ちぐはぐな二人
「お前食べすぎだ。俺のスコーンまで食べやがって」
「えー、いいじゃない。減るもんでもないし」
「どう考えても減るだろうよ」
こういうやり取りが先程からずっと続いている。
まさかこれほどまでに早く馴染むとは思いもせずウェイル自身も驚いていた。
いつも鑑定の仕事のため、一人で世界を飛び回っている。誰かと共に過ごす夜など師匠のところから旅立って以来久しぶりだ。
人ごみが苦手で、孤独の方が気楽だった。
時々心許せる友人と卓を囲む程度の人付き合いが性に合っていると自分でも理解していた。そんな自分がまさかこんな小さい龍の少女と楽しく会話を続けているとは思ってもみなかった。
「あ、これ、ウェイルの最後のスコーンだよね? あーん。パクッ、もふもふ」
「おい。わざわざ確認したのに食べるとはどういう了見だ」
「ほら、ボクとウェイルの仲じゃない。これくらい笑って流してよ」
「まだ出会って一時間も経っていないだろ!?」
「ウェイルって突っ込み得意?」
「そんなこと初めて言われたぞ……」
なんとも平和な会話を続けていたが、そろそろ話を進展させるべきだ。これからのことを考えねばならない。
フレスはウェイルの弟子となった。
ただ飯を食わす気も更々ないし、これからは弟子としてそれなりに働いてもらう事になる。ならば鑑定を行うに当たっての最低限の知識を教えねばなるまい。
そのためには、まずフレスがどの程度の知識があるかを確かめておいた方が良さそうだ。
龍と言えば長寿命。ウェイルすら知り得ない過去の情報を、フレスは知っているかも知れない。
「ふう。ごちそうさま。久しぶりに解放されたけど、やっぱり人間の食べ物っておいしいよね」
「左様でございますか」
お腹も満ちて満足したのか、フレスは一つ欠伸をする。
お腹を出して寝転ぶ間抜けな姿をこいつが龍だとは、まさに事実は小説よりも奇なりと言ったところか。
そもそもフレスは何故弟子になることを承諾したのか。
ウェイルはそこから聞いてみることにした。
「フレス。お前、何故弟子になる事を承諾したんだ?」
「そりゃ、ウェイルはボクを解放してくれた人でしょ? だからその恩返しだよ! ボクって孝行者でしょ?」
「……なんて迷惑な恩返しなんだ……」
「何か言った?」
「いや、何も」
フレスがジト目でこちらを見てくるが無視を決め込む。
どうやらウェイルは勘違いしていたようだ。
ウェイルがフレスを弟子にしようと決意したのは、一重にフレスを解放したという責任を取るためである。
しかしフレスに言わせれば弟子になることこそが恩返しだという。
解釈の擦れ違いがそこにはあった。不思議なことに利害は一致していたし、今更どうこう言う気はないのだが。
「フレス。鑑定のことについてどれくらい知っている?」
「何にも知らないよ? これから勉強するって。でも神器のことに関しては詳しいよ! ボク、龍だからね!」
フレスの正体は龍なのだ。
神器とは、神がこの世に残した遺産と云われている。そして龍は神と対等な力を持つ存在だと語り継がれている。ならば龍が神器を創造することだって有り得ないことではない。龍たるフレスが詳しいのも当然だ。
普通に会話していると、フレスが龍だということをつい忘れてしまう。
龍は畏怖や恐怖の象徴だ。だがフレスから恐怖など微塵も感じられない。
それどころか妙に人懐っこいのは一体どういうことだ。
「全然龍らしくないよな……」
つい、ぼそっと呟いた。
「何か言った?」
「いや、何も」
さっきから同じやり取りが続いている感じがするのは気のせいだろう。
「龍らしくなくて悪かったね! ボクだって好きで龍になったわけじゃないもん! 龍だって、龍なりの悩みごとだってあるんだよ!?」
「聞こえているのかよ……」
フレスはふてくされて床にしゃがんでしまった。
(確かに少し言い過ぎたかも知れない)
ただ、これからの事を考えると頭が痛くなる。
弟子を採るなんて初めてのことだし、何より相手は普通の人間ではない。龍なのだ。
誰かに相談しようにも龍を弟子にした鑑定士などいやしないだろうし、これからどう接していけばいいか見当もつかない。
不貞腐れるフレスの様子を見ながらそんなことも思ってのだが、考えてみればそんなに悪いことだけでは無さそうだ。
(神器に関して知識があるというのはありがたい)
神器という芸術品は、未だにそのほとんどが謎に包まれている。発見されていない神器だって存在するはずだ。
ウェイルも神器に関してさほど詳しい訳ではない。
当然のことながら一般人に比べて知識量は豊富であるが、専門家と名乗るにはおこがましい程度の知識量だ。
数多くの神器を見てきたウェイルですらその程度。まして普段あまり神器に触れない者には何が何だか判らないだろう。
神器には多種多様の力もあるし形状だって定まってはいない。
これまでも神器の鑑定依頼は少なからずあったし、これから鑑定依頼がくる可能性だって十分にあるのだ。
そんな時、神器に詳しいと鼓舞するフレスの存在は心強いはずだ。
だから不貞腐れるフレスにこう言ってやった。
「やっぱり神器に詳しい龍が弟子ってのは心強いよな」
それを聞き、ピクッと肩を揺らしたフレス。
フレスはしゃがんだ体勢からも、こちらをチラチラと伺ってきている。
本人は隠しているつもりなのだろうが、その期待を浮かべる視線を隠しきれていない。
ならばその期待に応えてやるのが解決を早める。
「フレスがいれば神器の鑑定も楽になるんだろうなぁ」
その台詞にニヤニヤが止まらないフレス。
彼女の脳内は簡単に予想できた。
大方『やっぱりボクがいないと困るよね!』とでも思っているのだろう。
こうなればもうひと押しである。
「フレスがいないと困るなぁ……」
無理やり演技してみせると、こちらを伺い続けていたフレスは唐突に立ち上がると、ウェイルへ向けて人差指を突きたてた。
「やっぱりボクがいないと困るよね! それに龍であるボクが弟子になってあげるんだよ? もっと感謝してよ!」
面白いくらいに単純な龍であった。
先程までの不機嫌はどこへやら。それどころかエヘンと胸を張るほど。
(扱いやすい奴ってのは、まさにフレスのことを指す言葉だな。……詐欺に遭わなければいいが……)
――●○●○●○――
話が一通り済み、そろそろ夜もいい時間となった。
明日はルークのオークションへ行く約束だ。そろそろ寝ないと仕事に差支える。
ウェイルは腰に巻いたサバイバルベルトを外して机の上に置き、備え付けのベッドに腰を下ろした。
その時に気がついた。
(そういえばベッドは一つしかないな……)
普段宿泊するときは一人の為、情けないことに気付いたのは今頃になってしまう。
ヤンクに手配して、フレスの分の部屋を確保してもらう必要があるだろう。
そう考えてウェイルは下の酒場へと降りようとドアに手を掛けた。
そこでフレスに呼び止められる。
「どこへ行くの?」
「お前の部屋を取りに行くんだよ。さすがに俺の部屋で一緒に寝る訳にはいかないからな」
「なんで? ボクは気にしないけど」
「俺が気にするんだよ。それにお前を泊めるとなると、もう一人分の代金も払わなくてはならないからな。下の酒場へ行ってくる」
「じゃあボクもついていくよ」
「ここで待ってろ」
「嫌だ!」
嫌だの一点張りを通すフレス。意外に頑固である。
どうあってもついてくるつもりらしい。
ウェイルとしてもついてくること自体は別に構わないのだが、問題はヤンクとステイリィだ。
この時間ならまだ二人とも酒場にいるだろう。
特にステイリィはウェイルに対し過剰なる好意を寄せているみたいで、以前にも勘違いから大騒動を起こしたことがある。
ヤンクにも間違いなく冷やかされる。女の話題ともなるとヤンクは非常に面倒くさいのだ。
あの二人に絡まれることだけはまっぴら御免である。
できればフレスのことは伏せておきたい。
もっとももう一人分の部屋を確保したいという時点で確実に怪しまれるのだが。
なんとも難儀な話だ。
「判ったよ。じゃあ行くぞ。その代わり俺が店主と話している間どこかに隠れていろ。見つかると色々と厄介だ」
フレスとの根気比べに付き合うことも面倒くさくなったウェイルは、フレスがついてくることに条件を付けることにした。
「うん! ……うん? なんで厄介なの?」
フレスは頭の上にクエスチョンマークをたくさん乗せてピョコピョコとついてきた。
それにしても小さい奴だ。本当にに龍なのか信じられなくなってくる。
だがあの翼を見た以上信じざるを得ない。
どうやら背中の翼は、普段は隠しておけるようだ。
「はやく行こうよ! ウェイル~~」
さも当然とばかりに腕を組んでくるフレスに、慣れないウェイルは戸惑いを隠せない。
「何故くっつく」
「いいじゃない。減るもんじゃないし」
「……減ったら怖いけどな」
(龍って、こんなに人懐っこい存在なのか……?)
龍に対する概念が一日で木端微塵に粉砕されたウェイルであった。