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龍と鑑定士  作者: ふっしー
第一部 第四章 部族都市クルパーカー編 『戦争勃発、陰謀の末路』
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理不尽な交渉

「バルバード様! 不完全の本隊が攻めてきました!」

「……クソッ! まんまと奴らに嵌められたか……っ!」


 バルバードは思わず机を叩く。

 その衝撃で机の上に置いていたコップが倒れ、広げていた地図が水浸しになる。


「……ッ! クソッ!」


 サラーの忠告が染み渡る。

 『不完全』は数の暴力すらも覆す。

 バルバードの経験則からは想定も出来なかった事態だった。


「落ち着いて下さい!! バルドード様!!」

「だが……ッ!! 奴らはもう本部付近まで接近しておるのだろう!! サラー殿も帰ってはこないし、北、西に送った兵も戻るまで時間が掛かる……!!」


 すでに送った増援には撤退命令を送っているものの、彼らの到着を待つ時間はない。

 また、本部に残った兵士およびサラーの元から帰還した兵は合わせて三百を切っていた。


「このままでは……クルパーカーは……!!」


「ほ、報告します!! 奴らが本部前に……!! すでに本部前は制圧され、交渉したいと申してきております!!」


「な、何……!?」


 本部前が制圧された。

 つまりこれは事実上の敗北だ。

 ここが潰されれば、残るは住民が避難している居住区のみだ。


「くっ……!!」


 これほどの屈辱を受けたのは初めてだった。

 怒りのあまり、言葉が出ない。


「バルバード様!!」

「判っておる……!!」


 急かす部下にイラつく。

 それほどまでに追い込まれていた。


「……判った……。交渉に応じよう……!!」

「バルバード様!! それはあまりに……!!」

「これ以上どうしようもない!! 奴らはもう目の前にいるんだ!! イレイズ様も分かって下さるはずだ……」


 部下の前ではそう言ったが、バルバードには、最後の綱が残されていた。


(イレイズ様が帰ってきてくだされば……!!)


 バルバードは落胆したが、それでも敵の前ではだけは堂々としようと、顔を固く結んで交渉に臨んだのだった。






 ――●○●○●○――






「これはバルバード様。交渉に応じていただける気になりましたか?」

「…………ああ……」


 自分が交渉している相手は、歳の若い小娘――フロリアである。

 だが、バルバードは理解していた。

 この小娘が孕んでいる、底深い狂気を。

 思わず身が竦むほどの、暗い瞳をしていた。


「こちらが望むのはダイヤモンドヘッド、およそ千頭分です」

「せ、千頭だと……!! ふ、ふざけるな……!!」

「あら。私どもの調査では、あなた方は持っているはずですよ? 千頭。それに、もしないならこれから作れば良いではないですか♪ 今回の件で大勢素材は手に入ったはずだと思いますが?」

「なっ…………!?」


 フロリアの提案に、クルパーカー軍側は皆唖然とした。

 怒りに震え、今にも暴動が起きそうであったが、その原因を作ったフロリアはいたって平然。むしろケロッとしているほどだった。


「皆、落ち着け!!」

「しかし!!」

「いいから落ち着け!!


 怒り爆発しそうな皆を、バルバードが制する。

 ここでことを荒げることは出来ない。

 何せ、クルパーカー住民全ての命が掛かっている。

 バルバード本人も怒りに突き動かされそうになったが、これも相手の挑発の手段だと自分を諌め、どうにか平然を保っていた。


「……我々に祖先の魂を売り渡せと?」

「ええ。そうです。一般レートよりも高く買い取りますよ? 以前もそういう交渉に来ましたよね?」

「それは前に断わりましたよね? そちらも了承したはず」

「ええ。ですが、その時我々は条件を課したはずです。貴方方の王、イレイズが我々の仲間になるのであれば今回は退こうと。しかし、そのイレイズが裏切ったのですよ。ご存じありませんでしたか?」

「…………」


 当然知っている。いつか来るこの時の為に、イレイズは準備を重ねていたのだ。


「それどころか我々のことを治安局と組んで潰そうとしたんですよ? 制裁は当然です。そのイレイズですが、今は治安局総責任者レイリゴア殺人事件の容疑者として追われているはずです」

「――なっ……!!」


 このとき、バルバードは初めてイレイズの状況を知ったのだ。

 サラーは詳しいことを話さなかったし、何より元々の作戦ではイレイズは治安局を連れてクルパーカーへ戻ってくる手筈だったのだ。


「……レイリゴア殿が……!? 殺害された……!?」

「ええ。世間ではイレイズが殺したということになってますよ? 実際に殺したのは私の魔獣なんですけど♪」

「なんということを……!!」


 イレイズはクルパーカーの兵だけでは『不完全』に対抗できないことを熟知していた。

 したがって治安局に事の収拾を任せるという計画を打ち出していたのだ。

 治安局の武力は、『不完全』の力を圧倒的に上回る。

 だが、『不完全』は狡猾だ。治安局が動くのに指をくわえて見ているだけなんてことはしない。必ず事前に対策を取ってくる。

 だからこそ、不意打ちを仕掛けるためにイレイズは秘密裏に作戦を進めていたのだ。


(……となれば、治安局の援軍はありえない……!!)


 それは最悪な状況だ。

 最後の綱が切れたのだ。


「……この外道どもが……!!」

「どうとでも仰って下さって結構よ? でも、約束は守って下さらないと♪ どうなのです? ダイヤモンドヘッド千頭、ご用意していただけますか?」

「ふ、ふ、ふざけるな!!」


 温厚を保っていたバルバードの鬱憤がついに噴出した。


「誰がお前ら犯罪組織に、我らが魂を譲り渡すか!! ふざけるな!!」


「「「「そうだ、そうだ!!」」」」」


 激高するバルバードに、周囲の兵士も同調。

 もはや一触即発の空気であった。


 その瞬間だった。


「――――あがあああっ!!!」


 一人の兵士の絶叫が、静寂へと引きずり戻した。


「いい加減黙りなさいよ。耳触りにもほどがあるわ?」


 一人の女が、兵士の隣に立っていた。

 その女は当てつけとばかりに、手に持ったものをバルバードに投げつけてくる。


「――これは……!!」


 バルバードが見たもの。それは耳だった。

 絶叫している兵士は血まみれでのた打ち回っている。

 彼が手で必死に抑えている場所。それこそが、耳の場所だ。


「あがああがっがああああああっ!!!」

「……うるさいわね……」


 痛みのあまり喚き散らす兵士に、その女はまるでゴミを見るような視線を送り、そして。


「あ――っ」


 手に持つナイフで、兵士の首を掻っ切った。

 絶叫が止まり、再び静寂に陥った。

 兵士は、息絶えていた。

 ほんの一瞬の出来事で、誰もが止めることは出来なかった。

 兵士の間に戦慄が走る。

 それはバルバードだって例外ではない。


「あらあら、バルバード様? 体が震えていますよ?」

「……!?」


 フロリアに指摘されるまで、そのことにすら気づかなかったのだ。

 この俺が恐怖に怯えている。生まれて初めて経験した、死の予感。


「……ねぇ、フロリア? もう面倒くさいから、こいつら全員ぶっ殺してダイヤモンドにしましょうよ?」


 女の冷徹な一言に、兵士の士気は完全に砕け散った。

 一人、また一人と逃げ出す者が現れる。


「まあ待ってよ、ルミナステリア。彼らにだって主張はあるでしょう? 聞いてあげないと」

「フロリア。あんたって、どっちかというと穏健派に近いわよね? 私達は過激派なのよ? 本当ならもっともっと殺して、イング様に捧げたいところなんだから」

「……ルミナステリア? 私だって、本当はこんな奴らぶっ殺したいんだよ? それでも一応彼らのことを考えてこうして交渉しているの。私って本当に優しいわ♪」


 もはやバルバードに手段は残されていなかった。

 援軍も間に合わない。イレイズもいない。治安局も来ない。

 ならばもう民を守る手段はこれしかない。

 まるで煮え湯を飲まされているようだ。

 だが、言うしかない。


「……判った。お前らの要求を――」


 バルバードが必死の思いで、それを口にしようとした瞬間。


「うらああああああああっ!!!!」

「…………ッ!?」


 フロリアは、とっさに殺気を感じ、身を翻した。


「お前は……!!」

「久しぶりだ、な!」

「ちっ!」


 氷の刃が、フロリアを退けさせる。


「フロリア!!」

 そんなフロリアのフォローに回ろうとするルミナステリアの前に、女が立ち塞がった。

「あんたの相手は、こっち」

「……お姉さま……!!」


 突如現れた、数十人規模の集団。

 その場にいた全員が、その集団に釘付けとなる。

 その中心にいた男が叫ぶ。


「我々はプロ鑑定士協会だ!! 贋作集団『不完全』を恐喝、殺人、および贋作制作の疑いで、全員を確保する!! 覚悟しろ!!」



 サグマールの声が、クルパーカーに轟いた。


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