2:帰郷の決心
森の中を歩きながら、キッポが、
「今度はリムノとルカスの旅に付き合うよ。2人とも目標があるんでしょ?」
新鮮な空気を肺一杯に満たして、
「キッポの旅の方が大切なんじゃない? いいの?」
「うん。その途中で情報が得られるかもしれないし。いいよ」
「だったら……。リムノ。お前の目標を叶えるか。オレはずっと後回しでいいから。急いでないしな」
ルカスも言ってくれた。わたしの目標かあ……。
細い道をゆっくり歩く。南方の森だからか、木々の葉が元気そうに風に踊ってる。
「わたしのかあ。――特に無いよ?」
「本当は。故郷に帰りたいんじゃないのか?」
感心するぐらい、ルカスは洞察力が鋭い。わたしより歳上なだけあるわ。
「うーん……。確かにそうなんだけど。両親には会いたくないの。兄さんと妹は気になるけどね」
「だったら、こっそり会いに行くのはどう? お父さんとお母さんが苦手なんだったら」
キッポはそう言ってくれるけど。
「セキュリティが高過ぎて、兄妹だけ会うのはムリだと思うの。どうしても両親と顔を合わせないと、連絡も取れないわ」
小さな沢を越える。砂利の音が小気味いい。
「前々から思ってたんだが」
ルカスが口を開く。
「どうしてそんなに、両親を毛嫌いしてるんだ?」
そっか。話してなかったっけ。
「わたしね? 半分勘当みたいに、師匠の元へ修行に出されたの。それはいいんだけど、両親が政界に深く入りたいがために、兄さんや妹を勝手に、そう、チェスの駒みたいに利用してるのが許せないの。口答えばかりしてたわたしは、いらないみたいだし。だから両親が嫌い。許せない」
話しているうちに、両親への怒りがふつふつと沸いて来た。人を人として見ていない両親に。
息をついたルカスは、
「なるほどな。リムノの事情は分かった。でも、実の娘だろ? 考えてるより、大切にされてるかもしれないぞ?」
わたしは首を横に振った。
「そんなことない。だって、師匠が亡くなった時、ちゃんと手紙を出したのに、返事一つ来なかったもの。わたし、見捨てられてるの」
やっかみが入ってるのも分かってる。でも一度許せないって思ったら、消せないもの。この感情は。わたしは政界に興味も無いし、地位を手に入れたいとも思わない。窮屈な生活に汲々としているよりも、魔道の修行を積んで旅をしている方がずっと好き。わたしは続けた。
「兄さんと妹が気になるけど。2人ともおとなしいから、いいように生活させられてると思うの。そんな兄妹に、わたしの話をしたいのはすごくある気持ちだけど……。両親とは顔を会わせたくないわ」
木漏れ日が、わたしの複雑な感情とは関係無しにきらきらダンスしているのが、とても気持ちいい。キッポじゃないけど、森の中って危険はあっても安心出来るわね。空気も美味しいし。木々の下草までも愛おしく思えちゃう。
「それでも。行ってみろよ、リムノ。故郷を出てどのくらい経つ?」
ルカスが、前合わせ衣服の具合と帯を直しながら言ってくれた。
「うーん。――7、8年は経ってるわね。どうして?」
「その間に、考え方も変わってるかもしれないだろ?」
そうは言ってくれるけど……。
「たぶん、変わり無いわ。兄さんたちを利用してるなら、政界で大きな力を持って、もっと伸し上がろうとしているわよ」
「それでも。顔を見せてやれよ。どんなでも、娘はかわいいものだぞ」
ルカス……。そう言ってくれるのは、すごく嬉しいんだけど。
「リムノ。もしお兄さんと妹さんに会えなかったとしても。一度故郷に帰ってもいいんじゃないかな? ボクはそう思うよ」
キッポも言ってくれた。やさしさは相変わらずね、キッポ。少し痛いけど。
わたしはちょっと黙って、歩きながら考えた。確かに。会えなかったとしても、故郷は恋しい。出来ることなら会いたいけど、叶わないならそれでもいいから帰ってみたい。何だかわたし、今さらホームシックかしら?
でも。それだったら、故郷に帰る前に師匠の墓前に立ちたい。実の娘のように可愛がってくれた、ココロやさしい師匠。うん。その方がいいかもしれない。師匠に報告しなきゃね。こんなステキな仲間たちと旅をしていることを。
そこまで考えて、
「――じゃあ。じゃあね? 故郷に帰る前に、師匠のお墓参りをしたいわ。それでも……いいかしら?」
ルカスとキッポは微笑んでくれた。
「ああ、構わない」
「ボクも。どんなところで魔道を勉強したのか、興味あるよ」
わたしも笑みが自然に浮かんだ。
「ありがとう。でもね? ここからだとかなり遠いのよ。船旅になっちゃうけど、それでもいい?」
勘定係のルカスが、
「最低ランクの客室なら何とかなる。でも、だいぶ厳しくなったからな……。船を降りたらギルドに寄って、ネタ探してから少し稼がないといけない」
「わたしもギルドに行かないとなあ。新しい魔道も覚えたいし。いつまでも魔道の額冠に頼りっ放しじゃいられないから」
「ボクの『部落探し』みたいだね」
キッポが言った。ルカスはちょっと苦笑すると、
「そんなもんかもな。ただ、これは金稼ぎだ。どんなネタがあるか分からんが、成功しないと金は手に入らない」
また小さい沢を越えた。ぴょんとジャンプして越えたキッポは、
「いいよ。お金稼ぎでも。途中で情報が手に入る可能性も、高くなるかもしれないからね」
「よし、決まりだ。今度はリムノに付き合おう。いいか?」
長髪をかき上げながらルカスが言った。
「もちろん」
キッポもうなずいてくれた。
「ごめんなさいね、わたしのワガママで」
「気にしないで。ボクの時にあんなに協力してくれたんだもん。それに、船って乗ってみたかったし」
「よし。行こうぜ?」
笑顔で答えてくれる仲間。――ありがとう。