因縁対決
「……プロ鑑定士協会……!!」
フロリアは唇を噛みしめた。
『不完全』を囲むかのようにプロ鑑定士協会が姿を現したからだ。
彼らの登場は予期していた。
だが、予想以上に行動が早い。
「ルミナステリア! 競売禁止措置は!?」
「もうとっくに解除されていたわよ」
「……流石は鑑定士。行動も早いか……!!」
競売禁止措置で鑑定士を足止めする作戦だったが、サグマールの機転により、状況は予想以上に早く収束したのだ。
「久しぶりだな、フロリア」
「……ウェイル……!!」
氷の刃を構えたウェイルが、フロリアを見下す。
「王都ではしてやられたからな。今回は逃がさない」
「……ふん! そいつはどうかな? 『龍殺し』!! 出てこい!!」
フロリアの背後に控えていた、最後の一体。
「またこいつか。確かにきつい相手だがな」
「殺れ!!」
フロリアの命令に、龍殺しが飛びかかる――
――はずだった。
「……どうした!?」
フロリアが龍殺しの異変にうろたえる。
「何故動かない……!?」
その疑問にはウェイルが答えてやった。
「愚問だ。龍に対して『龍殺し』が天敵なように、龍殺しにも天敵があるってことだ」
「……あれは……!?」
よく見ると、龍殺しの手足に、光り輝く小さな糸が撒きつかれていた。
龍殺しは抜け出ようと必死にもがくも、動けば動くほど糸はその身に食い込み、汚い体液を噴出させた。
「神器『悪魔縛り』。プロ鑑定士協会に所蔵されてある神器の一つだ」
「神器……!!!」
龍殺しの動きが、次第に弱くなっていく。
糸は複雑に絡み合い、もはや動くことも困難なほどだ。
「さて、厄介なこいつは縛った。次はお前だ」
氷の剣をフロリアへと向ける。
「……ちっ」
ばつの悪そうな表情を浮かべ、フロリアは少しずつだが、ウェイルから距離を取り始める。
(私の力だけではウェイルには勝てない……だが)
「これでも喰らえ!!」
フロリアは懐に入れていた小瓶を取り出し、ウェイルへと投げつけた。
ウェイルはとっさに一歩退く。
その前に小瓶は落ちて、小規模な爆発が起こった。
「こんなものが通用すると思っているのか!!」
「さてね」
煙の中、フロリアの声がする。
「こんなものでウェイルを倒せるなんて思うわけないでしょ? 本当の目的はこっち♪」
「何を……。――ッ!?」
煙の中から、わずかな殺気。
とっさに体を翻す。
すると腹部に何か掠めた気配。
見てみると服が裂けていた。
「なるほどな……!!」
煙が風によって吹き飛ばされ、ようやくフロリアの意図を確認できた。
「さすがのウェイルも、これだけの数は厳しいでしょ?」
「確かにな」
フロリアの回りには、『不完全』の構成員が、ずらりと並んでいた。
彼らの手には、おのおの神器が握られ、いつでも発動できるように体制を整えている。
「ねぇ、ウェイル。もう降参して、私のものになったら?」
「……お前、まだそんなこと言うのか……」
王都ヴェクトルビアでも、似たようなことを言われたことがある。
「だって、貴方面白いんだもん。私は貴方が欲しい。ね? いいでしょ?」
子供のおねだりの様に聞こえるが、実際はそうじゃない。
これは二択の問いかけなのだ。
直訳すると、生きたいのか――死にたいのか。
「神器を構えられて訊かれる言葉じゃないよなぁ?」
「……どうなの? 私のモノになるの? ならないの?」
語尾がだんだんと荒くなっていく。質問もだいぶ直接的になってきた。
「ある意味ラッキーだな」
「……え……?」
ウェイルの発言が、突如ちぐはぐになったことに、フロリアは眉をひそめた。
「……どういうこと……?」
「だって、そうだろ?」
氷の刃先をフロリアに向け、ウェイルは宣言した。
「これほど大量の贋作士を一度に検挙出来るんだからな!!」
「それは死を取るということね……!! 殺せ!!」
フロリアが手を上げ、部下に命令を下す。
部下達は一斉に神器を構え、そしてその力を放出させた。
神器から放出された攻撃的な光を前に、ウェイルは足を止め、ククっと笑った。
「本当にラッキーだよな? ――なぁ、フレス……!!」
「――うん。ラッキー、だね!!」
ウェイルの前に巨大な氷の壁が現れた。
神器から放出された力は、全て氷の壁に阻まれる。
「……フレス……!! あの場で龍殺しに殺されたと思ったが……!!!」
「残念♪ ボクはウェイルがいる限り死なないから!」
翼をゆっくりと羽ばたかせ、空よりフレスが降りてきた。
「助かったよ、フレ――」
「ウェイルーーーー!!! 会いたかったよーーーー!!!」
ガバッとフレスはウェイルの胸へ飛び込んだ。
「おいおい、フレス。急にどうした?」
「会いたかったんだよーーーーー!!! ……すりすり」
ウェイルに頬ずりするフレスの表情は、これまさしく安堵といった様子だった。
「よくやってくれた、フレス。後はプロ鑑定士に任せろ!」
「ボクだって一応鑑定士なんだけど!」
「鑑定士見習い、だろ?」
「むぅ、そうだけどさー」
ぷーと頬を膨らますフレス。
ウェイルはやれやれと苦笑いを浮かべながら、フレスの頭を撫でてやった。
「今回の事件が終わったら、プロ鑑定士試験に向けて勉強だ。判ったな?」
「うん!」
戦闘中にも関わらずのんきに会話をする二人を見て、フロリアは憤っていた。
「……舐めやがって……!! 全員! もう一度やってしまえ!!」
「「「はっ」」」
光が集中し、神器に力が宿る。
「……フレス。やってしまうか」
「うん! 任せて!」
フレスが空を翔けるため、跳び上がった。
『不完全』の連中は、一瞬だが、フレスの方、つまり上を向いてしまった。
それは人間の反射だ。決して彼らが油断したというわけではない。
だが、ウェイルはその隙を見逃さなかった。
「――ほらよっ!!」
――一閃。
氷の刃が、空気に一本の線を描いた。
「……なっ……」
その線上には、敵の神器が並んでいた。
線が消えた瞬間、神器は真っ二つになっていたのだ。
「……神器が……!!」
敵が怯む。そこへフレスは、巨大なつららを頭上へ出現させた。
「ほいさ♪」
すかさず、空中からつららを落とす。
それを見たウェイルは切ったそばから走り抜ける。
だが不完全の連中はそうもいかない。
ウェイルの剣撃を避けようと、本能的に体をやや後ろへ退いていたのだ。
それが仇となった。
とっさに体の体勢を元に戻すことなど出来やしない。
巨大なつららが、その場所へ重力に逆らうことなく落ちた。
「安心して♪ 殺してはないからさ」
つららは、連中に直撃する前に、極寒の冷水になった。
おかげで彼らは死ぬことはなかったが、その衝撃のあまり失神していたのだった。
「ウェイルとの約束だからね。出来る限り人は殺さないって」
そのことをフレスは律儀にも守ってくれたのだ。
そんな二人の甘い行動に、神経を逆なでされたのがフロリア。
「…………!! 本当に舐めた奴ら……!!」
しかしフロリアにはもう手駒は残されていなかった。
「チェックメイトだ。フロリア」
「…………ククク、クハハハハハハッ!!!!!!!!」
「何がおかしい?」
「だってウェイルがおかしなこというから。チェックメイト? それはキングを取るときに使う言葉だよ?」
「…………!?」
「私はせいぜいルークか、ナイト止まり。本当のキングは別にいるわ?」
「知っているよ。イングって奴だろ? どこにいる?」
「……もういるわよ? あんたのすぐ後ろにね……!!」
「――!?」
言われるがままに振り向く。
そこには――
「……いない……!?」
騙されたことに気づき、すぐさま振り返ると、もうそこにフロリアの姿はなかった。
「……どこへ消えた……!?」
「あそこだ、ウェイル!」
――フロリアはいた。
わずかに残っていたレッサー・デーモンの背に跨り、全力で逃げていた。
「ウェイル! どうするの!? ここの戦局もあまり好ましくないみたいだけど!!」
「気は進まないが、残ろう……。本当は奴を捕まえてアレスに謝罪させたいところだが……」
「……了解。他のところを助けに行く?」
「無論だ! 『不完全』や魔獣の数が減ってきたとはいえ、まだ戦況はどうなるか分からん! それにイングはまだ現れてないからな……!!」
ウェイルは氷の刃を構えると、未だ戦闘を行っている味方の元へ援軍に向かったのだった。