妹弟子 ギルパーニャ
「……ふぇぇぇ……、助かったよぉ……」
あの後、追いかけてくる男達から何とか逃れることの出来たウェイル達は、リグラスラム都市部郊外にある物静かな裏路地へと隠れおおせていた。
「貧民街であんなこと言っちゃいけないよ?」
「うう……ごめんなさい……」
「ありがとう、君のおかげで助かったよ」
ウェイルは、ピンチを救ってくれた救世主の背中に声を掛け、手を差し伸べた。
「全く、ウェイル兄も変に無茶するところは相変わらずなんだからさ!」
「そう言うな。俺だって好きで無茶しているわけじゃないんだ」
……ん? ちょっと待て。今ウェイル兄って……?
「君は一体……?」
「……あれ? もしかして気づいていなかったの?」
「……気づく……?」
……先程感じた手の感触。
ウェイルに懐かしい気持ちがこみ上げてくる。
「……もしかして――――ギルパーニャ、なのか……?」
「そうだよ! 大切な妹を忘れるなんて、一体どういうこと!?」
くるりと振り返った彼女の顔は、とても懐かしい笑顔だった。
亜麻色のショートヘアーで八重歯を覗かすその表情は、幼い頃の彼女となんら変わってはいない。
「ギルパーニャ!! お前、大きくなったなぁ!!」
ぐりぐりと頭を掻きまわしてやる。
ギルパーニャも笑顔でそれに応じた。
「えへへ~。でしょでしょ? ……っじゃなくて、どうして私って気づかなかったのよ!!」
「いや、まさかギルがこんなに可愛らしくなっているなんてな! 全く気付けなかったよ!」
「え!? そう!? 私、可愛くなってる!?」
「ああ、トッテモカワイイゾー」
「棒読み過ぎる!? ウェイル兄はもっと妹を大切にするべきだと思うんだよ!! 私に当てつけるかのようにこんな可愛い女の子なんか連れちゃってさ!!」
ギルパーニャはフレスを指差した。
(ギルパーニャだって外見はフレスに負けてはいないと思うけどな……)
あの頃の雰囲気は残っているが、目の前の妹はしっかりと女性の姿であった。
「……こいつは俺の弟子だよ」
「なぬ!? ウェイル兄が弟子!? 弟子なんて取らないとか言ってたじゃない!?」
「その予定だったんだがな。色々とあって」
フレスの手前、間違って酒の入ったコップを倒し、封印を解いてしまったなんて言えるわけがない。
「ねーねーウェイル。この人誰なの? ウェイルの妹さんなの?」
少しムスッとしたフレスが説明を求めてくる。
「いや、血は繋がっていない。でも、まあ家族みたいなもんだ」
「血が繋がっていないのに家族なの?」
「長い間一緒に暮らしていたからな。家族と変わりないさ」
そう言ってギルパーニャの頭に手を置いた。
(そいやこうしてギルを慰めたこともあったっけ)
なんだか昔のことを思い出して笑みが漏れそうだったが、ギルパーニャには不満だったらしい。
「ちょっとウェイル兄! 子供扱いしないでよ!! 私、もう一人前の鑑定士になったんだから!!」
「プロ鑑定士になったのか?」
「……それは……まだだけど……」
「でかい口はプロ鑑定士になってから叩け!」
頭をバンバンと叩くが、ギルパーニャに避ける様子はない。
嫌々言いつつも、実は嬉しいんだなと、フレスはそう感じた。
「ねぇ、ウェイル。ボク達、初めまして、なんだよ? ちゃんと紹介してよ」
「そうだな。フレス。こいつはギルパーニャと言って、俺の妹弟子なんだ」
「私、ギルパーニャって言います。よろしくね! ……でも君、本当にウェイルの弟子なの? ウェイルはもっと賢そうな子を弟子にするんだと思ってた」
「にゃにーー!! ボクは賢くなさそうに見えるの!?」
「だって、さっきまで追われてたじゃない?」
「うう! それを言われると言い返せない……」
助けられた手前、反論が出来ない。
「ギルパーニャ、あまりいじめてやるな。それで、こいつはフレスという。今見たとおり、結構抜けてるところがある。でも、こいつにだって良いところはたくさんあるんだ」
「うう……、ウェイル~~~」
(なんて優しい師匠なのだろうか!)
「抜けているところ、天然なところ、何より大喰らいなところとかな!」
「うわ~~ん!! けなされてるよ~~~!! バカウェイル~~~!!」
「冗談だ、フレス。お前は最高の弟子だと俺は思ってるよ!」
「ウェイルー!! だから好きーーー!!」
「……そんな夫婦漫才はもういいからさ」
「そうだな」
「え!? 漫才だったの!?」
フレスはショックで手を地につけていた。
「アハハハハハ、ホント、面白い子だね!」
「だろう? 一緒にいて飽きないところがこいつの良いところだよ」
そんなフレスを見て、二人して笑ってしまったのだった。
――●○●○●○――
「そういえばどうしてリグラスラムに来ているの? 師匠にあいさつ?」
「それもある。でも一番の目的は仕事だよ。鑑定依頼だ」
「そうだったんだ! それで宿泊はどうするの? 宿をとる?」
ギルパーニャが何やら物欲しそうな、不安な目でこちらを見上げてくる。
(こいつも寂しかったんだな……)
「何言ってんだ。師匠のとこに行くに決まってんだろ?」
「だよね! 師匠も喜ぶよ! 絶対喜ぶ!!」
なんて一番喜んでいる奴がいうのだから、間違いなさそうだ。
「私、ウェイル兄の為にとびっきりの料理を振る舞うよ!!」
ギルパーニャの料理の腕は抜群なのだ。
「そりゃありがたいな。今日はもう仕事って時間でもないし、すぐに行こうと思うんだが、大丈夫かな?」
「大丈夫だよ! 師匠、絶対驚くよ!! 早く行こうよ!!」
「お、おい、引っ張るな!」
ギルパーニャは嬉しそうにウェイルの腕を掴む。
その光景を見て、気分を害した者が一人。
「……それはボクのモノなの―――――!!!」
「うわぁ、フレス!! お前もそんなに強く腕を掴むな!!」
「そうだよ! 離れてよ!! 弟子は師匠の三歩後ろを歩くんだよ!」
「だめ! ウェイルはボクの師匠なんだから!! ギルパーニャこそ離れて!!」
「嫌だ!」
「ボクだって!!」
「もう勘弁してくれ……」
ウェイルは師匠の家に着くまで、周囲から羨望と嫉妬の目で見られることになったのだった。