『不完全』過激派リーダー イング
龍殺しを背に乗せ、フレスベルグは飛翔した。
『……ぐっ、力が……!!』
何とか飛べてはいるものの、その体はふらついていた。
力を吸い取られ、辛うじて飛ぶのが精一杯のようだ。
「頼むぞ、フレス……!!」
ウェイルに出来ることは、フレスを応援する事だけだ。
そのことに、己の無力さを否応にも感じてしまう。
「ウェイル、敵の攻撃が来るわ……!!」
ニーズヘッグがまたしても闇を集める。
あの様子だと、ほんの数秒後、この辺りは瘴気と化すだろう。
「……どうにか出来ないか……!!」
(……待てよ? サラーの話では、龍殺しに炎を浴びせた時、炎は龍殺しの手前で消滅したと……)
それにヴェクトルビアでの事件。
龍殺しはフレスのつららに刺されることなく、つららは龍殺しの手前で溶けてなくなっていた。
「……こいつが最大の盾になる、てか……?」
その可能性は大いにある。
(今はそれに掛けるしかない!!)
「アムステリア! 急いで龍殺しに抱きつけ!!」
「――!? 私が抱きつくのはウェイルだけと決めているの!!」
「いいから急げ!! フレスベルグ、お前も出来るだけ体を丸めろ!!」
『……? ……承知……!!』
フレスベルグは疑問に思いながらもとぐろを巻いた。
その瞬間、ニーズヘッグは力を放出させた。
周囲は闇に包まれる。
瘴気は、その場にいるものを全て蝕み、朽ちさせる。
想像を絶する匂いが鼻をつく。
『…………どういうことだ……!? 瘴気が効いていない……?』
「そうだ。この瘴気も元は龍から出されたもの。つまり龍殺しの周辺は、その力が打ち消される!!」
匂いだけは残ったものの、龍殺しの回りだけ、瘴気は打ち消されていたのだ。
「へぇ、流石はウェイル。よく思いつくわね」
「こいつには苦労させられたからな!」
瘴気を抜けると、すぐ傍にはサラマンドラがいた。
「ウェイルさん、無事でしたか!?」
イレイズの声がする。
「ああ、大丈夫だ。それよりもお前達に頼みがある! 聞いてくれ!!」
ウェイルは龍殺しを利用すること、ニーズヘッグに近づかなければならないこと、そのためにはサラマンドラの援護が必要だということを、詳しく話した。
「――ということだ。頼めるか? サラー!!」
『当然だ。クルパーカーを守る為なら何だってする』
サラマンドラはウェイルの作戦に同意すると、さっそく行動を開始した。
――●○●○●○――
「まだ何かするつもりなのかな?」
紫色の龍の上に立つ者――イングは、腰まで伸びた長い髪を手で靡かせて、ニーズヘッグに声を掛けた。
『……………………おもしろそうなの…………』
非常にかすかな声で、ニーズヘッグは答える。
問いと回答のちぐはぐさに、イングは苦笑した。
「僕としては君の回答の方が面白いんだけど」
ニーズヘッグは普段何を考えているか分からない。
虚ろな瞳で、ただ突っ立っているだけだからだ。
会話が成立しないことも多々ある。
だが、イングはそこを含めニーズヘッグのことを気に入っていた。
「でも、彼らがやってくることに興味はあるね。何せヴェクトルビアで邪魔をしてきた鑑定士もいるみたいだし」
『……………………フレスベルグ……。……久々に見たの……』
「知り合いかい?」
『……………………うん……。…………かわいいの……。……お気に入りなの…………』
「へぇ、ニーズヘッグにも好きなものがあったんだ」
『……………………フレスは…………ボクのものなの…………』
「ほほー」
ニーズヘッグの表情が、少し緩んだ。
無論龍の姿だ。素人目では表情など判りはしない。
それでもイングには理解できた。
この龍が、とても興奮していることに。
『………………ボクのもの………………』
「さて、ニーズヘッグ。その君のおもちゃだけど、こっちに向かって飛んできたよ? どうする?」
『………………フレスの上に乗っている奴ら……。……とっても嫌いなの。…………殺すの……!!』
ニーズヘッグは、虚ろなまなざしでウェイルを見つめながら、闇を集中させ始めた。
「…………はいはい。彼らの狙いはこれか……。ならば少しばかり僕が動こうか……!!」
――●○●○●○――
「アムステリア。準備はいいか!!」
「任せてよ」
ウェイルの作戦はこうだ。
龍殺しを乗せたフレスベルグが、ニーズヘッグに近づく。
接近した状態からアムステリアが龍殺しを蹴り飛ばし、ニーズヘッグに当てる。
さすれば龍殺しの力でニーズヘッグが弱まるはず。そこをサラマンドラが仕留めるという算段。
『ウェイル、奴が闇を集め始めたぞ!!』
「できればあれが発射される前に仕留めたい! フレスベルグ、急いでくれ!!」
『我が師匠は無茶を言う……!!』
皮肉を垂れつつも、フレスベルグはスピードを上げた。
とはいえフレスベルグにも、限界がある。
ただでさえ龍殺しの力で弱っているのだ。
飛ぶだけで精一杯の状況である。
だからこそ、この瘴気放出の前に蹴りを付けなければならないのだ。
「ウェイル。射程圏内に入ったわ!!」
「よし、蹴り飛ばせ!!」
アムステリアが叫ぶ。
もがく龍殺しを蹴り飛ばす準備に入った。
「いくわよ……!!」
「いけ!!」
「――させないよ?」
突如声が響いたかと思うと――
「――キャアッ!!」
アムステリアが不自然にバランスを崩した。
いや、違う。彼女は何者かに蹴り飛ばされていた。
「さすが噂の鑑定士さん。考えることが大胆だ」
龍殺しに手を置いて、こちらを見てくる男がいた。
「…………お前が……イング!!」
「ご明察。プロ鑑定士協会の情報網は凄いなぁ……」
しみじみと言った雰囲気で、クックと笑うイングに、ウェイルは得体の知れない不気味さを覚えた。
「ウェイル!! ……こいつをどうにかしないと!!」
(……なんて奴……!! 弱ってる部分を見抜いてきた……!!)
アムステリアが叫ぶ。蹴飛ばされた場所が痛むのか、彼女は患部を抑えていた。
先程ルミナステリアに刺された場所だった。
イングはそこを急所だと嗅ぎ取り、鋭い一撃を加えてきたのだ。
イングはアムステリアなど無視し、ウェイルに向き合う。
「あんな女などどうでもいいよ。君、僕と遊ぼう?」
「何……?」
「フロリアを出し抜くなんて、凄いね。とても興味あるよ♪」
そういうとイングは一気に体勢を落とした。
イングは早かった。一瞬にしてウェイルの胸元へと飛び込んでくる。
「ふざけんな……!!」
ウェイルもそれを読んでいた。
飛び込まれたところに、あえて体をぶつけていった。
「…………ッ!?」
イングは不審に感じただろう。
そもそも、相手の懐に飛び込む行為なんて、それはもう殺傷目的以外あり得ない。
であるのに、ウェイルはそれ合わせるかのように、わざと体を密着させたのだ。
普通、ナイフなどの刃物が怖くて後ろへ退くはずだ。
(…………へぇ……。見切ったのか)
ウェイルが両手でがっちりとイングを掴む。
ウェイルはとっさに見えていたのだ。
イングがナイフなど持っていないことを。
イングは手ぶらでウェイルに突っ込んだのだ。
「よく見えたね?」
「鑑定士だ。目は良いに決まってる」
「でも、普通何かあると勘ぐるでしょ?」
「そりゃあ勘ぐったさ。だが、今は作戦遂行が第一だからな。アムステリア、今だ!!」
「――任せて!! オウラアアアアアアアア!!!!!」
イングはウェイルに拘束されている。
その隙を逃すはずはなく、アムステリアは足を振り切り、龍殺しを蹴り飛ばした。
(この鑑定士、やっぱり面白いね……)
蹴り飛ばされた龍殺しは、ニーズヘッグにクリーンヒットした。
力が弱まり、闇が霧散する。
「サラー、今です!!」
『――焼き尽くす……!!!!!』
イレイズの掛け声とともに、灼熱の業火がニーズヘッグを包んだ。
悪魔のような黒い羽根は焼き切れ、浮遊力を失った龍を、重力が空にいることを許さなかった。
炎に包まれ、まるで隕石の様に地表へと叩きつけられた。
「……これでお前らの切り札も潰えたな……!!」
ウェイルがイングに囁く。
しかし、イングは少しとして動揺することはなかった。
それどこらか不気味に笑い出して、逆にウェイルへと囁き返した。
「龍が切り札……? 誰がいつ、そんなことを言ったっけ?」
「……!?」
とっさに感じた殺気に、ウェイルはイングから離れた。
冷たい何かを、この男から感じたのだ。
「良い判断だ。あと少しでも僕に抱きついていたら、君もコレクションの一部になっていたかも」
「…………なっ…………!!」
ウェイルは絶句した。
目の前のあり得ない光景に。
「君は僕が何コレクターか知ってる?」
「死体収集だろ……?」
「そうだよ。死体収集。これ、楽しくてさ。何せ僕の体には、死体を生き返らせる神器が入っているのだから…………!!」
イングが上半身裸になる。
気味が悪いほど青白い体の、中心。
丁度鳩尾の部分に、その神器はあった。
「さて、これからが最終演目。物語のメインステージだよ……?」
「……何をするつもりなんだ……?」
「それは始まってからのお楽しみ♪ そうだ、彼に伝えておいてよ。あの場所で、決着をつけようってね」
イングはサラマンドラを一瞥した。
それだけでウェイルは全ての意図を察した。
――イングは、イレイズと決着をつけるつもりだ。
「伝言、頼んだよ? じゃあ僕は先に行っているから、じゃあね♪」
「――なっ!?」
イングは飛んだ。
フレスベルグの背から、体一つで空を翔けたのだ。
地表からはるか上空の、この場所から。
突然のことに、ウェイルは動くことが出来なかった。
あまりに刹那過ぎた動きだったし、何より、彼の持つ神器が衝撃的だったからだ。
「…………アムステリア……、あの神器は…………!?」
「あの神器こそが奴の最大の切り札――『無限地獄の風穴』《コキュートス・ホールゲート》よ…………!!」
アムステリアの表情が強張っていた。
「あの神器には、大量の死体が入っている。そこから姿を現した死体は、イングの操り人形のように動き始めるのよ!!」
(…………あの神器のせいで……ルミナステリアは……!!)
アムステリアが拳を強く握る。
そんな彼女の様子に、ウェイルは居た堪れない気持ちになった。
ウェイルは彼女のことについてそれほど詳しくはないが、屋上で聞いた話を考えると、強い因縁があることに違いない。
思えばアムステリアは合流するまで何をしていたのだろうか。
訊かなくたって判った。
ルミナステリアと戦っていたのだ。
そしてこの場に彼女がいるということは――
その勝敗だって火を見るより明らか。
実の妹に手をかけた彼女の心境を、同情することなど到底出来はしない。
「……アムステリア……」
「ウェイル! 行きましょう!! イングはイレイズと決着をつけるつもりなんでしょ?」
そんなウェイルの視線に気づいたアムステリアは、わざと気丈に振る舞ってくる。
強いな、と素直にそう思えたのだ。
だからこそ、ウェイルは心配した素振りなど見せなかった。
「そのようだな。だが、これはどう考えても罠としか思えない」
「十中八九罠でしょね。でも、だからといってイングを放っておくわけにはいかないわ! 死体を使って最後の攻めに転じるつもりなのよ! なんとしても止めないと……!!」
「とにかく、イレイズに伝えないとな……!! フレス、急ぐぞ……!!」
『……まったく龍使いの荒い師匠だ……』
「普段俺の財布を圧迫しまくってるんだ。たまには良いだろうよ?」
『そうだな。……覚えていろよ? ウェイル』
「……あまり怖いこと言うな……」
力を取り戻したフレスベルグは、飛び降りたイングを追いかける。
「……それにしてもあいつはどうして飛び降りたのか? ニーズヘッグもいない今、ただじゃ済まないだろ?」
「ウェイル。奴が持っている死体は人間だけじゃない」
「…………そうか……」
そう、イングが所有する死体は人に限らない。
趣味で集めた人や神獣が、彼の武器になっている。
空を飛べる魔獣でも使えば、全く問題ないのだ。
「イングの目的はダイヤモンドヘッド。ならば住民が避難している南地区避難地域へ行ったはずよ」
「急がないとな……!!」
ウェイル達は、イレイズと合流するためにサラマンドラの元へ向かった。
――――
――
「……………………」
龍殺しの力で弱ったニーズヘッグは地面に這いつくばっている。
次第とその姿は少女のそれと変わっていった。
「…………」
その少女は、何事もなかったかのようにムクリと立ち上がり呟く。
「……………………そろそろ…………いい…………かな…………? ……なの」
その虚ろな目は、フレスベルグの飛び去った方にだけ、ジッと向けられていた。