闇の神龍 『ニーズヘッグ』
「フレス、急げ!」
『判っておる!』
龍の姿に戻ったフレスベルグの背に跨り、ウェイル達はサラマンドラの援護へ向かった。
「イレイズ、いるのか!?」
サラーが龍に戻ったということは、必ずイレイズもいる。
サラマンドラに跨る人影を見た。
「イレイズ!!」
「これはウェイルさんではないですか。お久しぶりです」
「何がお久しぶりだ! 俺達をいいように使いやがって!!」
「いやぁ、すみません。でも、ウェイルさん達なら協力してくれると思いまして。なにせ『不完全』絡みですからね?」
「……まったく、舐めた奴だな……」
こちらの行動など手に取る様に判ると言われたみたいで、思わず皮肉が漏れ出してしまう。
「これでも感謝してるんですよ?」
「治安局はどうした?」
「結構危なかったですけどね、事情はすでに?」
「サラーから聞いたよ」
「そうですか。彼女のおかげで助かりましたよ? ウェイルさんが手を回してくれたのでしょう?」
イレイズが後ろへ指をさす。
そこには――
「ううぇえええええええええ!!!! 高いよ~!! 怖いよ~~~!!!! 死ぬ~~~!!!」
涙目になりながら、振り落とされないよう必死に跨る、ステイリィの姿があった。
実はこのステイリィ。高所恐怖症である。
「ステイリィ!」
「ううぇえええええええ…………。…………あれ? この声は……? ウェイルさん!?」
「そうだ! 感謝するよ、ステイリィ! よくこんな頼み引き受けてくれたな!」
「そんな! ウェイルさんの頼みなら、たとえ火の中水の中、空の上……は無理!! もう死ぬ!!……それよりもフレスさんは?」
「ここだ」
ウェイルが下に指をさす。
「ここって……ええ!?」
ステイリィは仰天しすぎて、サラマンドラから落ちそうになる。
慌てて体制を戻すも、その顔は依然唖然としたままだ。
ウェイルが跨っている、蒼く美しい龍。
それがフレスだという。
「信じられるかーーーーー!!!」
目を丸くしてステイリィは叫んだ。
『ウェイル、話は後だ。あの龍を見ろ』
「フレス。あの龍、お前と何か因縁でもあるのか?」
先程見せたフレスの目。
あんなに憎しみを抱いたフレスを見るのは初めてだったのだ。
『あいつはな――…………!? 来るぞ!!』
輝く闇が、こちらへ放出される。
『掴まってろ、ウェイル!!』
フレスベルグは大きく体勢を落とすと、一気に急降下した。
攻撃は避けたものの、その痕跡は凄まじい。
貫かれた大気は、しばらく瘴気に包まれていた。
『あの瘴気を吸い込むなよ、あれは猛毒なんだ』
「……猛毒……!?」
『――ウェイル。あいつの正体を話そう。あの紫色の龍の名は『ニーズヘッグ』。お前の故郷、フェルタリアを滅ぼした張本人だ……!!』
「――なっ――!!!」
あの龍が、フェルタリアを滅ぼした根源……?
「一体、それはどういう……!!」
『あやつは、20年前から『不完全』に属している神龍族だ!! 我は見た。あの日、奴が襲ってきたのを! あの口から吐く瘴気で、フェルタリアの民を次々と殺していったのを……!!』
「――ッ!!」
フレスが漏らした約束反故の意味。
(そういうことだったのか……!!)
あの龍は、つまりフレスが復讐したいと言っていた張本人なのだ。
そして皮肉なことに、それはウェイルと同じ相手であった。
『ウェイル、我は――』
「――いいさ」
『…………?』
「……フレス、自由にやろう。今は約束とか言っているときじゃない!!」
『……そうだな』
ウェイルは自分自身がこれほど卑怯者なのかと、初めて実感した。
クルパーカーの事情を盾に、フレスの約束すら差し置いて己の復讐を果たそうと思ったのだ。
またそれに関してはフレスも同じ思いだった。
『……また来るぞ……!!』
「フレス! 反撃だ!!」
『無論だ!!』
フレスベルグが背中に纏う、氷のリングが、蒼白く輝き始めた。
激しい眩さに、思わず目を瞑ってしまう。
同時期、クルパーカーの空には、更なる輝きがあった。
フレスとは逆に急上昇したサラマンドラの放つ燃えるような真紅の光だ。
「サラー、あれを打たせてはいけない!!」
『わきまえている!! 行くぞ!!』
「な、何が行くの……? って、まぶしい!!」
激しい真紅の光が、サラマンドラを包む。
――それは全て同時だった。
『――無に帰れ!!』
『――焼き尽くす!!』
真紅と蒼白の輝きが、深淵の闇と衝突した。
拮抗した力が、衝撃波で大気を震わせる。
「なんですか!? この震えはーーーーー!!! ……ガクッ」
ステイリィの絶叫も、激しい衝撃波にかき消される。
その彼女はというと、高所からくる恐怖+激しい衝撃波の二つに挟まれ、ついに失神してしまった。
『……なんて力だ……!!』
二対一にも関わらず、ニーズヘッグの闇は、二体の龍の力と互角に渡り合っていた。
力の均衡がついに崩れた。
――巨大な爆発。
その衝撃は龍をも地に落としかねない巨大なもので、フレスベルグは溜まらず地面に向かって急降下した。
「フレス!! 耐えてくれ!!」
『…………んんっ!!』
間一髪、フレスベルグは地に叩きつけられることなく、その直前で体勢を整えた。
「な、なんとか助かったな……!」
『……ニーズヘッグ……!!』
空には爆発の影響などなかったかのように、ニーズヘッグが瘴気を撒き散らしていた。
見るとサラマンドラは辛うじて体勢は整えてはいたが、明らかにふらついている。
「無理ないな……。サラーはずっと戦っていたんだろう?」
『そうだ。サラマンドラはすでに体力の限界が近い……!!』
「イングって奴、相当狡猾だな……。切り札は最後まで取っておくとは……!!」
『どうする? ウェイル。あのままではサラマンドラが……!!』
そうこう言っている間にも、ニーズヘッグは黒い闇を放出、サラマンドラを消耗させていた。
『ニーズヘッグ……!! 我ら神龍族の中でも、最も凶悪な力を持つドラゴン……!! 如何にサラマンドラとはいえ、厳しいぞ……!!』
「……神龍……、……ドラゴン……?」
『ウェイル!! 早く援護に戻らねば……!!』
「待て! 今、何か頭に引っかかったものが……!!」
考えろ、ウェイル。
そうだ、相手はフレスと同じ、龍だ。
「…………ッ!!」
――見つけた。
最も凶悪な龍でさえも、簡単に倒す方法が……!!
ウェイルは周囲を見渡す。
俺はまだ、あれに止めを刺してはいない……!!
「あった!! あれだ、フレス!!」
ウェイルの指摘した場所。
そこには『悪魔縛り』で身動き一つ出来なくなった、『龍殺し』がいた。
「ニーズヘッグも龍ならば、あいつの力は有効なはずだ……!!」
フロリアが最後に残した置き土産。それが最後のワイルドカード。
一発逆転のジョーカーだ。
『だが、ウェイル。我は奴の力によって弱体化する。奴を乗せて空を飛ぶことは出来ても、攻撃は出来ないだろう。敵の攻撃を躱すことすら困難になる。ウェイルは、あの魔獣を、奴に向けて投げるだけの腕力はあるのか……?』
「……無い……」
――そうだ。
いかに龍殺しを空まで運んだとはいえ、それをニーズヘッグに当てなければならない。
「……どうにかできないか……!?」
「――出来るわよ?」
二人の前に、凛とした声。
「アムステリア!?」
「私なら、出来る」
アムステリアの蹴りの強さは異常だ。
マリアステルでの事件でも、彼女の蹴りに救われた。
だが、今の彼女の姿は壮絶だ。
全身血だらけで、歩くのもやっとといった雰囲気。
「大丈夫なのか!?」
「ウェイル!! 今は私が大丈夫だとかどうでもいいでしょ!! クルパーカーという国が掛かっているのよ!?」
アムステリアの言う通りだ。
今は仲間のことを考えて躊躇している場合ではない。
「……頼む! アムステリア!」
「いいわよ。テリアって呼んでくれたらね♪」
「よし、早速龍殺しを運ぶぞ、テリア!!」
「ええ♪」