ。
酷く息が切れていた。苦しい。体を動かさなくなったからか途端に体が冷え出した。
もう、ええか。山城から何本か取れた。その中には山城がついてこれてないのもいくつかあったと思うし。もう、これで、十分やろ。
まるで言い聞かせるように心の中で思う。
「翔太!」
突然健司の翔太を呼ぶ声がしてそれと同時に胸ぐらを掴まれ引きあげられる。
「えっ…」
「航のドアホが!! なんでやめへんねん!」
翔太に怒鳴られ。へたをすれば殴られるのではないかというぐらいの激昂具合だ。
目と鼻の先にある翔太の顔が歪んで、翔太が俯いた。翔太が震える息を吐く。それで気付いた。
こいつ、泣いてる。
「しょ…」
「俺は、言った!」
顔を上げて叫んだ翔太の目には、やっぱり涙が浮かんでいた。犬のような目が潤んでいる。ぐっと奥歯を噛みしめているのがわかった。歯軋りの音が聞こえてきそうだ。鋭く俺を睨むと俺を突き飛ばした。
地面に手をついて倒れるのを支える。
「俺は、ちゃんと言った! お前なんか面倒見切れへん! もう知らんからな!」
叫ぶように言って乱暴に目元を拭うと立ち上がって走っていった。
「翔太!」
健司が俺を見た後に翔太を追いかけて行った。
「峰岸、お前、何があったんや」
隣の山城が目を見張りながら言う。俺は首を横に振って答えた。
「わからへん。なんで翔太はあんなに怒ってんねやろ」
本当は、わかっているけれど。




