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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第四章 部族都市クルパーカー編 『戦争勃発、陰謀の末路』
80/500

姉と妹

「……お姉さま。また私の邪魔をする気?」


 また一人、兵士の首を掻っ切って、その返り血を舐めながらルミナステリアは振り返った。


「邪魔って。あんたこそ、いつまでイングなんかに縋る気なの?」

「縋ってなどいない。イング様は本当に死者を生き返らせる術をお持ちになっている。いつか必ずリューリクを甦らせてくれるわ」

「……いい加減目を覚ましなさい!! 死者は蘇らないわ!! イングだけじゃない。誰だって、それこそ神だって再び命を与えることなど出来ないの!!」

「お姉さまは今のリューリクの姿を見てないから……。リューリクの心臓は、もうすでに動き始めている。後は意識が戻るのを待つだけ」

「何言ってるの!! その心臓は――私の心臓じゃない!! リューリクの心臓なんて、とっくに動きを止めてるわ!!」


 悲痛な表情とは裏腹に、ルミナステリアはうっとりと惚けていた。


「……ねぇ、お姉さま。お姉さまはリューリクのことを愛していなかったの?」

「……愛していたわ。貴方と同じくらい……」

「……嘘よ!!」


 突如豹変したルミナステリア。


「お姉さまはリューリクのことなどどうでもいいって思っていたでしょ? だから彼が死んでも泣き喚くだけ、いや、そんな演技をしていた!」

「な、何言っているの……?」


 アムステリアはたじろぐ。ルミナステリアの主張の意味が理解できなかった。


「本当に彼のことを愛しているのであれば、私みたいに何かしら行動を起こしていたはず! だって私達は『不完全』なのよ!? リューリク一人作り直すくらい、わけないわ!!」

「ルミナス! それは違う! 確かにリューリクは死んでしまった! でも、それは彼の運命だったのよ! それは私達がどうこうしていいことじゃない!」

「お姉さまはわかってないわ……!! リューリクだって、もう一度生き返って、私達と共に生きていきたいはず。私はその願いを叶えてあげたいだけ!」

「それは貴方の勝手よ……」

「違うっ!! 彼の意思よ!!」


 アムステリアは悟った。

 もう、ルミナステリアに説得は通用しないと。

 だって彼女の目は、すでにリューリク以外見えていないのだから。

 そのリューリクも、本物なんかではなく、ただの贋作。


「……ルミナス。最後にもう一度言うわ。リューリクは二度と生き返らない。だから『不完全』なんか止めてしまいなさい」


 最後の希望を込めて、声を投げかけた。


 しかし――


「そうだ♪ 今度は誰かの脳を奪ってやれば、リューリクの意識は回復するかも♪」


 もはやルミナステリアの目は常人のものではない。

 虚ろと言う表現が相応しくないほど、深淵の闇の色をしていた。


「お姉さまの脳があれば、きっとリューリクも戻ってくるよ! ねぇ、そうしようよ! お姉さま!」

「……ルミナステリア……」


 アムステリアは腹をくくった。

 今、ここでルミナステリアを止める。

 彼女の気持ちが判らないわけではなかった。

 それこそリューリクが死んだとき、自分も狂ってしまいそうだった。

 だから執拗にリューリクを想い続けるルミナステリアに同情を抱かないわけではなかったのだ。

 しかし、すでにルミナステリアは壊れてしまった。

 彼女を野放しにすれば、どれほどの被害が生まれるか想像に容易い。

 彼女の為にも、そして死んだリューリクの為にも、アムステリアはナイフを握る。


「ルミナステリア。私は今日、ここで貴方を倒すわ」

「本当に出来るのかな? ねぇ、お姉さま?」


 ルミナステリアは機敏だった。

 言うが早いか、ナイフをアムステリアに投げつける。


「――はやい……!!」


 紙一重で躱すものの、今度はレイピアを取り出してきた。


「お姉さま♪ 大丈夫、私は首から上は狙わないから! だって、脳みそに傷がついたら使い物にならなくなるでしょ?」


 巧みなレイピア捌きで、アムステリアを追い詰める。

 アムステリアもナイフで受け、応戦しようとする者の、いかんせんリーチに差がありすぎた。


「ナイフだけでよく頑張るわね! お姉さま!!」


 圧倒的有利なルミナステリアだったが、そのせいか少しずつだが挙動が大振りになってきた。


「もっと反撃してこないと面白くないわよ?」

「それもそうね」


 大きく振られたレイピアを体を屈めて避ける。

 その隙にアムステリアはルミナステリアの胸元へと飛び込んだ。


「ルミナステリア、死んでもらうわよ!!」


 握りしめたナイフを、心臓目がけて突き立てた。


「――っ!?」

 

 しかし、アムステリアのナイフはルミナステリアには届かなかった。

 それどころか、アムステリアの胸には、ナイフが突き立てられていたのだ。


「お姉さま。私を舐めていたのではなくて?」

「……貴方……!! わざと……!!」


 ルミナステリアが見せた一瞬の隙。

 その隙こそ、ルミナステリアがわざと見せた隙だった。


「レイピアを大振りしてたでしょ? お姉さまなら、この隙を見逃すはずはないと思って♪」


 ルミナステリアの思惑通り、アムステリアはそこへ突っ込んだ。

 それにカウンターするかのように、隠し持っていたナイフをアムステリアに突き刺したのだ。


「少しお姉さまのことを過大評価していたみたいね♪」


 刺さったナイフを容赦なく引き抜く。

 ナイフの刺さっていた場所から血が溢れ、辺りは真っ赤に染まっていく。


「……くっ……、ル、ミナス……!!」


 アムステリアはまるで糸の切れた人形のように、膝から崩れ落ちた。


「……あは、あはははは…………あーっはっははっははははははは!!!!! これでリューリクが帰ってくる! 私のリューリクが!!! 今、お姉さまの脳みそをかき出して、貴方に捧げるからね! リューリク!!!」


 レイピアを一度振い、崩れたアムステリアを見下ろす。

 周囲にいたクルパーカーの兵士は、彼女の狂気に当てられ、誰もが金縛りにあったかのように動けずにいた。

 そんな周囲を一切構いもせず、ルミナステリアは、アムステリアの髪を掴んで、刃先を首へ向けた。


「さよなら、お姉さま。貴方のこと、大好きだったわ。先に逝っててね」


 レイピアは無情に振られた。


 アムステリアの首は、体から切り離される――


 ――はずだった。


「――私もよ、ルミナステリア。でも先に逝くのは――貴方」


「――え…………?」


 ルミナステリアは思わずレイピアを落としてしまう。

 いや、それどころか、体の体勢を保つことが出来なかった。

 重力に従うように、その場へ倒れてしまう。


「……な、何を……!?」


 自分が何をされたのか、それすらも理解できていなかったのだ。


「胸元を見なさい」

「…………!?」


 ルミナステリアの胸元には――アムステリアのナイフが突き立てられていた。


「……な、ナイフが……!? 何故……、どうやって……!!」


 アムステリアはレイピアで刺されて瀕死だったはずだ。

 常人ならば、ナイフを振り下ろすほどの余力なんて残されているわけがない。

 そもそも、レイピアは心臓を貫いて――


「――し、心臓……!!!」


「そうよ? 私には心臓がない。代わりにあるのは神器。だって心臓は貴方が奪っていったじゃない?」


 ――そうだ。

 アムステリアに心臓はない。

 つまり彼女は――死ぬことが出来ない。


「……はは……お姉さまに騙されちゃったわね……」

「それはお互い様でしょう?」

「それもそうね……ゴフッ……」


 ――吐血。


 止め処なく溢れる血液を見て、ルミナステリアは笑っていた。


「私、死ぬのね……?」

「……ええ」

「……や、やっぱり、そう、なんだ……」


 声にもならない声を吐き出しながら、ルミナステリアは最後の言葉を紡いでいた。


「……お、お姉、さま、……ごめ、ん、なさい……」

「いいのよ……。貴方はとても頑張ったじゃない……」


 死にゆく妹の頭を抱き、アムステリアは優しく答えていた。


「……お姉さまの心臓、盗っちゃったのよ……?」


「おかげで私が勝ったのよ? ある意味感謝してるわ」


「……でも、でも……」


「もういいのよ。ルミナステリア。もういいから。だからね――」








「――リューリクに会ってきなさい…………」








「…………はい…………」





 ルミナステリアは息絶えた。

 周囲を血に染め、壮絶なる最後であったが、それでも彼女の顔は幸せそうだった。




 ――大好きなリューリクに、会いに行ったのだから――




 妹の亡骸を抱き、アムステリアは一人涙を流していた。




 彼女の小さい嗚咽は、戦場の音にかき消され、誰の耳にも入ることはなかったのだった。





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[気になる点] よしんばアムステリアの脳でリューリクが生き返ったとしても、 どう考えても人格がアムステリアになってるだろ シスコンなのか?
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