1:キッポ、再び旅へ
前作、
『キッポと一緒!』
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をお読みになっていらっしゃると、いろいろな点がお分かりになるかと。
どうか宜しくお願い致します。
ん~。
わたしはベッドから起き上がり、思いっ切り伸びをした。ホントに良く寝たー。長旅の疲れも吹き飛んだわ。
首をコキコキしてから、眼をぐしぐし。わたしはベッドに腰かけたまま、もう一度伸びをする。ベッドサイドのカーテンを開いてみた。わ! もうオヒサマが中天! 寝過ぎちゃったかしら?
慌てて服装を正し(って言っても、いつもと同じ固い生地の服なんだけどね)、枕元に置いておいた魔道の額冠を着ける。――うん。これでほっとするわ。立ち上がり、居間につながるドアを開けた。
「おはよー」
「何が『おはよー』だ。もう昼過ぎだぞ、リムノ」
ルカスに言われた。
「ごめんなさい。久々のベッドが気持ち良くって」
「まあまあまあ。よく休んで頂けたようで。散らかってますけど、そう言って頂けると嬉しいですわ」
キッポのお母さんが、前掛けで手を拭きながら言ってくれた。
「あ、ホントにすみません。――わたしが最後?」
前半はお母さんに、後半はルカスに。
「一番最後。何度ドアをノックしようと思ったか」
「キッポは?」
「今、兄弟で柴刈りに。お食事の用意は出来ておりますの。どうか召し上がって」
「ありがとうございます」
お母さん。いいなあ、こんな雰囲気。寝過ぎちゃったのは恥ずかしいけど。おなかが大きな音を立てた。ううう、もっと恥ずかしい。
ここはキッポの故郷。ドルイドの旅を終えたキッポと一緒に、実家に泊まらせてもらったの。昨夜はお母さんまで巻き込んで、家族みんなプラスわたしとルカスで大宴会。お酒は強くないのに、お父さんに勧められるまま飲んじゃったわたしは、これまた恥ずかしいことに言動をあまり覚えていない。ルカスに支えられながらベッドに寝たのは、何とか覚えてるんだけど……。
そんなことを思い返しながら、食事を頂くことにした。ふわふわのパンにハチミツをたっぷり付けて、ぱくん。美味しい! 昨日の宴会でも、美味しい食事を出してくれたなあ、お母さん。お料理上手って尊敬しちゃう。わたしがお料理、ヘタなのもあるけど。
師匠の下では、わたしが食事を作ってたんだけど、自分でもヘタだって分かってた。それでも師匠は、にこにこ食べてくれたけどね。魔道の修行もそうだけど、お料理も勉強しなきゃなあ……。
新鮮なサラダも美味しい。いっそのこと、キッポのお母さんに弟子入りしようかしら? 冗談だけど。
食事を終え、せめて、と思って洗い物は自分でした。お母さんは、
『お客様に申し訳無い』
って言ってくれたけど、申し訳無いのはこっちの方だ。寝坊して、食事まで作ってもらったんだから。
洗い終わったお皿を拭いていたら、キッポたち兄弟が帰って来た。キッポはやっぱり末っ子なんだって。上にはお兄さんが4人。言い方が悪いけど、みんなキッポそっくりで、わたしには見分けが付かない。キッポだけは一番背が低いからと言うのと、今までの旅のおかげで分かるけどね。
「お帰りなさい」
わたしはキッポたちに言った。
「ただいま。リムノが洗ってたの?」
「寝坊したお詫び」
「良く寝てたもんね。疲れは取れた?」
「おかげさまでね」
「まだだったら、薬草あげるよ。苦いヤツ」
「いりません」
――いつものやり取り。これがまた続けられると思うと、内心嬉しい。
そう。キッポは旅の目標を果たし、一人前のドルイドとなった。お別れなんだ、って思ってたわたしとルカスだけど、キッポが、
『旅をするドルイドになりたい』
と言って、この先も一緒に旅をすることになったの。泣いちゃうほどに嬉しかった。だって旅をして来て、キッポは家族同然のように感じていたから。一晩だけ実家に泊まって、また出発することになったの。部落の老師もその提案に、大きくうなずいてくれた。立派なドルイドとなるように、って。
「父さんは?」
キッポが、私が拭いたお皿をしまっていた、お母さんに訊いた。
「裏の畑だと思うわ。相変わらず何も言わないで、ふらりと出て行くんだから、お父さんは」
「じゃあ呼んで来る。そろそろ出ようと思ってたし」
「いいよ、キッポ。オレが行く」
一番上のお兄さん(確か)がそう言ってくれた。
「もういいのか、キッポ?」
お茶を御馳走になってる、ルカスが訊いた。
「うん。キリが無いしね」
「まあまあまあ。忙しい子だねえ。もっとゆっくりしていいんだよ?」
お母さんが残念そうに言った。――そうよね。いつ帰って来るか分からない旅に、カワイイ息子が出かけるんだもん。
「決心鈍るし。昨日も言ったように、コマメに帰って来るよ」
キッポは素っ気ない。だから余計にカワイイのかな?
「行くのか、キッポ?」
のっそりとお父さんが帰って来た。
「うん、そろそろね。リムノ、ルカス。いい?」
「オレはいいが」
「わたしも。キッポはいいの?」
「うん。最後に、老師に挨拶してから出かけるよ」
言いながら、キッポは荷物の支度をしている。じゃあわたしも。って言っても、バックパックと額冠ぐらいしか無いんだけどね。ルカスなんかもっと。いつもの、東方独特な前合わせの服装で、腰に長剣を着けるだけ。胸元のペンダントは着けっ放しだし。これはお守りだからかな? 以前、何か魔道が封じてあるのか、訊いてみようと思ったっけ。
「まあまあまあ。キッポ。しっかりと旅をするんだよ?」
「母さんの言う通りだ。お前ももう一人前のドルイド。恥ずかしくない旅をするんだぞ」
褪せた服の上に革のブレストアーマーを着け、ハルバードを手にしたキッポは、
「大丈夫。また帰って来るから。じゃ、行って来ます」
相変わらず素っ気ないキッポ。
「気を付けてな」
お兄さんの一人が言った。キッポは軽くうなずいて、
「行こうか。リムノ、ルカス」
聖堂へ向かって歩き出す。そんなキッポに、
「いいの? あんなあっさりしちゃってて」
わたしは訊いた。だって、また長旅に出るって言うのに。
「うん、キリ無いもん。ボクも家にいたら、出かけるのがだんだん億劫になっちゃうし」
「やさしい御両親だったな」
手の甲で無精髭をざりざりしながら、ルカスが言った。
「そうだった? 良く分からないや」
「久々だよ。暖かい家族の中って。オレにはもう、叶わないことだからな」
――ルカス、家族がいないのかしら? 訊いちゃ悪いわね。話せる時になったら、きっと話してくれるでしょ。わたしはあえて掘り下げなかった。そんなことを思いつつ、聖堂に着いた。
「失礼します、キッポです」
キッポがノック。しわがれた返事が来る。わたしたちは聖堂に入った。独特の匂いのする香が、安心させてくれる。
「昨日お話ししましたように、これから旅に出ようと思います。こちらのリムノ、ルカスにも納得してもらえました」
老師は盲目ながら、波動で心理を得ることが出来るらしい。ゆっくりとキッポの方を向くと、
「気を付けて行きなさい。各地の部落からの情報、待っていますよ。――人間様。キッポはまだまだ未熟なドルイド。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、どうか宜しくお願い致します」
ルカスが、
「こちらこそ。共に旅を出来ること、嬉しく思っております。キッポ君は大切な旅の仲間ですから」
老師は笑みを浮かべた。
「そうおっしゃって頂けるなら。キッポ? 昨日も申したように、ドルイドとして恥じぬ旅をするのですよ」
「はい。では、行ってまいります」
キッポとわたしたちは、深く礼をした。外に出て歩いていると、通りすがるフォクスリングたちが、
「もう行っちまうのかい?」
「気を付けるんだよ」
などと挨拶してくれた。キッポはにこやかに返事をしている。
「そう言えば、昨日のちびっこたちは?」
わたしは言った。だってあんなにキッポになついてたのに。
「あ。今の時間は手習い所。北の外れにあるんだ」
それでか。キッポもきっと、別れが惜しくなるからこんな時間を選んだんだろうな。
部落の外れに来ると、キッポは立ち止って振り返り、じっと部落の様子を見つめている。しばしのち、キッポは部落から出た。何か感じていることがあるんだろうけど、わたしもルカスもことばにしなかった。