硬貨コレクター ルーフィエ
――次の日。
シュラディンの許可もあっさりと手に入れたギルパーニャは宣言通りウェイル達についてくることとなった。
「いいか、二人とも。基本的に鑑定は俺がやる。お前達は俺の指示に従って動いてくれ」
事細かく注意事項を並べ立てるも、
「何鑑定するんだろーねー、ワクワク♪」
「リグラスラムだからなぁ……。あまり高価なものはないと思うけどね♪」
と楽しげに会話を弾ませる二人には届いていない。
「……はぁ……。なんでこうなったんだ……」
落胆するウェイルだったが、その足取りはすでに依頼者宅へと到着していた。
「……まあいいか」
二人のことは後回しでいい。
とにかく今は仕事モードにならなければ。
「プロ鑑定士のウェイルだ。中へ入れてもらえるか?」
叩いた扉から従者と思わしき者が現れ、ウェイル達は中へと通される。
ついてきた二人に対して訝しげな表情を浮かべていたが、文句を言うことはなかった。
―●○●○●○――
「…………おお……!!」
通された部屋に入った瞬間、ウェイルは思わず感嘆した。
「す……凄い……!!」
ギルパーニャですら驚いて目を丸くしている。
通された部屋はこの館の主が作ったコレクションルーム。
「よくぞ参られた、プロ鑑定士殿……」
現れたのは初老の男。
丸い目がメガネを掛け、杖を携えてやってきた。
「私の名はルーフィエ。このリグラスラムで両替商をやっております」
今回の依頼人――ルーフィエ・バウト氏。
この都市で両替商をやっている、リグラスラムに住まう極一部の富裕層だ。
「プロ鑑定士のウェイルだ。この度はよろしく」
互いに握手を交わし、そして部屋を見回した。
「それにしても素晴らしいコレクションだ。まさかこれほどの硬貨に囲まれているだなんて」
ウェイル達が通されたコレクションルーム。
そこに展示されていたのは硬貨やコインの類のものだった。
「でしょう? 私は商売柄様々なコインを見てきましてね。あまりにも綺麗なものですからついつい集め始めてしまいました。気が付けばこの量ですよ」
部屋中至る所に展示された光沢を放つ硬貨達。
見れば非常に珍しい品もたくさんあった。
「……おお! これは王都ヴェクトルビアが建国300年を迎えた際に発行された200ハクロア記念硬貨では!? しかもシリアルナンバーが003と非常に若い!!」
「お! ウェイル殿、よく御存じで! 流石はプロ鑑定士ですな! そうです。それは一昨年オークションにて10000ハクロアで落札した一品でして!」
「相場より大幅に安くないか……? 創立300年記念硬貨は世界でたったの288枚しか製造されていないんだぞ……!?」
創立300年記念であるのに製造枚数が300枚でないのは、300年の歴史の中で縁起が悪かったとし、いわゆる大事件があった年の数分省いているからである。
「この保存状態で、このナンバーなら50万ハクロア積んでもいいって奴もいるだろう」
「ハッハッハ、これはとてもラッキーだったのですよ。会場内にライバルがいませんでしたし、何よりこれの値を付けていた鑑定士がモグリだったみたいで。10000ハクロアで即決でしたよ」
「酷い鑑定士もいたもんだ……」
「本当ですなぁ……。そうだ、ウェイル殿、これをご存じで?」
ルーフィエが新たに取り出したのは、どこにでもありそうな50ハクロア硬貨。
「……まさか……、そのハクロア……ヴェクトルビア建立321年の50ハクロア硬貨か……!?」
「ホッホッホ! その通りですよ!」
「凄いな……。まさか現物を目にすることが出来るとは……」
「ねーねー、ウェイルー。それってそんなに凄い硬貨なの?」
「あのな、フレス。この硬貨は幻の硬貨とも呼ばれる超レアものなんだぞ?」
「それ、私聞いたことあるよ! 幻の321年硬貨!」
「せっかくだから説明してやるよ」
50ハクロア硬貨自体は、どこにでもある額面通りの硬貨である。
しかし、このヴェクトルビア建立321年の硬貨の場合、それだけの価値に留まらない。
「建立321年、王都ヴェクトルビアは大幅なデノミを行ったんだ」
「デノミって?」
「デノミネーション。貨幣の価値を再変更する金融政策だ。あまりにもデフレ、インフレの進んだ硬貨価値を切り下げたり切り上げたりして、価値を安定させる目的で行う」
ヴェクトルビアは、流通し過ぎた旧ハクロアを回収し、新たに価値を半分にした新ハクロアを発行した。
それ以降、今日に至るまでヴェクトルビアは新ハクロアでその価値を保ってきた。
尚、デノミ前の貨幣は、それを現在の価値に換算して現在でも使うことが出来る。
「デノミを行う時は、旧貨幣を回収しつつ新貨幣を製造する。これ自体はどの都市でも同じことをする。しかしヴェクトルビアの建立321年に行われたデノミは、旧貨幣の回収、新貨幣の製造が、様々な手違いにより予定が遅れたんだ。したがって321年には旧貨幣と新貨幣が混在した期間がたったの一週間だけだが存在したんだ」
「この50ハクロア硬貨は、その一週間の間に発行された旧硬貨なのですよ!」
「その一週間内に発行された硬貨は50ハクロアだけ。発行枚数はたったの1200枚だったんだ」
「……つまりその50ハクロア硬貨は大陸中に1200枚しかないってこと?」
「そうだ。だがデノミ中だったからな。新硬貨と交換する者もいただろうから、実際は1000枚を切っているだろうな」
通常硬貨の発行枚数というのは、平均して1000万枚程度である。
それを考えると1000枚と言うのはどれほど数が少ないか判るだろう。
「ウェイル殿。実は私、この硬貨を3枚所持しているのですよ!!」
「……なんだと……!?」
コレクターの間では一枚当たり80万ハクロア程度で取引される代物だ。
それがなんと3枚もある。ルーフィエのコレクションには、ウェイルも驚くばかりだ。
「両替商の特権と言う奴ですね。レアな硬貨を見つけ次第すぐ確保できるのですから」
「他のコレクターからみたら反則だよ!」
「……かも知れませんな!」
とてつもなく価値の高い硬貨を見れたウェイルもテンションが上がってしまう。
元々ウェイル自身もコインや硬貨にはとても興味があったのだ。
「セルク生誕200周年記念硬貨も! ラルガ聖典記念限定硬貨まであるとは!! 素晴らしいコレクションだな……」
「でしょう? いやはや、ウェイル殿は目が肥えてらっしゃる!」
それからしばらくウェイルはルーフィエと熱い硬貨談義を始めてしまったのだった。




