新カラドナ硬貨
ウェイルとルーフィエの熱い硬貨談義を交わす傍ら、フレスとギルパーニャは会話に入れずにいた。
「ギル、ウェイル達の話、判る?」
「う~~~ん。聞いたことあるって程度にしか判らないよ」
ギルパーニャの専門は骨董品。
シュラディンと共に硬貨の鑑定をしたことがないと言えば嘘になるが、その時はほとんど話を聞いていなかった。
「そういえば師匠が言ってたよ。ここリグラスラムはコインコレクターの間では最高の場所なんだ、って」
「どうして?」
「リグラスラムは貧困都市でしょ? だから価値の高い貨幣はあまり流通しないんだって。反面、価値の低い硬貨がたくさん流通しているから、記念硬貨とかも見つかりやすいって」
「そうなんだー」
リグラスラムは基本的に生活水準の低い者が集まった都市で、ギルパーニャもその集まった人々の一人である。
スラム街の市場に行けば判るが、紙幣など誰も使ってはいない。
価値が高すぎて、誰も持っていないからだ。
逆に言えば、この都市で流通している貨幣の9割以上が硬貨と言うことになる。
コインコレクターは無論このことを知っている為、リグラスラムに居を構える物好きもいるほどだ。
専ら金持ちが嫌われるこの都市では苦労するらしいが、そこはコレクター魂で乗り切っているのだそうだ。
「物好きもいるもんだねぇ……」
「鑑定士がそんなこと言っちゃダメでしょ……その物好き相手の商売なんだからさ」
しみじみ言うフレスにギルがツッコミを入れる。
「ねぇ、ギル。丁度いい機会だから、ボク達も硬貨について勉強してみようよ! プロ鑑定士試験に出るかもしれないよ?」
「あれ? フレスも試験受けるの?」
「そうだよ! だから一緒に勉強しようよ!」
「そりゃいいアイデアね! よし! 色んな硬貨を見てみようよ!」
フレスとギルはこっそりとウェイルから離れ、部屋中に展示されている硬貨をしげしげと見学したのだった。
――●○●○●○――
その頃、ウェイルは展示されていた硬貨の中に見慣れないものを発見していた。
「……この硬貨……、まだ市場に出回ってはいないものか?」
ウェイルが指さした銅貨。
サビもなく、光沢を放つ非常に新しいその銅貨に、ウェイルは見覚えがなかった。
「フッフッフ。流石のウェイル殿とはいえ、この硬貨はご存じありますまい! これはですね……。流通前の新カラドナ硬貨ですよ!」
「……なんだと……!?」
思わずその銅貨を手に取りそうになるが、何とか留まることが出来た。
驚きすぎてつい指紋を着けてしまうところだった。
出した手を慌てて引っ込ませ、しっかりと手袋を装着後、改めてその銅貨を手にとってみる。
「……本当にカラドナ硬貨だ……!! しかし一体どうやって……!?」
「実はですね。先日クルパーカーで事件があったでしょう? ご存知ですかな?」
「……無論だ」
まさか目の前にいる男が、その事件の当事者だとはルーフィエも想像してすらいないだろう。
「クルパーカーは今回の事件で多くの市民を亡くし、都市に被害を出してしまったようで。その後クルパーカー王家主催のチャリティーオークションが開催されたのですよ。そのオークションに参加しましてね? オークションに掛けられた品の大半はダイヤモンドヘッドでしたが、私にとってそれは全く興味のないもの。しかし、そのオークションで、私を虜にさせたのが一つだけあったのです。それがこの硬貨です」
「……なるほどな……。硬貨の試作品を記念品としてオークションに出したのか……」
新貨幣を製造する際は必ず試作品が作られる。
その硬貨には試作品と証明された印も入っており、世界に二枚とない唯一のコインとなっていた。
「値段は相当しましたがね。コレクターとしてはこれくらい落として見せないと」
「……いやはや、貴方はコレクターの鏡だな……」
ルーフィエが立てた指の数は、下手をすれば家が買えるほどの額面だった。
「デザインが素晴らしいのですよ。実はですね……。本来、これから流通するはずの硬貨には、この試作品に描かれているイラストを用いる予定だったそうです。ですが、何らかのトラブルがあったようで急遽イラストを変更したのだとか。変更後のイラストに描かれているのはドラゴンのイラストなんですよ」
(……サラーのことか……)
イレイズはサラーを貨幣に描く気でいた。
ドラゴンのイラストってことは、サラーは人の姿の自分が描かれるのを相当嫌がったに違いない。仕方なく龍の姿で妥協したのだろう。
「しかしですね……。この硬貨は、なんと女の子が描かれているのですよ!!」
「…………本当だ…………!!」
硬貨を裏返して、よく見てみる。
…………本当にあった。見間違えるはずはない。
この姿は紛れもなく――サラーの姿だった。
「これを出品した王家の方……、えっと、確かイレイズ殿と申しましたか。その方が申すに、このデザインはとある事情により没になってしまった。それで仕方なくドラゴンの絵に変更したのですが、試作品だけは当初のデザインのままであるとか」
「クックック……、そうか……そうか! アーーッハッハッハッハ!!!」
イラストにされるのを嫌がるサラーの様子と、残念がるイレイズの姿が、見なくても目に浮かぶようで。
ウェイルは思わず大笑いし、そして気が付けば目に涙が浮かんでいた。
「ど、どうされましたか!?」
突然のウェイルの涙に心配してくるルーフィエ。
「いや、なんでもないよ……!! それにしても、この硬貨。本当に素晴らしい。思わず感動して涙が出てしまったよ。ルーフィエさん。それは本当に素晴らしい硬貨だ。俺の知る限り、その硬貨以上に美しい硬貨はないよ。だから、その硬貨、一生大事にしてくれよ?」
イレイズとサラー。クルパーカーに平和が訪れた。
ウェイルは柄にもなく目に涙を滲ませるほど嬉しかったのだ。
「も、もちろんですよ! 一億ハクロア積まれたって売りはしません! 私もウェイル殿と同じ気持ちですよ! これに描かれた女の子ほど美しい女性は見たことがない。このコインを見ているだけで心が癒される気分になるのです。死ぬまで大切にしようと思います」
「そうしてくれると、イレイズも喜ぶよ」
世界でたった一枚の、サラーが描かれたカラドナ硬貨。
「良いものを見させてもらったよ。ありがとう」
涙を手で拭い、ルーフィエに礼を言った。
「いえいえ、私もこのコレクションを理解してくれる人に出会ったのは久しぶりで。なんだかとても嬉しいのですよ!」
コレクターは、やはり同族を求める。
ルーフィエはその後も楽しげにコインを見せてくれ、ウェイルもそれに応じたのだった。
「ルーフィエさん。そろそろ鑑定に移ろうと思うのだが」
珍しい硬貨につい夢中になっていた二人は、依頼そっちのけで会話を弾ませていた。
「そうですな。本音を言うと、少しウェイルさんを疑っていたのですよ」
「疑っていた?」
尊称も『殿』から『さん』になるほど、二人は親密になっていた。
そこでルーフィエが本音を漏らし始める。
「そうです。実はウェイルさんの前にもプロ鑑定士に依頼したことがありまして。そのプロ鑑定士に様々な硬貨を見せたのですが、どれも見当違いのことばかり言う。200ハクロア硬貨のことすら知らない方でした。プロ鑑定士ともあろう人間がこれほどまでに間違うのかと、私は落胆してそれ以降あまりプロ鑑定士を信頼できなくなっていたのです」
「プロ鑑定士にも専門があるからな。俺は様々なものを見て回るのが好きだから、硬貨のことも知っていたけど、他の鑑定士が知らないのも無理はない。問題は派遣した方だな」
プロ鑑定士の多くは自分の専門分野を持ち、それ以外に興味を示さない。適材適所に鑑定士を派遣するためにプロ鑑定士協会から、派遣業務を委託された会社がいくつもある。
その会社の見込みが甘ければ、このようなことも起こるし、起こってしまえば信頼問題にも関わる。
「それは判っているのですけどね。それでも顧客はがっかりしてしまうんですよ」
「貴方の言う通りだ」
会社のシステムの誤り、派遣された鑑定士の手違い。
どのミスも顧客には一切関係がないのだ。
「だから貴方を試させてもらったのです。依頼をお願いするに足る鑑定士かどうかを。そして判りました。ウェイルさん、貴方は本物だ。私の話にここまでついてこられる人はそういない」
ルーフィエが求めてくる握手に応じながら言葉を返す。
「そんなことはないよ。硬貨専門の鑑定士だっているからな。俺なんて大したことはないさ」
「何を仰います! 確かにそういう専門の方もいるでしょう。しかしこの新カラドナ硬貨の魅力を、私以上に感じたウェイルさんより他に、私の信頼を勝ち得る鑑定士などこの世にいませんよ。貴方にだから託したい。貴方に鑑定して欲しい。私にとって、もはや価値などどうでも良いのです。今回貴方に依頼したのも、本当は共感者が欲しかっただけなのかも知れません」
ルーフィエは握った右手の上にさらに左手を添えてきて、ウェイルもそれに応えた。
固い握手を交わしたのだった。