これから ※
『不完全』VSクルパーカー軍。
その戦争はクルパーカー軍勝利で幕を下ろした。
しかし、その傷跡や被害は尋常ではない。
クルパーカー軍兵士は戦争により半分以下になってしまったほどであるし、都市全体も戦争に巻き込まれ至る所を破壊されていた。
イングの解き放ったゾンビ達の死体による腐臭が、しばらくクルパーカーに住まう民を悩ませたし、ニーズヘッグの放った瘴気は野原を荒地へと変貌させた。
戦争の傷跡はあまりに深く、勝利したとはいえ、辛勝だったことに違いはない。
しかし、彼らは勝利したのだ。
もはや『不完全』に脅かされる心配はない。
部族の誇りを守ることが出来たのだ。
「まあ、これで当分は『不完全』の犯罪も減るだろうな」
報告書をまとめるサグマールがしみじみと言う。
クルパーカー戦争終結からはや一週間。その間ウェイル達は書類整理や報告書まとめやらなんやらで多忙な日々を送っていた。
ようやく今日になって落ち着いてきたため、プロ鑑定士協会本部のサグマールの元へ訪れていた。
「あの後、お前達は何をしていたんだ? しばらくクルパーカーに残っていたのだろう?」
「実はな、イレイズに鑑定を頼まれていたんだ」
「……鑑定? 何のだ?」
「ダイヤモンドヘッドだ」
「…………はぁ!? ダイヤモンドヘッド!? まさか売るつもりなのか……!?」
「そういうことだ」
流石のサグマールもこればかりは目を丸くしていた。
「何故だ!? そもそもダイヤモンドヘッドの為に戦争をしていたんじゃないのか!?」
「そうなんだけどな。まあイレイズ達にはイレイズなりの考えがあるんだろう。クルパーカー南地区も半壊状態だからな。直すのに資金がいるんだろうよ」
「しかしなぁ……」
「まあ俺も思うところはある。だがダイヤモンドヘッドの売却には、ほぼ全ての民が賛同したそうだ。死んだ者より、今生きているものを救う。今回の戦争を通じて、それを学んだのさ」
イレイズ直々の依頼を受け、ウェイルはダイヤモンドヘッドの鑑定を行った。
それらは一つ一つが凄まじく高価で、一つあればゆうに家が建つほどの価値があった。
それらを売り、クルパーカー再建の資金に充てるそうだ。
「クルパーカーは復興に時間が掛かる。資金は多い方がいいからな」
もちろん、これからもダイヤモンドヘッドは守っていく。
ただ死ぬ前にダイヤモンドヘッドを売却しても良いという本人の許可さえあれば、取引を行うことが出来るようにしたのだ。
「だからダイヤモンドヘッドはもう違法品じゃない。早めに違法品リストから外して欲しいと依頼もあった」
「……なんというか……そうか。まあ彼らが決めたことだ。我々が口を出すことではないのだろう」
「違法品ではなくなったから、彼らが犯罪者に狙われる可能性は以前より低くなるだろうさ。市場流通さえあれば、欲しがる者は出来る限り正規入手するだろうしな。無論強盗の恐れも考えられるが、そこは今までと変わらんし」
「そうだな。そういえばウェイル。お前、俺に隠し事をしていただろう?」
サグマールの目が光る。
「お前が連れている嬢ちゃんの秘密だ。話してくれるな?」
もうサグマールには全て見られてしまった。
ならば隠す必要はもうないだろう。
「……フレスはな――龍、なんだよ」
「龍ってことは……神獣最強と謳われるドラゴンのことだな?」
「それだ。龍は異端視されることが多々ある。だから黙っていたんだよ」
「……ふうむ。確かに、宗教の中には龍を敵対視するものもあるからな。納得した。それではあの嬢ちゃんとはいつ出会ったんだ?」
それからウェイルはサグマールに全てを打ち明けた。
時折見せるサグマールの驚愕の表情に、依然の自分もこんな顔をしたことがあったなと懐かしみを覚えつつ、日が暮れるまで語りつくした。
――――
――
サグマールの部屋を出ると、アムステリアがウェイルを待っていた。
「随分長かったわね」
「まあな。色々と喋ってしまったから」
「フレスのこと?」
「そうだ」
ウェイルはアムステリアに直接フレスのことは話していない。
しかし彼女はこの事件の際、ずっとウェイルと共にいた。
フレスの背中にまで乗った彼女だ。今更話す必要すらないだろう。
「……そっちはどうだったんだ?」
ウェイルは努めて控えめに尋ねた。
今回の事件で、アムステリアは二人も大切な人を失った。
彼女は彼らの弔いをすると言って、クルパーカーで別れたのだ。
「……全部終わったわ」
「そうか」
アムステリアはルミナステリアとリューリクの遺体を、同じ場所に埋葬してやったのだ。
死して尚、寄り添うように並べられた質素の墓は、まるで二人が恋人だったかのように。
「アムステリア、お前も辛かったな」
「……何よ、急に同情なんかしちゃって」
フフッとアムステリアはいつものように笑顔を向けてくる。
「何、泣いているお前なんてみたことないからな。一度でいいから見てみたいな、と思っていたんだよ」
「……ウェイル、知っていたけど、貴方って結構外道よね?」
「ばーか、鑑定士なんて基本的に自分を隠すもんさ」
「……ばか」
そう軽口を交わして、二人はすれ違った。
「――ウェイル……っ!!」
「なんだ?」
「……ありがと、ね」
「なんの礼なんだか、全く……」
ウェイルは振り返ると、アムステリアの顔を見ることなく、彼女の頭を撫でてやった。
少しだけ聞こえてくる嗚咽。
ウェイルは後姿のアムステリアの頭を、伝わってくる振動が無くなるまで撫で続けてやったのだった。
――●○●○●○――
「……ウェイル。そういえば報告があったわ」
「なんだ?」
振り返ったアムステリアは、目元が少し赤い以外はいつも通りだった。
「フロリアとニーズヘッグのことだけどね。クルパーカー軍が全力を上げて捜索したけどその二人だけは発見できなかったそうよ」
「…………そうか……」
「どちらも危険人物だからね……。これから先、また現れるかもしれない」
「かもな」
「……気を付けてね……!」
アムステリアの忠告。
心にしっかりと受け止めた。
「もちろんだ」
今度こそ二人はすれ違う。
それぞれの、戻るべき場所へ。
「ウェイル……。気を付けて……!!」
――●○●○●○――
「…………」
部屋に戻ったウェイルは、思わず言葉を失っていた。
激しい異臭に、生ごみが散乱。
確かに綺麗に片付いていたはずの部屋。
それが今はこの様だ。
「……フレス。これは一体どういうことだ……?」
「え、えっとね? あのね、……お料理、作ってたの……」
「料理……?」
「そう、これ……」
フレスが差し出してきた皿の上には、湯気立ち込めるシチューがあった。
「……お前が一人で作ったのか?」
「……うん……」
なるほど、これを作るために生ごみが出たのか。
……それにしてもシチューを作るだけなのにこの散らかりような一体何故だ……?
「……部屋を散らかしてごめんなさい……」
「……ちゃんと片付けよう。俺も手伝うから」
シュンと俯き謝罪するフレスに、ウェイルは強く言えない。
「怒らないの?」
ウェイルに怒鳴られると思っていたのか、涙目のフレスが上目遣いで尋ねてくる。
その表情にウェイルは苦笑し、代わりに頭を撫でてやった。
「あのなぁ、お前は俺の為にこれを作ってくれたんだろ?」
「…………うん」
「だったら怒るわけないだろう? 俺はお前の師匠なんだから。弟子のした小さなミスくらいどうも思わないさ。それよりも早速食べさせてくれよ」
「あ、うん! すぐにお皿によそうから!」
出されたシチューを、ウェイルはスプーンですくい、口に入れた。
「おお、なかなか上手いぞ! あの散らかった生ごみを見てちょっと不安だったけどな。流石は俺の弟子だな!」
「…………ウェイル……!!」
プルプルと震えだすフレス。
ウェイルは瞬間的に悟った。
こいつは間違いなく――
「師匠〜〜〜〜!! 大好き〜〜〜〜〜!!!」
――飛びついてくる!!
――ヒョイ。
「あれ!? って、うわーーーー!!!」
――ズシーン……。
飛びつこうとしたフレスを軽々と避ける。
フレスはその勢いのまま本棚に突っ込んでいった。
「……うう、酷いよ、ウェイル……」
「悪かったな、それにしても……プッ、アーッハッハッハッハッハ!!!」
「ウェイル! 笑うなんて酷いよ!!」
片付けようとしたら更に散らかってしまった光景を見て、ウェイルは声を張り上げて笑った。
「いや悪い! でも、……ハッハッハハハハハ、笑いが止まらん!」
「……もう、ウェイルってば…………プッ! アハハハハハハハハ」
のんきな二人は互いに腹を抱えて笑い転げてしまったのだった。
――●○●○●○――
無事片づけも終わり、二人仲良くベッドに腰を掛ける。
「フレス。今回はお前にかなり無理をさせた。すまないと思ってる」
「何言ってんの! 弟子が師匠の為に頑張るのは当たり前でしょ!」
「そう、だったな。じゃあ言い方を変えよう。今回は助かった。ありがとう」
「もう、ウェイルってば。ボクとウェイルの仲じゃない!」
「……そうだな。俺とお前の仲だ」
思えばこいつと出会ってから様々な事件に巻き込まれた。
大変なことも多かったし、命を懸けるようなことすらあった。
それでも不思議とフレスと共になら大丈夫だと、そう思っている自分がいた。
今まではずっとこいつに助けられた。
であれば、これから先は、師匠としてフレスに何かしてあげたい。
元々対人関係、特に女性に対しては不器用なウェイルだ。
「フレス。お前、プロ鑑定士を目指すんだろ?」
「うん! ボク、ウェイルと同じ仕事をしたいよ!!」
「そうか。よし、『不完全』の連中もしばらくは活動しないだろうし、これからはお前のプロ鑑定士試験に向けての準備をしよう!」
「え!? いいの!?」
弟子への恩返し。
それを考えると、これしか思いつかなかった。
「ウェイル、仕事はいいの?」
「何、俺の鑑定依頼をこなしながらお前にも鑑定してもらうさ。実はもうすでに次の鑑定依頼も来ていてな。ゆったりと旅をしながら行こうと思ってる」
「旅!? 本当!?」
「ああ。お前には立派な鑑定士になってもらいたい。どうだ? 来るか?」
ウェイルの問いかけに、フレスは即座に答えた。
「行くよ! 行くに決まってるよ!! ウェイル!! 早く鑑定しに行こう!!」
「おい、待て。少し準備をさせろ!!」
静止を求める声など耳はいらないのか、
「もーーー、ウェイル!! 急ぐよ!!」
と、走って部屋を出て行った。
「全くそそっかしい奴だ」
ウェイルはそう呟くと、愛用のバッグを持ち、使い慣れた短剣を腰に差し、部屋を出た。
「たまにはのんびりしようか。……って、急がないとフレスを見失うぞ……!!」
ウェイルは先に飛び出たフレスの後を追っていったのだった。
二人の旅路は、まだまだこれからだ。
――●○●○●○――
「どうしよう、任務に失敗しちゃったし、イング様も捕まっちゃったし……」
宗教都市サスデルセル。
とある民家に闇討ちを仕掛け、住民を殺害、そのまま家を乗っ取ったフロリアが深く嘆息した。
「この子も拾ってきちゃったしなぁ……」
フロリアの視線の先には、一人の女の子がいた。
「…………フロリア…………、フレス、欲しい…………」
「はぁ……」
さっきからそればっかりでいい加減うんざりだ。
「私はウェイルの方が欲しいよ……」
「そう……なの……? ウェイル……確か……フレスの……上に乗っていた……」
「そうよ、その男よ。まさかあそこまでコテンパンにやられるとねぇ……」
「ボク……ウェイル……きらい……。……いらない。…………フレスだけ欲しい……」
「そうだ! 私と取引しましょう? あの二人を捕まえてくれたらフレスをあんたにあげる! 代わりに私がウェイルを貰う。どう?」
「…………フレス……くれるの……?」
「うん♪」
「…………判った……。あの二人……捕まえる……」
ウェイル達の知らないところで交わされた契約。
「ニーズヘッグ、期待してるわ♪ あはは!」
――不気味な狂気を孕む笑い声が、小さくこだましたのだった。
龍と鑑定士 第一部はこれにて完結です。
これまで読んでいただきありがとうございました。
第二部からは、方向性が少し変わって、株や為替メインのお話となります。
作者自身が一番書いてみたかったジャンルですので、是非引き続き読んでいただければと思います。