戦争孤児
「ううう、負けちゃったよぉ……」
「へへん♪ そりゃ私が負けるわけないよ?」
「……どういう意味……?」
「そりゃギルパーニャには勝てんわな」
横やりを入れてきたのは賭けの景品であるウェイル。
「むぅ……。どうして?」
「ギルパーニャはな。ボードゲームやカードゲームのような対人ゲームにはとことん強いんだ。とりわけトランプゲームはトップクラスの腕前なんだよ。こいつの凄いところは、運も相当いいのもあるが、何より読みだ。対戦相手の思考をうまく読み切って、それ以上の手を仕掛けてくる。俺なんてババヌキでこいつに勝ったことなんて一度もないんだぞ?」
「ウェイルって結構顔に出るからね。簡単に読めるよ」
「……確かにそれはあるかも……」
「それに私、師匠のとこに弟子入りするまでずっとギャンブルで生活してたからさ♪」
「……どゆこと?」
「私、戦争孤児だったんだ」
さらっと言いのけたギルパーニャ。
「……孤児、だったの……?」
フレスは思わずたじろぐ。触れてはいけないものに触れてしまったかのような、そんな罪悪感に駆られた。
しかし対するギルパーニャは、そんなフレスを見て笑っていた。
「フレスちゃん、そんな顔しないで? もう昔のことなんだから」
「…………でも……」
「ギルパーニャの言う通り気にしなくていいぞ?」
ウェイルが補足説明する。
「ギルパーニャはな、宗教都市サスデルセルの出身なんだ。以前話したことがあるだろう? サスデルセルでは過去宗教戦争があったって。ギルパーニャはその戦争に巻き込まれたんだよ」
「……サスデルセルの……」
宗教都市サスデルセル。
ウェイルとフレスが初めて出会った都市。
今でこそ平穏で平和な(悪魔の噂事件はあったが)都市となっているが、一昔前は、宗教間の争いで、醜い戦争が頻繁に勃発していた。
特に戦火の大きかったサスデルセル中心部、現在のラルガ教会(ただしバルハーの事件以降、活動は自粛している)付近にギルパーニャは住んでいた。
「私、元ラルガ教信者なんだよ。親が熱心な信者だったんだ」
ギルパーニャは語る。
「私が5歳の時かな? ラルガ教会が扇動して、他宗教との大戦争になったんだ。今の聖戦通り付近で。その戦争に私の両親も駆り出されたんだ。戦争は二週間以上続いたんだけど、その戦争ではラルガ教会の惨敗。両親は帰ってこなかった。私も残党狩りという名目で他宗教の信者から命を狙われてね。着の身着のまま逃げて、そしてここリグラスラムへ辿り着いたんだ。私子供だったし働けなかったから、仕方なく盗みと、それを種にギャンブルをしてたんだよ。結構儲かってたし、負けたこともなかったんだよ。あの人以外には」
「確か師匠に惨敗したんだったな?」
「そうなんだよ。師匠ったらその時なんて言ったと思う? 俺が勝ったらお前も貰うって! わずか7歳の子にそんなこと言うなんて、最初は何処の変態かと思ったよ~!」
「師匠がこいつを拾ってきたときは驚いたよ。何せ体中汚れまくってて悪臭を漂わせて。髪もボサボサでみすぼらしい。どうしてこんな奴拾ってきたんだって師匠に抗議したものだ」
「でも、文句を垂れつつもウェイル兄はその後私の体を洗ってくれたんだよね~~」
「バカッ!! 変なこと言うな!」
「あれ? ウェイル兄、もしかして私の裸を思い出して照れちゃった!?」
「んなわけあるか! あんな汚い姿を見て喜ぶ奴なんているもんか!」
「ひどいよ、ウェイル兄~~、でもその汚かった子が今はこんなに美人♪」
「鏡見てこい」
思い出し笑いをするウェイルとギルパーニャに、フレスは目を丸くする。
「……どうしてそんなに笑ってられるの……?」
ギルパーニャの話を聞く限り、幼少期は壮絶だったはずだ。
今笑っていられるのが奇跡なほど。
「だって、私ラッキーだったし」
フレスの問いに、ギルパーニャはさも当然と言わんばかりに答えた。
「ラッキーだったの!? 孤児になって命も狙われたのに!?」
「うん。確かに両親は死んじゃったけどさ。代わりに師匠と兄が出来たもん! 今の私にはそれで十分なんだよ♪ ……兄は最近冷たいけどさ」
「俺がいつ冷たくしたよ?」
「あまり帰ってきてくれないじゃない!!」
「……仕事が忙しくてな……」
フレスは人間に対する評価をさらに改めなくてはならないと感じていた。
ウェイルに解放されてから、フレスは様々な人の一面を見てきた。
己の欲望の為に、平気で人を殺す人間。民を守るために、必死に戦う人間。
そして絶望の仲から、幸せを見つけ出すことが出来た人間。
「ギルパーニャって、本当に強いんだね」
「うん! ギャンブルなら絶対に負けないよ?」
「ホントだね」
二人の言う強いという意味。それにはおそらく差異がある。
「ねぇ、ギルパーニャ?」
「ん?」
「私のこと“フレス”って呼んでよ! 私もギルって呼ぶから!」
「うん! いいよ!」
何気ない二人称の変更。
でもフレスは嬉しかった。
こんなに強い人間と、距離を縮めることが出来た気がしたからだ。
「……フレスにもいい親友が出来たな……」
その様子を見てウェイルの顔にも思わず笑みが漏れたのだった。
――●○●○●○――
「……俺が景品だと……?」
……初耳であった。
「そうだよ! ウェイル兄を賭けてフレスとリグラスホールデムしてたの!」
「……フレスさん……?」
「うう……。ごめんなさい、ウェイル。ボク負けちゃったよ……」
いや、そういうことを怒ってるわけではないのだが。
まさか自分が景品になるとは考えてもいなかった。
「……で、俺は一体どうなるんだ……?」
「それはね……。なんと! 一日ウェイル兄を自由にする権利なのです!」
「いや、それは解答になってないぞ……。俺は一体どうなるんだと聞いている?」
「……うう……クマ……」
「クマ!?」
……フレスよ、どうしてクマと呟きながら俺を見る……?
「ウェイル兄には……私とデートしてもらいます!! 喜べ!!」
「……デート、だと……?」
「そう! ウェイル兄は明日一日、私とデートしてもらいます!!」
「そりゃ無理だ」
間髪入れず断るウェイル。もちろんギルパーニャは黙ってはいない。
「どうして!? 私、賭けに勝ったのに!?」
「……そりゃ関係ないだろうよ……。あのな、俺は明日仕事があるの。フレス、お前もしかして忘れていたいのか? 鑑定依頼があったこと」
「そうなの!? フレス!?」
「あ……。そういえばそんな話が……」
「おいおい……」
頭を掻くフレスと呆れてため息をつくウェイル。
「だから明日は無理だ」
「いや! 私、明日はウェイル兄とデートするって決めたの!!」
「急に我が儘になるなよ……。明後日はどうなんだ?」
「明後日は師匠の仕事があるからそれについていくの! 明日じゃないとだめなの!!」
「無茶言うなよ……」
妹弟子の我が儘に頭を悩ませてると。
「ボクにいい考えがあるよ!」
と、その原因を作った一人であるフレスがウェイルに提案した。
「あのね! 明日の鑑定依頼に……ギルも連れていけばいいんだよ!!」
「……な、なんだって…………?」
「それいいね! 一緒に鑑定しようよ! ウェイル兄!!」
「ボクもギルパーニャに色々教えてもらいたいよ!」
すでにギルパーニャがついてくること前提で話を盛り上げるフレスとギルパーニャに、ウェイルは反論しても勝てそうもなかったのだった。