最後の仕事
「サラー、しっかりして下さい!!」
小さな女の子を抱くイレイズ。
しかし、その女の子こそ、このクルパーカーを救った英雄なのだ。
「……イレイズ……。終わったのか……?」
「ええ。敵はフレスちゃんが倒してくれましたよ……!!」
「フレスが、か……。おいしいところ全部持ってかれたな……」
そう皮肉垂れるサラーの顔はとびっきりの笑顔だった。
「サラー!!」
「イレイズ、サラーはどうなんだ?」
ウェイル達もサラーの元へ飛んできた。
「こりゃまずいな……。フレス!」
「任せて!」
フレスがサラーの上に手を掲げる。
青白い、優しい光がサラーを包み込んだ。
サラーの負った傷が見る見るうちに塞がっていく。
「…………少し楽になったよ、フレス」
「まだ無理しないで! 傷は癒えるけどダメージは残るんだから!!」
何とか起き上がろうとするサラーをフレスが制す。
「無理なんかしてないさ……」
心配するフレスに、サラーはニカッと笑うと、制する手を退けて立ち上がった。
「サラー、本当に無理は……!」
「くどいぞ、フレス! 少し眩暈はするけど、大丈夫だ」
大丈夫なわけがない。
体には壮絶なダメージ、それからくる熱で、彼女は立っているのすらやっとのはずだ。
それでも尚、サラーが強がるのは、単にプライドからくるものではない。
ただ目の前のイレイズに、これ以上心労を増やして欲しくなかっただけだ。
それにサラーにはどうしてもやらなければならない最後の仕事が残っている。
「……イレイズ……、全て終わったぞ……」
「……そうですね……」
「これでもう『不完全』に脅かされる心配はないんだ」
「…………はい」
「ようやくクルパーカーで、王として暮らしていけるな……!!」
「…………はい……!」
「だからね、イレイズ……」
サラーはこれ以上ないほどの笑顔で、イレイズを見つめていた。
手を伸ばし、イレイズの顔に触れ、言った。
「お疲れ様……!! もう、楽にしていいんだよ……!!」
「…………はいっ……!!」
堪えきれず、イレイズの瞳からは大粒の涙が洪水のように流れ出ていた。
サラーはそんなイレイズの顔を両手で優しく包む。
――サラーの最後の仕事。
それは涙するイレイズに胸を貸すこと。
誰にも彼の涙を見せないよう、自分が壁になってあげること。
彼の顔を汚さぬよう、イレイズの涙を拭うこと。
「うううう!! 良い話だよう……!!!」
「お前も泣くのかよ、フレス……」
「だってえええ!! サラー、良い子過ぎるよぉぉおおお!!!」
「……そうだな」
ウェイルとフレスは、彼らを二人きりにするために、そっとその場を離れたのだった。
――●○●○●○――
「…………こんなところにいたのね……」
アムステリアは戦争終了後、避難地区の裏路地に来ていた。
その理由は一つ。目の前にいる存在だ。
「イングから逃げてきたのね……」
その者は、腐臭を撒き散らしながらも、必死に逃げていたのだ。
彼にもう自我はない。それでも、そのプライドだけは体のどこかには残っていたのだろう。
「……久しぶりね、リューリク……」
朽ちたリューリクの顔に、以前の面影は少ない。
それでもすぐにリューリクだと判ったのは、一重に彼のことをずっと想っていたからだ。
「……グググ……」
「ごめんね、リューリク……。私達の心が弱かったばっかりに……」
ゾンビと化したリューリクに、アムステリアの謝罪は届かないかもしれない。
それでもアムステリアは言わざるを得なかった。
彼をこのような姿にした一端を担った者として。
そして彼を愛した者として。
「ごめんなさい……、リューリク……!!」
「…………」
「今、楽にしてあげるからね」
アムステリアがナイフを取り出す。
「ルミナステリアと仲良くね……」
その切っ先をリューリクへと向ける。
彼の中に入っている、自分の心臓目がけて。
彼にナイフを立てることを、実感したくなかった。
苦しむ姿が見えないよう、頭を垂れ一思いに突き立てた。
「…………ググギギガッ!!!!」
リューリクの体にナイフが刺さる。
彼は体をクの字に曲げ、痙攣し始め、そして動きを止めた。
「…………ごめんね…………」
最後に一目彼の顔を見ようとアムステリアは頭を上げた。
「――――ッ!!!!」
信じられなかった。
彼の死に顔は――笑っていた。
「――ごめんねっ…………!!!」
三度目の謝罪。
それを聞いた者は何処にもいなかった。




