フレスのお料理教室
「うう……、やっちゃったよぉ……」
今、フレスは反省していた。
フレスの目の前には、空になった食器達。
「ウェイル、ごめん……」
どうしてこんなことになったのか。
それは数分前に遡る。
――●○●○●○――
「……しかしサグマールの奴、一体何枚報告書を書かせるつもりだ……」
その日、ウェイルはクルパーカー戦争についての事後調査報告書を書くため部屋に籠りきっていた。
「…………イングやその神器、……さらにフロリアのこともとなると……、こりゃ飯を食ってる暇もないな……」
あれだけの事件だったのだ。しかもウェイルはサグマールの協力があったとはいえ、独断で動き回っていた節もある。
そういうことで書くべき書類は山ほど積まれていたのだ。
「……腹減ったな……」
そんなウェイルを心配する視線があった。
(……ウェイル、ご飯も食べないで大丈夫なのかな……?)
正午はとうに過ぎ、おやつの時間にもなろうかという時間帯。
ウェイルは朝から食事を摂る事もせず、机にかじりついている。
フレスはそんなウェイルを心配して、用意されていたウェイルの昼食を部屋に運んであげていた。
――しかし。
ウェイルは多忙から口にする暇がなかった。
「…………お、おいしそう……。……ダメだ、我慢しないと! ……ごくり」
おやつ時に、目の前にご飯。
「……ウェイル? 食べないのかなぁ……?」
相変わらず忙しなく報告書をまとめ続けるウェイル。
「……ちょっとくらいなら食べてもいいよね……?」
目の前で漂うかぐわしい香りに、フレスはついウェイルの分の昼食を全部食べてしまったのだ。
――●○●○●○――
(……うう……。何でボク、ウェイルの分を食べちゃったんだろう……)
反省したところで食べ物が戻るわけではない。
どうにかしてウェイルを手助けできないかと、フレスは考えていた。
そして思いついた。
「――そうだ!!」
(ボクがウェイルの為のご飯を作ってあげればいいんだよ!!)
そうなれば早速行動あるのみ。
「ウェイル、ちょっと外に出てきていい?」
「本は読んだのか?」
「…………まだだけどさ……。もう飽きちゃったんだよ!! ねぇ、ちょっとくらいいいでしょ?」
ベッドの上で転がりながらフレスは駄々をこねる。
「駄目だ! あれしきの本が読めないでプロ鑑定士になんてなれるか!!」
「むぅ、だって面白くないんだもん! ボクだって何かしたいんだよ! ねぇってば!!」
「……俺は今仕事中なんだ! あまり騒がしくしないでくれ」
「じゃあそれを手伝うよ!」
「素人には無理だ!」
「じゃあ外出認めてよ!」
「本を読んだらな!」
しばらく口論が続くと、フレスは完全に拗ねてしまった。
「もう! ウェイルの馬鹿! 分からずや!! ウェイルの為なんだからね!! いいもん! ボク、ちょっと出てくるから!」
プンスカと頬を膨らませ、フレスは部屋を飛び出してしまった。
「全く……。……俺の為……?」
――●○●○●○――
「……とはいえ、ボク、料理なんてしたことないよ……」
したことがないと言えば嘘になる。
以前フェルタリアにいた時、一緒に住んでいた女の子に料理を振る舞ったことがあるのだ。
「……ライラ、あの時気絶しちゃったもんな……」
結果は惨敗であったが。
「料理できそうな人かぁ……」
プロ鑑定士協会から外に出る。
このマリアステルで知っている人。
誰かいたかなぁ……?
「……そうだ! テリアさんのところに行こう!」
このマリアステルで知っている人なんて、そもそもアムステリアくらいしかいない。
思いつきのまま、アムステリアの家にやってきた。
――●○●○●○――
「……どうしてあんたがうちに来てるのよ……」
「それがね、ボクがウェイルの分のご飯を食べちゃって。代わりにボクが料理を作ってあげようと思ったんだよ」
「へぇ、あんたが料理、ね。少しは出来るの?」
「全く出来ない!! えっへん!」
「そこ威張るところじゃないでしょ!?」
「テリアさん! ボクに料理を教えてください!」
「断る! そして次にまたテリアって言ったら殺すわよ!?」
「お願いだよぉ~~~!! 教えてよ~~~~!!!」
アムステリアの腕にしがみつき、フレスは泣きながら懇願する。
アムステリアがいくらブンブンと振っても離れる様子はない。
「離しなさい!!」
「教えてくれるまで離さない~~~!!!」
「今仕事で忙しいんだよ!! ウェイルならともかく、あんたなんかのために割く時間はなんて一分一秒もないの! ほら、さっさと帰りなさい!」
「嫌~~~!!」
「このクソガキ……。こうなったら……!!」
アムステリアはフレスの掴んでいる服を脱ぎ捨てて。
フレスは服と共に外に投げ出されてしまったのだった。
「……う~ん。テリアさんも駄目なら……。サラーのところは遠いし、ボク、他に知っている人いないよ~~~。……あ、服一枚貰っちゃった! ラッキー!」
なんとも無駄にポジティブなフレスであった。
とはいえ知り合いが少ないことに違いはない。
そのことに、これからどうしようかと思案しながらトボトボ町を歩いていると。
「――あ!! この店!!」
見覚えのある店が目に留まった。
ここは確か、サラーと再会したあの料理店!
ここならば、きっとおいしい料理を教えてくれるはずだよ!
フレスは目を輝かせながら店に入った。
「いらっしゃいませ♪ 一体何名様なんだよ、コラァ!?」
店に入ると、あの謎の接客さんが来た。これはチャンスかも!
「一名です! 料理を教わりに参りました!!」
「…………はぁ?」
流石の接客も、聞いたことのない注文に目を丸くしていた。
「てめぇ、この間クマがどうとか言っていたクソガキではないですか♪ 料理を習いに来やがったのか?」
「そうなんだよ! お願いします! ボク、何でもしますから!!」
深々と頭を下げたフレスに、どうしようかと頭を掻く接客。
「お願いします!」
「……判ったよ。コックに話を付けてやる。感謝してくださいませ♪」
「うん! ありがとう!!」
「だが一つ条件がある!」
「条件? それって……?」
「それはな――」
「――いらっしゃいませー!!」
フレスの凛とした声が、店内に響く。
食事する客の視線はフレスに集中していた。
ただでさえ目立つ風体をしているフレス。
その彼女が、メイド服を着てウェイターをやっていたからだ。
「おいおい、あんな可愛い子、この店にいたか!?」
「いやいや! あの意味不明な接客しかいなかったって!!」
「注文、お決まりでしょうか!? ……て、うわぁ!!」
ドジなところは相変わらずで、持っていたコップを落とし、水浸しになる。
「うう……びしょびしょだよぉ……」
そんなフレスに、さらに客の視線は集中したのだった。
「何もない所でこけてるよ……」
「でもそんなドジなところがいい!!」
「……失礼しました……。ご注文は……?」
「じゃあ俺海鮮パスタとサクスィルのコーヒー」
「俺は豚ヒレ煮込みとライス、ミルクスープで」
「……それだけでいいの?」
「「え!?」」
フレスは客に問い返した。
フレスからしたら至極当然だった。
何せ一回の食事で何皿も注文するフレスだ。この量で足りるわけがないと考える。
しかし、客から見た場合、この言葉の意味は変化する。
「……もしかして、俺達、これだけしか頼まない意気地なしとか思われてる……?」
「……かもな。見ろよ、あの子の視線……」
うるうると涙目なフレス。
まるで小動物のような、そんな可愛らしい顔に、客は葛藤する。
「……じゃ、じゃあ、この山菜パスタも追加で!」
「お、俺もそれを!」
「……それだけで満足なの?」
「「ううっ!!」」
ちなみにフレスが涙目なのは。
(ボクも食べたい……)
ただの食欲だった。
そうとは知らない男たちは、
「「もう全品持って来い!!」」
本日は、この店の売り上げ史上最高を記録したのだった。
店が閉店して、フレスはコックに料理の手ほどきをしてもらう。
最初はたどたどしい手つきで包丁を持っていたが、元々フレスは器用なもので、
「やった! もう千切りが出来るようになったよ!!」
と、コック顔負けの実力を発揮していた。
調味料や材料の説明も、懇切丁寧に教えてもらい、いくらか慣れてくると、
「よし、嬢ちゃん。今日の賄い料理は俺と一緒に作るか!」
とのコックさんの計らいで、シチューを作ることとなった。
その出来栄えは予想以上に良く、コックと一緒に作ったとはいえ、人前にだしても大丈夫なほどであった。
「おお! これ中々美味じゃねーか! よくやりましたね♪」
「このシチューならどんな男も喜ぶぞ!」
「本当!?」
接客からの反応も上々で、コックのお墨付きも得ることが出来た。
帰りにシチューを分けてもらい、フレスは意気揚々とウェイルの元へ向かったのだった。
――●○●○●○――
「ウェイル、起きてるー?」
部屋に入ると、中は真っ暗で、机の上のランプだけがゆらゆらと光っていた。
「……zzz」
「……ウェイル、寝ちゃったんだ……」
それもそのはず、フレスが帰宅したのは深夜十二時。
仕事で疲れているウェイルは当然寝ている。
それを判っていたからこそ、あえて起こすことはしなかった。
せっかくのシチューだけど、今起こすのはとても悪い。
「……ここに置いておくからね」
シチューの入った鍋をウェイルの元へ置くと、フレスは自分もベッドに入った。
「……少しでもウェイルの力になれたらいいなぁ……」
今日一日色々あって疲れていたのか、フレスは目を閉じるとすぐに夢の世界へと誘われたのだった。
――●○●○●○――
――次の日。
「…………むにゃむにゃ……。ふぁああああ~~、もう朝ぁ……」
ぐぐっと背を伸ばしてペタリと座る。
机を見ると、相変わらずウェイルは忙しそうに書類を作っていた。
「……おはよ、ウェイル!」
「……フレス、お前昨日どこ行ってたんだ? なかなか帰ってこなかったから心配したんだぞ?」
「……うう、ごめんなさい」
「今日こそしっかりと勉強しろよ? でないと旅にいけないぞ?」
「……判ったよーう」
なんだい、せっかくボクはウェイルの為に頑張ったのに。
少しくらい褒めてくれたっていいじゃない……。
フレスはムッとして顔を洗いに行くため扉に手を掛けた時。
「シチュー、おいしかったぞ」
「…………え?」
「あのシチュー、お前が作れたんだろ? おいしかったって言ったんだよ。少しおいしすぎてびっくりしたが……」
「うう……、あれ、ボクが一人で作ったわけじゃなくて、コックさんに手伝ってもらったんだ」
「そうか。……それでもな、あれはお前の料理だよ。なんていうか、そのな……」
「?」
珍しくウェイルが言葉を濁す。
鼻の頭をポリポリ掻きながら、ウェイルは照れ臭そうに言った。
「……美味しかったよ。お前の、その、心遣いはしっかりと感じられたからな」
「ウェイル……!!」
ボクの体は勝手に動いていた。
そう、尊敬すべき師匠に向かって。
「ウェイル~~~!!」
「おい、フレス! 抱きつくな!!」
「えへへ、すりすり……」
「フレス! これじゃ仕事出来ないだろ!?」
いいもん。ちょっとくらい仕事が遅れたって。
もしまた忙しくてウェイルが昼食が取れないことがあっても、ボクが作ってあげる!
「えへへ、ウェイル~~~!!」
ウェイルが師匠で、本当に良かった!
「…………だが昨日約束を破ったのは事実だ。今日はしっかりと勉強してもらう」
「うええええ!! もう飽きたよ~~~~~~~!!!!」
ウェイルが師匠で、本当に勉強になった。