震え、奮え
緋絽です!
ようやく話の中盤あたりに…!
秋が過ぎ、冬に入った頃。
体育の授業でバスケットコートに立ち、俺は茫然としていた。
この授業は、球技大会の自分の出る種目を練習する時間だった。
――そして何故か俺の目の前には山城率いる敵チームが立っていて、俺の手には高校用のバスケットボールが収まっている。その俺の後ろには翔太と健司が俺のチームとして立っていた。
「何故や!」
「せやからお前、こないだ球技大会の競技どれに出るか決めた時死んどったやん。せやから俺らが選らんでん。俺ら一応起こしたんやで。一応。な、健司」
「な、翔太」
「なんで2回言うたんや!」
あーもう、俺のアホ! なんで寝てもうたんや!
「ほれ、峰岸。ジャンプボールや」
その山城の一言で俺は我に返った。それに伴って、あの(・・)。半年前に味わったきりの、あの重さ(・・・・)が。肩に、乗った。
身震いが体を走る。
――なんと言い表せばいいのか。この、体から力が抜けるような感覚を。体が竦む、あの弱弱しいながらも体を蝕む、あの感覚を。
「い、いや。俺、見学するわ」
「あかん! ほらやんで!」
山城が俺からボールを取って目の前につきつけてきた。
それから逃げるように、数歩、後ずさる。足下で床が鳴った。
指先が、冷たい。かじかんだように、感覚がなくなっていく。
「あ、かんねん。俺、ちょっと」
「…航?」
翔太が訝しげに覗きこんできた。その後続けて覗きこんだ健司が顔を強張らせる。
「どうしたんや航。顔色ごっつ悪いで」
「わかれへんけど、あの、ちょっと、すまん」
コートを出て壁に腕組みをして顔を伏せそのままもたれかかりながら座り込む。指先が震えている。
なんで、こんな。
「峰岸?」
山城が近くに寄ってきて俺の肩に手を置いた。
「ちょい、山城。どけてみ」
翔太が山城をどかし、俺の隣にしゃがんだ。反対側を健司が陣取る。
「どうする、航。お前を渇望してやまない隼クンが待ってんで」
「うっさい翔太。いかがわしい言い方すな」
「そんなん言うても事実やしなぁ」
健司がほのぼのと呟いた。
顔を上げて両隣を見る。
2人共俺を見ずにどこか遠くを見ているように真っ直ぐ斜め上を見ている。
「休むんか、航」
翔太がそう言った。
言われた一瞬、意味が理解できなかった。理解した後も、戸惑ったように感情がドクドクと波打っている。
休む? あぁ、そうやな、こんなん異常やし。安静にしとったほうがええよな。
――本当に?
えっと驚く。誰に言われたわけでもなく、自分の中からそんな考えが浮かんできたからだ。
そらそうやろ。体調悪いなら、休まな。
――そうやな。ほんまに体調が(・・・)悪いんならな。
自分で自分にギクリとした。それと同時に思う。
今、休んだらあかん。休んだら、嫌われる。そんなん嫌や。
――何に嫌われるのが嫌なんや?
もちろん、バスケに。
きっと、わからないだろう。けれど、俺はそう感じるのだ。今休んだら、バスケに嫌われる。コートに立っても、拒絶される。ボールも、持てなくなる。絶対に、そうなのだ。これは、絶対間違いない。
まだ、嫌われてはいない。でもいつ嫌われてもおかしくない。――だって俺は、もう長いこと休んでいる。まだ嫌われていないのが不思議なくらいだ。その上、重ねてまた休むなんて軽蔑されても仕方ないやんな。
フラれるんは、つらいなぁ。そんなん、嫌やなぁ。
そう思ったら指先の感覚が戻ってきた。震えも止まった。手を顔の前まで上げて眺める。
嫌われるわけには、いかんもんなぁ。
「どうした、峰岸ー。体調悪いか?」
体育の教官が聞いてきた。
「いや、大丈夫っす。すんません」
「そうか? 体調悪なったら言えよ?」
「はい」
立ちあがってズボンを払い、伸びをする。
「うし、やろか」
「平気なんか?」
健司がそう聞いてきた。隣の翔太も、前にいる山城も、意外そうに俺を見ていた。
「嫌われたくないもん、俺」
「は? 何言うてんねん」
翔太が片眉を上げて聞いてきた。
それには答えずに山城を見る。
「お前なら、わかるやろ」
そう聞くと、間を空けずに山城は頷いた。
それに唇の端を吊り上げ山城の持っていたボールを奪った。
「やってやるわ、山城。なまっとるけど、ええやろ? 満足させたるわ」
その言葉に山城は目を瞬かせ――にやりと笑った。
ゾクリと背筋に何かが走る。懐かしい感覚。あ、まだ覚えとる。覚えとってくれた。去年の夏、あの試合までは感じていた快感のような、畏れのような、――武者ぶるいのしたくなるような。
俺は、まだこの目の前に立てる。まだ対峙できる。捕食者の目に、留まることができる。
「――楽しみやな」
試合が始まって――俺は早々に戦うのを諦めた。戦いを、ではなく、山城とマンツーで戦うのを、だ。よくよく考えてみれば(考えなくても)これは授業で、5人でのチーム戦なのだ。1対1など、認められてはいけないだろう。
「しゃーないからまたいつかや」
「えー!!」
「えーやない。我がまま言うな」
「いや、でも、せや1回だけ!! やろうや峰岸ぃ」
「あーかーん。お前絶対1回で終わらせられへんやろ」
「そんなことあらへんって」
「いーや俺は自信を持ってそう言える」
それに多分俺も終わらせられへんし。
「……あーっ、もう!! なんっやねん!! ほんまに、腹立つ!! やっとやのに!!」
急に叫んだ山城の額を小突く。
「俺は、もうお前と公式戦では戦わんけど」
「えっ、嘘っ」
「なんやねん、前から言ってるやろ。じゃなくて話を聞け。公式戦では戦わへんけどな、そこまで言うんやったら相手してやる」
「…えー…」
山城の口が尖る。その口を摘まんだ。
「あっ、やめろや!!」
「文句言うなアホ。…一回きりや」
「はん?」
「一回だけ、相手したる。お前、いつ空いてる?」
「来週の、土曜」
「ほんならその日の午後やな。もう大分涼しいし、こないだお前が来た公園でええやろ?」
山城が勢いに任せて頷いた。よし、とボールを山城に預ける。
「えっ、あれっ? ちょい峰岸っ、今一回だけって言わんかった・・・」
集合の合図がかかる。山城の背中を叩いた。
「ほれ、行くぞ」
「あっ、待て峰岸っ」
「ほいキリキリ歩けー、つーか走れー」
一回だけや、山城。それで、最後。これできっちり、縁を切るから。
口から出た息が、白く染まった。
今の時期になんと季節はずれな小説なのかと、たった今思いました。




