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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第一章 宗教都市サスデルセル編 『宗教都市と悪魔の噂』
8/500

龍の少女 フレス ※

「ラルガポットと悪魔、か」


 ウェイルは自分の部屋に帰った後、夕食用にヤンクに酒とスコーンを注文すると、それをつまみながら先程ルークと交わした会話について、再考察していた。

 

(どうも教会に都合の良すぎる展開になっている)


 都市には魔獣が出現し、人々に襲い回っているで悪魔の噂が流れる。

 治安局員すらも手に負えないとされるほど強力な悪魔と、それを恐れる人々。

 魔を払う効果を持つラルガポットの高騰は当然の結果と言える。

 しかしながらラルガポットは限定生産品。そうそう手に入る代物ではない。

 通常、ラルガポットの量産など出来るはずもないが、それが贋作であれば話は別。

 あの贋作士連中に頼んで贋作を製造し、それを本物と称して売り捌く。

 教会は丸儲けもいいとこだ。

 偶然にしては話が出来すぎている。完全に教会が得する話だ。

 そもそも魔獣が“偶然”出現してきたことが、全ての始まりなのだ。

 魔獣が現れなければラルガポットだって高騰するはずもなかったわけだし、高騰しない商品をわざわざ贋作士に依頼して贋作を製造するなどするわけもない。


 ではまず悪魔の正体について考えよう。

 悪魔と呼ばれるが、これについては魔獣だと断言できる。

 ではその魔獣はどうやってこの都市に入ってきたのか。

 都市の外から侵入した。

 一見簡単そうな方法だが、宗教都市では実は最も難しい方法である。

 魔獣が外から侵入する可能性はあり得ない。

 防御結界が魔獣の侵入を阻止するからだ。

 この都市の防御結界は、普通の結界と訳が違う。

 何せ多種多様の教会が、それこそ各々最強クラスの結界を作る神器を用いて、結界を何重にも張り巡らせている。

 そんな防御結界を破る力を持つ魔獣といえば、それこそ上級支配者(クエスト)クラスしか考えられない。

 もしそんな魔獣が都市に侵入しているのであれば、噂どころでは済んでいない。

 治安局も他都市に応援を要請して鎮圧に乗り出しているはずなのだ。

 ならば当然ステイリィの耳にも届いているはずだ。


「神器を用いて召喚したのか? いや、それは無理だよな」


 召喚術。

 端的に言えば、神器を用いて異世界の生物を目の前に転移させる術のことである。

 アレクアテナにいる神獣の多くは、召喚によって呼ばれ、この大陸に住みついたとされる。

 目の前に新たな生物を出現させる召喚術。

 なまじ命を創造する行為に見えなくもない。

 だから教会は召喚という行為自体を神への冒涜と考え、最大級の禁忌としている。

 教会に身を置く者が禁忌を犯すことは絶対に無い。

 見つかれば即宗教裁判で裁かれることになり、どのような状況であれ死罪は免れぬからだ。そんな危ない橋を渡ってまで禁忌を犯すなど考えられない。

 つまり教会本人が召喚という行為を行うことは有り得ないということだ。

 信者以外の誰かに頼んだ、等と様々な状況が仮定できるがそれこそ可能性を広げるとキリが無い。


「召喚が一番可能性が高いが、召喚に用いる神器なんてそうそう手に入らないしな」


 色々と仮説は立ったが、結局どれも結論と確信できる考えとまでには至らなかった。

 そもそも教会のラルガポットが贋作だと決まった訳ではないのだ。

 全ては可能性の話、証拠など無い。あるとすればプロ鑑定士としての感だけだ。


「今あれこれ考えてもしょうがないか」


 明日オークションハウスで実物を確認しようとウェイルは推理を早々と切り上げ、ならば気分転換にと手に入れてきた龍の絵画をもう一度鑑定することにした。

 酒の入ったコップを机に置き、額から龍の絵を取り出す。


「何度見ても素晴らしい絵だな……。状態は悪すぎるけど。バルハーの奴、もう少し綺麗に扱ってくれていたら良かったのに」


 バルハーの立場を考えると無理もないが、思わず文句が漏れてしまう。

 鑑定士になって初めてかも知れない。

 一枚の絵にこれほど心惹かれたのは。

 日焼けが酷く紙も劣化し、ボロボロの状態なのだが、何故か見入ってしまうのだ。


「一体何なんだろうな、これは……」


 使われている紙も塗料も何も分からず、作者すら不明。

 所有者も転々としているし、大切にされていたという様子もない。


「プロ鑑定士協会本部に精密鑑定を依頼してみるかな」


 そう呟き、机に置いていた酒の入ったコップに手をかけた。

 だが、仕事を終わらせた後の気の緩みが、ここに一斉に出てしまう。

 コップが手から滑ったのだ。

 しまった、と思ったときには既に遅い。

 手からすり抜けたコップは、重力に従い自由落下。

 当然のことながらコップからは酒が零れ、絵画はすっかり酒まみれになってしまった。


「くそ、やっちまった……!」


 鑑定士としてあるまじき失態。

 初心者以下のミスをした自分に腹立たしさを感じながら、急いで、それでいて丁寧に酒を拭き取った。



 ――その時だった。



 龍の絵はキィンという耳を劈く音を放ちながら、青白く輝き始めたのだ。


「な、なんなんだ!?」


 眩く冷たい青白い光が部屋を包み込んだ。

 光が強すぎて、とてもじゃないが目を開けていられない。

 ウェイルはその光が消えるのをひたすら待った。

 その間中ずっと、ウェイルは心の中で驚愕という二文字を噛み締めていた。

 光が止んだ時、周囲には元の静寂と闇が訪れた。


「な、なんだったんだ、今のは……」

 

 ゆっくりと目を開けると、部屋の中は絵が光り出す前の状態そのもの――


「ふわぁぁぁああ、むにゅむにゅん……。おなかすいたよぅ。あれ? 良い匂いがする」


 ――とはとてもとても言えなかった。


(な、なんだ、こいつ……!?)


 これほど驚愕したことは初めてだった。

 元々龍の絵があった場所、そこには――



「あっ、人間だ。おはようございます。……あれ? 今は夜なの? じゃあ、こんばんわ、だね!」



 ――青い髪をした少女が立っていたからだ。








 ――●○●○●○――







 絵画が光り出したと思ったら、今度は突如少女が部屋に現れた。

 髪は水色に近い青でセミロング、ローブを纏ったその姿、年齢は十代中頃といったところか。


「お、お前、どこから侵入したんだ!?」


 突如として現れた少女に、ウェイルは護身用のナイフを抜いて構えた。

 常に警戒を怠らないプロ鑑定士の本能だったが、あまりにも現実離れしているこの状況に内心恐怖していた。

 部屋のドアは間違いなく鍵を掛けていたはず。

 他に侵入できる場所と言えば窓しかない。

 しかしここは三階だ。どう考えたって常人には不可能だ。


「どこからって、ここだよ?」


 ウェイルの問いに素直に答える少女。

 指さした先は、机の上。

 そこは元々龍の絵があった場所だ。


「今ここに絵があったでしょ? それからだよ」

「お前、まさか絵の中から出てきた、とか冗談言うんじゃないだろうな?」

「そうだよ? だって冗談じゃないし」


 それが普通だと言わんばかりに肯定する彼女。


「……おいおい、そんなバカな話が……」


 思わず笑いすらこみ上げてくる。

 なまじ信じられるはずもない。

 笑って現実逃避に洒落込もうと思ったのだが、彼女の瞳が視界に入ると、それすらも出来なくなる。

 あまりにも純粋そうな彼女の瞳に、嘘を吐いている気配など微塵もなかったからだ。

 ウェイルは先程の出来事をよく思い出していた。

 酒の入ったコップを倒し、絵が酒で濡れた。すると青白い光が部屋を包んで……。


「――まさかあの光か……!?」

「そうだよ。あの光と共にボク、絵の中から出てこれたの。それよりもさ、これ、食べていい?」


 彼女の視線は目の前のスコーンに釘づけだった。

 ウェイルが無言で首を縦に振ると、目を輝かせて一心不乱に頬張り出す。


「もくもくもくもく、これ、おいしいね!」


 ナイフを向けられているにも関わらず、口の周りを汚しながら、にこやかな表情を向けてくる少女。まるでハムスターの様に頬を膨らませながら食べ続けている。

 その姿を見てウェイルは警戒と困惑の板挟みになっていた。


「お前、一体何者なんだ!?」


 かろうじて出たなんとも幼稚な質問。

 同時に手に持つナイフにも力が篭る。


「もくもく……ボク? ボクはねー……――うっ!!」


 突如動きを止めた彼女。

 見ると顔が真っ青になっている。

 何事かとウェイルの警戒心もさらに強くなっていく。


「聞いているのか!? お前は一体――」

「うぐーっ! うぐーっ! み……水……っ!」


 彼女は唸りながら涙目になり、胸を叩く。

 ……どうやらスコーンで喉を詰まらせたらしい。


「な……なんなんだ、こいつは……バカなのか……?」


 思わず漏れた本音。

 急に部屋に現れたかと思えば、勝手にスコーンを食べ、挙句の果てに喉を詰まらせている。

 この急展開にウェイルはついていけず途方に暮れたが、とりあえず残っていた酒を彼女に手渡した。

 魑魅魍魎を体現したような彼女であるが、喉を詰まらせ必死に酒を飲み干す姿はなんだかシュールでだった。

 そのせいかウェイルの警戒心は一気に薄らいでしまった。ナイフだけは手にしたままであったが。

 酒を飲み干したのだろう、彼女がこちらへ向き直った。


「ぷはー。いやー、死んじゃうかと思ったよ~。封印を解かれてすぐ死んじゃったら笑い話にもならないよ! ありがとね!」


 そう言いつつも懲りずにスコーンを頬張る彼女。それを見て頭を抱えるウェイル。


「……おい、質問に答えろ! 結局お前は一体何者なんだ!?」


 いい加減にしろとばかりに、ウェイルは少女に尋ねた。

 すると少女はこちらへ振り返り、驚きの答えを返してくる。


「――龍だよ」


「――は?」


 思わず耳を疑うウェイル。


「すまん。よく聞こえなかった。もう一度頼む」

「だから、ボクは龍なんだって。別の言い方をすればドラゴン。絵に封印されていたのを君が解放してくれたんでしょ? それよりもさ、そのナイフ、下ろしてくんない? 危ないよ?」

「――龍だって!?」


 ウェイルは思わず言葉を失った。

 言われるままにナイフを机の上に置く。


 龍と言えば神獣の中でも最強と称される存在。

 アレクアテナの神話や伝説にはいくらか登場するものの、実在は確認されたことはない。ウェイルですら想像上の神獣だと思っていたほど。


「う、嘘を吐くな! お前が龍だと? 大体何故、絵から龍が出てくるんだよ!?」

「だからボク、封印されていたの。それを君が解放してくれたってこと」

「俺が解放しただと!? 身に覚えが無いぞ!」

「絵を濡らしてくれたでしょ?」


 事の発端。

 誤って酒を零して、絵を濡らして。

 それから絵が光り始めた。


「まさか……」

「身に覚え、あるでしょ?」


 ふふん、と得意げな笑みを浮かべ、スコーンを頬張り続ける少女。


「でも、絵を濡らすだけで解放できる封印があるなんて聞いたことないぞ……」


 ウェイルは封印という現象について、いくらか知識はあった。

 神器で魔獣や神獣を封印することは多々ある。

 罪を犯した神獣や、暴れ回る魔獣を止めるに最適なのだ。

 プロ鑑定士として立ち会ったことも少ないとはいえある。

 だが絵を濡らしただけ、だなんて聞いたことが無かった。

 そしてその回答は彼女の口から明かされることになる。


「そりゃそうだよ。ボク、水を司る龍なんだから。水さえあれば何でも出来るんだよ? でもあの封印を解いた水、結構きつい匂いだったね!」


 それは酒だ、というツッコミを必死に押さえるウェイル。


 ――龍。

 またの名をドラゴン、ヘルカイト。


 それはこの世界に存在する神獣の中で、最強の座に君臨する伝説の存在。

 神話では幾千の神々とも互角に渡り合える力を持つといい、その姿を見た者はいないとされている。

 龍が暴れまわれば、このアレクアテナはたちまち焦土と化すと語られている。

 かつて五体の龍が大陸を滅ぼさんと暴れたという伝説は、アレクアテナに住まう者なら誰でも知っているほどだ。

 しかしウェイルは目の前の少女が龍であると、どうしても信じることが出来なかった。

 なにせ見た目は幼い少女そのものなのだから。


「これ、すっごくおいしいね! お代わりないの?」


 なんてお気楽な奴なのだろう。

 こっちは混乱しすぎて頭が爆発しそうだと言うのに。

 こいつの頭の中にはスコーンのことしかないらしい。

 ……なんだか無性に腹が立ってきた。


「お前、本当に龍なのか?」

「うん。そうだけど」

「証拠はあるのか? 俺は鑑定士だ。自分の目で見たもの以外信じられない。お前がいくら自分が龍だと言い張っても、証拠が無ければ信用することは出来ない」

「証拠、かぁ。それって人間には無くてボクに有るものを見せるってことでいいの?」

「構わない。本当にそんなものが有るのならな」


 少し意地悪な質問だとも思ったが、とにかく今のままでは信じることはできない。

 龍の少女はしょうがないなぁ……と呟いた後、着ていたローブを脱ぎ始めた。


「なっ……、何をする気だ?」

「何って、ボクが龍である証拠を見せるんだよ?」


 などと言っているが、どう見ても服を脱いでいるだけだった。

 ローブを脱ぎ、肌着だけとなったが、それでも服を脱ぐことを止めようとはしない。

 終いには着ていた衣服一切を脱ぎ捨て、一糸纏わぬ裸となった。


「急に何しているんだ!? 服着ろよ!!」


 ウェイルは目を伏せてそう叫んだが、


「まあ、見ててよ」


 と真剣にこちらを見つめて来たので、ウェイルは瞑った眉を遠慮気味に開けた。

 正直にいえば少女の裸体は大層美しかった。

 少女は呼吸を整えると、手を横に大きく開く。すると少女の体は青白い光に包まれていった。


「な、なんなんだっ!?」


 次の瞬間、バサァッと少女の背中から一対の大きな青い翼が現れた。



挿絵(By みてみん)



「どう? これ、人間には無いよね? 信じてくれた?」


 翼の生えた少女の姿を、ウェイルはただ呆然と見つめるしか出来なかった。

 彼女の言う通り、翼のある人間は存在しない。

 そしてウェイルは、教会で初めて龍の絵を見たときと同じ感覚に襲われた。

 ――美しい、と。

 つい見入ってしまうウェイルだった。

 他の感情など一切捨て、ただ美しいとそう断ずるにいささかの躊躇もないほどに。


「あれ? これじゃ信じられない?」


 少女がウェイルに声を掛けたことで、ようやく正気に戻ることが出来た。


「……もう判ったよ。お前を信じる」

「良かった、信じてもらえて」


 少女は喜びながら、部屋の中を裸のままピョンピョン跳ねていた。

 そこでウェイルは本当の問題に気がつく。


 ――こいつが本物だったら、余計まずいのではないのか? 


 仮にも神と対等、もしくはそれ以上の力を持ち、世界を混乱に陥れかねない龍だ。

 龍の力を利用しようと、邪な考えを持つ者が近寄ってくる可能性だってある。

 何よりもこいつ自身がこれから何を為そうと考えているのかも判らない。

 考えてみれば、彼女はアレクアテナ大陸を滅ぼす引き金となる可能性を握っているのだ。 

 さらに言えば元々は封印されていた存在だ。過去に何かまずいことでもしていたのかもしれない。

 見た目はただの無邪気な彼女だが、実はとても危険な思想を持っているかも知れないのだ。

 まずそのことについて言及し、事実を確認する必要がある。


「お前さ、これから一体何をしようと思っているんだ?」


 尋ねる声は震えていた。

 もし人間の倫理に反する答えが返ってきたら。

 ウェイルはこの龍をどうしたらよいものだろう。


「何をするか? う~ん、そうだなぁ……復讐かな?」


 なんとも恐ろしいことをしれっと答える彼女。

 この回答だけでは要領を得ない。

 ウェイルはさらに、恐る恐る尋ねた。


「復讐って、まさかアレクアテナを滅ぼすつもりなのか?」


 返答次第では、この子を排除する必要があるとウェイルは覚悟を決める。

 もっとも戦ってウェイルが勝つ見込みなんて全く無いのだが。

 そんなウェイルの杞憂をよそに、彼女は笑い転げた。


「あはは、ボクはそんなことしないよ。だってボクはこのアレクアテナ大陸、大好きだしさ! それよりもこれ、お代わり!」


 世界の存亡を賭けた話をしていたつもりのウェイルだったが、話題が急にスコーンになったので、ホッとした反面、ドッと気を抜かれる結果となった。

 どうやら世界の崩壊はないとのこと。

 過去の彼女のことは知らないが、今の彼女は有害ではない。それが分かっただけでも儲けものだ。


「とにかく、服を着ろよ。目のやり場に困る」

「あ、そうだね」


 彼女はそそくさと服を着た。そして改めてウェイルに向き直る。


「次はボクが質問していい? 何故ボクを解放してくれたの?」


 そう問いにウェイルは言葉を失った。


(……い、言えない……。誤って酒を零してしまって、その結果間違えて解放してしまったなんて……!!)


 理由が理由だ。とても気まずい沈黙が部屋を包む。


「ねぇ、なんで?」


 彼女は目をキラキラさせながらウェイルを見つめている。それはそれ相応の理由を期待している目だ。

 ウェイルは居心地の悪さを感じざるを得ない。冷や汗すら出てくる。

 解放させたくてした訳ではない。言ってしまえばただの偶然だ。


「ねぇ、なんで、なんで?」


 そうとは知らず目を輝かせながらズイズイと迫ってくる彼女。


(正直に言うか? ……いや、言える訳が無いよな……)


 ウェイルが必死に言い訳を考えていると、ふと先程のヤンクとの会話が脳内を過ぎった。


 『――弟子は採らないのか?』


 期待の眼差しに追い詰められたウェイルは、唐突に浮かび上がった、そこそこ合理的な嘘に身を委ねてしまう。

 その結果、勝手に口が動いてしまった。


「…………で、弟子が欲しかったんだよ……」

「弟子?」


(ああ、言ってしまった……)


 咄嗟とはいえ、何故こんな嘘を吐いてしまったのか自分自身、理解出来なかった。

 正直な話、今まで一度として弟子が欲しいと思ったことは無かったのだ。

 それに彼女は龍だ。

 そばに居ると何かと災難や面倒事に付きまとわれる気がする。

 とにかく今のは無かったことにしたい。ウェイルはすぐさま釈明に乗り出す。


「すまん、今のは――」

「弟子!? ボク、やるよ! 鑑定士の弟子でしょ? やる、やる!!」


 前言撤回の言葉は、了承の言葉によって遮られた。


「お……おい……? 今なんて……?」

「だからやるって! ボクが封印される前にも鑑定士っていたんだよ! 一度やってみたかったんだよね!! それで鑑定士ってどんなことをするの!?」


 瞳の輝きは先程の数倍。

 キラキラと目から光線すら出て来そうな彼女に、もはや撤回の言葉は通じそうもなかった。


(俺はなんてことを言ってしまったんだーー!!)


 思わず床に手を着いてしまいそうなウェイル。軽い嘘から大きな責任へと発展してしまったことで息すら苦しくなる。

 しかしこうなった原因を作ってしまったのも全てウェイルだ。

 ウェイルだって男だ。ここは覚悟して受け入れなければならないと己を無理やり戒めた。

 それによくよく考えてみると、龍である彼女をこのまま野放しにする方が危険だとも思えた。彼女が龍であることはウェイルしか知らないわけだから、手元に置いておけば何かと都合が良い。少なくとも誰かに利用されることはないだろう。


「判ったよ。お前は今日から俺の弟子だ」

「はい、師匠! よろしくお願いします!」


(ふむ。師匠と呼ばれるのは想像以上に悪くないな)


「ねぇ、自己紹介しようよ! ボク、師匠の名前知らないよ?」

「そうだな」


 これから一緒に仕事をするパートナーだ。

 師弟関係を結ぶのと自己紹介をすることは順序が逆ではないかとも思ったが、不思議すぎる出会いに自然と上手くいくような気がした。


「じゃあボクからね。ボクの名前は『フレスベルグ』って言います。フレスって呼んでね。さっき見てもらった通り龍です! よろしくね、師匠!」


「俺はウェイル。ウェイル・フェルタリアだ。プロ鑑定士協会所属のプロ鑑定士をやっている。仕事の内容は多いが、よろしく頼むぞ、フレス」


「フェルタリア? まさか……そんなはずは…………」


 ウェイルが名を名乗った時、一瞬だがフレスの表情が変わったのが窺えた。

 フレスはぶつぶつと独り言を言っていたが、「そんなはずないよね!」と一人で納得して、すぐにこちらに振り返った。


「よろしくね! ウェイル!!」


 先程の憂いた表情はそこにはなく、満面の笑みと共に手を差し出してきた。


「ああ、よろしくな」


 こちらも手を差し出し、お互いに握手を交わす。

 まさかこんな形で弟子を迎えることになろうとは誰が想像できただろう。

 握った手は、とても人間らしく暖かかった。


「じゃあ早速で悪いけど、これおかわり!!」

「……え?」


 差し出された皿の上にあるべきスコーンはすでにない。

 口元の汚れを隠そうともしない。


「俺の晩飯、全部食べたのか……」

「師匠は弟子を養わないといけないんだよ?」


 などといけしゃあしゃあと言ってのけるフレス。


「なんて図々しい弟子なんだ……」

「ウェイル、早くおかわり~」


 仕方ない、買ってくるしかないだろう。

 フレスの為にというのは少しばかり癪だったので、あくまで自分の晩飯にと自分に言い聞かせる。

 皿を片手にウェイルが部屋を出ようとしたとき、


「甘いジュースも飲みたいなぁ!」


 とのんきな声が飛んできた。そこでウェイルの怒りは頂点に達した。


「黙って待ってろ!!」

「リンゴの果汁がいいなぁ」

「知るか!」



 ――これが龍と鑑定士の初めての出会いだった。





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