騙された贋作士
「さて、そろそろ決着をつけよう、イレイズ。僕も久々に本気でいくよ……?」
イングは上半身を露出させた。
その腹部にある神器が、鈍い音を吐き出す。
『無限地獄の風穴』の穴が開いた。
「……出てこい……!! ドラゴン・ゾンビ!!!」
神器は断末魔のような音を上げ始める。
まるで苦しんでいるかのように。
その穴は、もはやイングの体に留まることをせず、彼の体から離れてどんどん大きく膨らんでいった。
激しい轟音と共に、穴からは巨大な腕が現れ、次に頭が這い出てきた。
「……でかい……!!」
想像を絶する腐臭をまき散らしながら、穴からは朽ちた翼、骨だけの尾まで出てくる。
その巨体の全貌が姿を現した。
「……龍の……ゾンビ、ですか……」
体は腐り、黒い体液と膿をまき散らすおぞましい怪物。
白目剥く醜い姿のその龍には、当然自我すらないのだろう。
イレイズは畏怖を感じざるを得なかった。
例え体の朽ち果てたゾンビとはいえ、元は龍。
死して尚、その力は通常の神獣とは桁違いに違いないのだ。
普段から龍、ドラゴンというものに接しているイレイズだ。
その力の恐ろしさは誰よりもよく知っていた。
己の実力だけではどうしようもないことを熟知していたのだ。
――だからこそ、対策は万全だった。
「さあ、これでフィナーレだね……!!」
イングがゾンビに合図を送る。
腐った体液を垂らしながら苦しげに、ドラゴン・ゾンビは力を溜めはじめた。
「――消飛べ!!」
ドラゴン・ゾンビが大きく口を開け、巨大な炎を吐き出そうとした時だった。
「――間に合いましたか…………!!」
「――うらあああぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!」
空から聞き覚えのある声が響く。
その突如、ドラゴン・ゾンビの頭がはじけ飛んだ。
「――何があったッ!?」
見るとドラゴン・ゾンビの頭部があった場所には、数々の大きなつららが突き刺さっていた。
想定外の出来事に、余裕な笑みを浮かべていたイングも狼狽える。
「龍は龍で殺す。目には目をって奴だ」
「そそ♪ それにこんな雑魚、ボク相手には力不足だよ!」
空から降りてきたのはフレスだった。
そんなフレスと共に歩く人影一つ。
「――待たせたな、イレイズ」
「…………信じてましたよ、ウェイルさん!!」
つららの発する冷気を手で払いながら、ウェイルが歩いてきた。
「あの鑑定士……!! 隠れていたのか……!?」
「いや、隠れてはいなかったよ。ちょっと野暮用があってな。たった今到着したんだ」
「野暮用……?」
「そうさ、すぐに判るよ」
「…………ッ」
この鑑定士が何を考えているかは判らない。
広がって冷気で視界が霞む。
(…………チャンス……!!)
この冷気である。鑑定士達もこちらの動きにはすぐに対応できないだろう。
イングは即座に、ゾンビ達に命令を下した。
「…………今のうちに、奴らを殺せ……!!」
ゾンビ達はどこにいようが、イングの体に神器がある限り命令を受け取ることが出来る。
例えイングの視界にゾンビがいなかろうと、念じるままに操ることが可能なのである。
その体が動く限り、ゾンビは死して尚、イングの為に働き続けるのだ。
しかし――
「…………どういうことだ……?」
イングは確かに命令を下した。
だが、ゾンビ達が動き出した様子はない。
何よりゾンビ達に命令が伝わった雰囲気がないのだ。
イングの焦燥をあざ笑うかのように冷気の霧は晴れていく。
すると、イングにはまたしても想定外の出来事が起こっていたのだ。
『イング・ブルフィリアだな!? 違法品売買の容疑で逮捕する。大人しくしろ!!』
サグマールが大きく叫ぶ。
そして、その周囲には――
「――何故だ!! 何故お前達がいる!?」
冷静だったイングも、ついに声を張り上げることになった。
サグマールの背後にはプロ鑑定士達と、この周囲を――大勢の治安局員が囲んでいたからだ。
「治安局!? お前達はレイリゴアの事件に集中していたはずじゃないのか!? それがどうしてここに、こんな大勢で……!?」
ゾンビ達はいた。
だが、どれも動く様子はない。
「上官! ゾンビ達は全て始末しました!!」
「よし、ごくろう!! 私はウェイルさんのところに行く! 後は任せる……って、ウェイルさん!? いやいや、私にサボるつもりはこれっぽっちも……!!」
治安局員の声が聞こえる。
「……なるほど……、そういうことか……!!」
反応がなかったのはこのせいだった。
駆けつけた治安局員が、残りのゾンビを全て倒したのだ。
「黙れ! そして動くな!!」
治安局員がイングの回りを取り囲む。
隙を見て、一斉にイングへと飛びかかった。
ゾンビを従えぬイングに力などない。
拍子抜けするほど簡単に、イングは拘束された。
拘束されたイングはイレイズの元へ連れてこられ、跪かされた。
恨む目でイレイズの方を睨むイング。
見下してくるイレイズの顔には、さっきまで自分が浮かべていた笑みがあった。
「貴方達は騙されたんですよ?」
「騙された、だと……?」
「そうです。貴方達は私を嵌めようとしたんですよね? レイリゴアを暗殺することによって」
「…………フロリアの仕事だ。失敗はない」
「随分と部下を信頼しているんですね? でも残念。フロリアは失敗したんですよ。何故なら――」
「――ワシが生きておるからだ」
「……レイリゴア……!?」
およそ驚愕という表情など取ったことのなさそうなイングだが、この時ばかりは目が丸くなっていた。
イレイズの背後から、暗殺されたはずのレイリゴアが現れたのだ。
「お前達はワシを殺したと思っていただろうな。あれは演技だ。お前ら『不完全』が現れたら、すぐに気絶するように元々決まっていたのでな」
「私達は貴方方をおびき出すためにわざと目立つような恰好で会議をしていたのです。私の裏切りをアピールすれば、『不完全』は必ず動き出す。もちろん、私を嵌めるようなやり方をしてくると。ですから先手を打ったのですよ」
「でも! 治安局は本気でお前を狙っていたんじゃなかったのか!? そうとしか見えなかった!」
「知らせていたのは上層部だけですからね。ですから下っ端の治安局員には苦労させられました」
「――だからこそ、この私の出番だったのです!!」
ふふん、と大きく鼻を鳴らしたのはステイリィ。
さっきまで気絶していたのだが、レイリゴアが現れ、自分の手柄を報告する機会が来た瞬間、目を覚ましたのだ。
「この私こそがイレイズさんを助けた張本人です!! この私がいなければ今頃イレイズさんは下っ端のゴミクズ……じゃなくて部下どもに殺されていたかもしれません!! この私のおかげでイレイズさんは生きています! この私のおかげで!!! ……さぁ、感謝して私を昇進させるべきではありませんか!? レイリゴア氏!!」
ちらちらと期待する視線を送るステイリィを無視して、レイリゴアは語る。
「お前達は見事に騙されたのだ。どうだ? 普段贋作で人を騙すお前らが騙されてみるのは……?」
「…………クソ……!!」
イングはこれ以上、何も喋らなかった。
「連れてけ」
レイリゴアの命令に、連れて行かれるイング。
イングは抵抗することもなく、大人しく治安局員に従い、連行されていった。
「……これで全て終わりましたな……」
クルパーカーと『不完全』との全面戦争。
それはクルパーカーの勝利によって終了を迎えた。
「これでようやくイレイズさんも……って、イレイズさん……?」
レイリゴアはイレイズに声を掛けたのだが、そのイレイズの姿はどこにもいなかった。
「イレイズさんはどこへ……?」
「あちらですよ」
代わりに声を掛けたのはバルバード。
バルバードの視線の先に、イレイズはいた。