6:死闘
「リムノ!」
誰かが叫んでいた。でも、もう答える力が無い。目は開いていても、何も見えなかった。声が遠く聞こえる。痛みに我慢出来ない。こんな時だけど、血液って温かいんだなあと、そんなことを感じていた。そんな感覚も、まるで自分のものでは無いように、痛みの中に溶けてしまって、何も感じられなくなって来た。ただ、痛かった。ぼんやりして来ても、痛かった。最後にはおなかの痛みだけが残って、わたしは……。
「――ムノ!」
ごめんなさい。もう、答える力が無いの。誰? 懐かしい、声。声。
(今、治してあげるからね!)
ココロの中に声が聞こえた。ぬくもりに包まれた、暖かい声。誰だったかしら?
瞬時、アタマの中が白い光に満たされた。やさしい光。春の芽吹きの光。木々の葉を通して来る、森の中の暖かい光。光がスパークする。眩しい。
――ふと、意識が戻った。傷を負ったおなかが痛くない。アタマは重たいけど、目の前がちゃんと見える。涙を流してるキッポ……。ルカスもいた。懐かしい顔。
「わたし……」
「心配したんだよ! 泣くほど心配したんだよ!」
「リムノ。分かるか?」
「キッポ。ルカス。わたし、どうなってたの?」
まだぼんやりしてる。わたしは平滑な、抑揚の無い口調で訊いた。
「失血死しかけてた。キッポが全力で治したんだよ。自分の血液をリムノと同じにして、ドルイド魔法で輸血したんだ。あとは宝珠の力で、傷口を癒した。オレもびくびくモノだったよ」
ルカスが説明してくれた。そっか。またキッポのお世話になったのね。ゆっくり現実感が戻って来た。
「キッポ。ありがとう……」
涙の跡を残したまま、キッポはぶんぶん首を横に振った。
「ボクの力じゃないよ。リムノが元々持ってた、『生きよう』って気持ちが強かったから。だからボクの血を魔法で変換しても、リムノのカラダは受け入れてくれた。宝珠の力も跳ね返さなかった。だから……」
キッポが鼻をすする。
「だから、リムノが今、いる」
やっとわたしは半身を起した。ちょっとだけクラッとしたけど。――平気みたい。
「海賊たちは?」
わたしのまだ弱々しい問いかけに、ルカスが、
「立ち去った。分が悪いって悟ったんだろ。頼りの魔道士が倒れたことが、大きかったみたいだな。リムノ。お前のお手柄だよ」
「わたしだけじゃないわ。みんなの」
ぽつり、もらした。だって、ルカスとキッポがいなかったら、どうしようも無かったもの。――考えも次第にしっかりして来たようだ。現実を受け入れるのも。今、わたしのカラダの中には、キッポの血も流れているのね。何だか不思議。違和感が全く無かったから。
「お客様方。本当にありがとうございました。おかげで無事に航行出来ております。間もなくシワタネに到着致しますが、せめてもの御礼。Aルームの空き部屋を整えさせました。そちらでお休みください」
船長さんのようね。ルカスが、
「当然の協力です。御好意、ありがとうございます。使わせて頂くことに致します。――リムノ。オレにつかまれ。立てるか?」
差し出されたルカスの太い腕に手を伸ばし、つかまった。ゆっくり引き上げてくれる。うん。大丈夫みたい。
「行こう。な、キッポ?」
「うん」
目尻の涙を拭ったキッポは、改めてハルバードを片手に持ち、もう片方の手でわたしの腰を支えてくれた。お姫様扱いが、ちょっと恥ずかしい。船長さんの先導で、わたしたちはAルームに入った。うわあ、キレイなお部屋。
「どうぞお休みください。私はこれで失礼致します」
帽子を取り、深々と礼をした船長さんを見送る。このお部屋、単純計算でDルームの4倍かあ。
「リムノ。ベッドに横になれ。ほい」
軽々とお姫様抱っこ。静かにルカスは、ベッドに下ろしてくれた。
「もう、そこまでしてもらわなくても、大丈夫よ?」
本当に。おなかの真ん中に穴が空いてる血まみれの服装は、ちょっと恥ずかしいけど、こればっかりは仕方が無い。でも、四肢も動くし、アタマの重たさももう無い。シワタネに着いたら、まずは服を買おう。この服、気に入ってたんだけどな。まさかおへそを出して、街中を歩くわけにはいかないしね。キッポだったら、全く気にしないことだろうけど。そんなキッポのお世話に、ずいぶんなっちゃった。
「キッポ。本当にありがとう。輸血してくれたって聞いたけど、キッポは大丈夫なの?」
「ボク? 全然平気。『兄弟の中で一番血の気が多い』って、父さんにそんなこと言われてるぐらいだもん。気にしないで」
「ずいぶんな言われようだな」
椅子に腰かけてるルカスが苦笑する。
「事実だしね。ボクもそう思うもん」
ふふ。キッポらしい。そんなことを思ったら、天井の伝声管から、
「御乗船、誠にありがとうございました。間もなく本船は、シワタネに到着致します。お荷物などお忘れにならないよう、御準備ください。本日のシワタネは快晴。気温も適度なものとなっております。またの御乗船、船員一同心よりお待ち申し上げます」
船長さんの声だった。そっか。懐かしいシワタネに着くのね。
「降りるのは最後でいいしな。リムノ、もうちょっと休んでろよ」
「ううん、平気。それよりもね? ――服を買いたい。おへそ丸見えなんだもん」
「そうか? じゃあ、ギルドに行く前に買うとするか」
「お願い」
岸壁に船が着いた揺れが伝わって来た。快晴って言ってたわね。良かった。さあ、しっかりしなくちゃ。恥ずかしくない態度で、墓前に立たなきゃね。




