肉まん
おなじみ、緋絽です!
その日の返り道。健司は部活(実は野球部)、翔太は欲しい本があるとかで先に帰っていた。下駄箱で靴を履き外に出るともうすでに外は暗くなりかけていた。
「…冬は、日が落ちるのが早いねんな」
手を擦り合わせて息を吐く。マフラーを巻きポケットに手を突っ込んで歩き出した。
「峰岸」
校門を出たところでそう呼ばれた。その声に振り返ると山城がポケットに手を突っ込んで後ろを歩いていた。耳からウォークマンのイヤホンを外す。ズビッと鼻をすすった。
「山城。帰りか」
「うん。…峰岸も?」
「あぁ。…電車、同じやろ。どうせやし、一緒帰ろうや」
「せやな」
いつもより山城の口数が少ない。だからだろうか、寒空の下を白い息だけが立ち上り消えていくのを、俺達は黙って見ていた。
駅までの途中の道でコンビニを見つけた。何ともなしに見ていると中に肉まんがあるのに気づく。
「あ、そうか。この時期、もう肉まん出てるんや」
「あ、ホンマや。…食っていくか?」
「おっ、ええなぁ。入ろう入ろう」
中に入って肉まんを買う。それを持って外に出ると肉まんから湯気が出て視界が濃い白に染まった。それもすぐに薄まって消える。かぶりついて熱さに苦戦しながら咀嚼して飲み込む。
「熱ぃ」
黙々と食べ進み最後の一欠片を飲み込み隣を見ると山城はまだ残っている肉まんをじっと眺めていた。
「なんや、山城。食わんのか?」
「いや…」
山城が肉まんを頬張る。何か考えこんでいるような、そんな顔。
少し俺が前を歩きだす。空はもう完全に暗くなっていた。
「なぁ」
ふと背中に声がかかる。
振り返ると山城が立ち止まって俺を仰いでいた。
「…なんや」
「聞きたいことあんねんけど」
「…何?」
真っ直ぐな視線が己の体を突き刺すような気がして目を逸らす。
「なんでバスケやめたんや」
ふっと息を吐いていた。
山城、ふざけんなよ。なんでいちいちお前に話さなきゃならないんだよ。やめたかったからやめたで、どうして納得しないんだよ。わざわざ本音を言わさなきゃ、気が済まないのか。
唇を噛む。
怒りに似た衝動が体の奥から突き上げてきた。
ほぼ怒りと言っても変わらないだろう。でも、どこかに安堵したような、胸奥に重く立ちこめていたものがスゥっと薄まったように感じた。
そうか、俺、話したかったのかな。懺悔するように、誰でもいいから、聞いて欲しかったんや。言いたかったんや。
話せる。聞いてもらえる。
「山城、まぁそんなマジな顔で見るなや」
「そんなん言われても。俺マジで聞いてんねんもん」
「まぁまぁ。座りたまえよ」
近くの歩道のブロックに並んで腰かける。
「俺なぁ…わりとバスケ歴長いねん。小学校上がってからやから…いつからやろうな。もう覚えてないけど。バスケってな、ハマるとマジおもろいんや。ゴールのネットにボールが吸い込まれていくのなんか、超快感なわけよ」
バスケを続けているお前ならわかるやろと言うと、一瞬間があって無言のまま山城は頷いた。
そう。比喩ではなく、玉のような汗が肌を伝うあの熱さ。体育館の舞い上がる埃の匂い。バッシュが床を駆けるスキール音。
すべて当たり前のようにそこにあって、それが心地よかった。――でもいつからか気付いてしまった。その心地よさが長く続くわけじゃないということに。
「俺の入ってたチームな、弱小やったんや。せやから、毎回一回戦負け、おかげで勝ったときはすげぇ嬉しかったんやけどな。まぁ、人数少なかったからな、仲間同士はめっちゃ仲良かったんやけど。そんで2年の時にその中で俺がキャプテンに選ばれてな。皆ええ奴らやったから、こんな俺にようついてきてくれたんや。けど俺は、チームを、皆を勝たせてあげられへん。そういうのに気付いて、少し、なんて言うんかな、このへんが重くなってな」
心臓のあたりを指し示す。
重たくなってもバスケを続けた。そんな重さでやめられるほど、バスケの魅力は小さくなかった。どっしりと体に、頭に根を張って、絶対に離したくなかった。――たとえ気だるさが常に纏わりついても。
「最後の試合…意外とええとこまでいってな。まぁ一回戦やったんやけど。わりと強いチームと当たって、けどかなりしがみつけとった。相性ってやつやな。それでも結局5点差で負けて。仲間全員泣いてるわけよ。そら俺も泣くわな。けど、その時俺、自分めっちゃ許せへんくなったんや」
「……もっとできたんやないのかって?」
山城の言葉に首を横に振る。
あぁ、やはり。俺とお前では考えることが違う。
チクリと心臓が軋んだ気がした。
「俺、泣こうとして泣いてることに気付いてしもたんや」
「…泣こうと、して?」
「せや。だってな、泣かへんでも大丈夫、別に悲しくない、悔しくないって思ったらな、涙嘘みたいにひっこんだんや」
あの時ほど自分へ怒りを感じたことはない。自分を立ち上がれなくなるほど痛めつけて、血だらけにしてしまいたくなった。
その衝動がまた突き上げてきて、強く指を握りこむ。
「せやから、バスケやめよ思てん」
「え? なんで?」
山城を見て笑う。苦笑いになった。
きっとわからない。
「だって失礼やん。本気でバスケしとる人らに」
「……失礼…」
「悔しくないのに泣くて、そんなんおかしい。なんも感じひんのやったら、なんもせんかったらええ」
山城の喉が僅かに上下する。
俺は唇の端を吊り上げた。
ただ、気だるいままならよかったのだ。その息苦しさに耐えられたらよかったのだ。――ただ、楽しいとだけ感じられたらどんなにかよかっただろう。
「せやから、やめた」
煩わしい。あれから離れれば、この煩わしさは消えるのではなかったか。俺が、ただそう願っていただけなのか。あぁ、なんて鬱陶しい。一体何がこれから剥離してくれる。
不意に舌打ちをしたくなった。
山城が無言で立ち上がり歩き出す。俺もそれにならい歩き出した。冷たい風が頬を撫でる。今度は俺は、その背中を見ながら駅まで歩いた。




