龍と鑑定士

第一部 第四章 部族都市クルパーカー編 『戦争勃発、陰謀の末路』

おかえり

　突如聞こえた声に、二人は刹那、動けなくなる。

「……だ、誰だ!?」

「……!?」

　フレス達が振り返った瞬間だった。

「――――ッ!!!!」

　あの感覚だ。

　体から力が抜けるような、あの感覚。

「……龍殺し……っ!!!?」

　間違いない。

　王都ヴェクトルビアで見た、あの魔獣だ。

　数にして五体。

　ヴェクトルビアで召喚された龍殺しの、残り全てだ。

　そしてその魔獣らの中心に立つ人物。

「――フロリアさん……!!」

　王都ヴェクトルビアで起こった事件を、裏で操作していたメイド。

　国王アレスの信頼を裏切り、国中を混乱に陥れた人物。

「何故フロリアさんがここに……!!」

「お久しぶりね、フレスちゃん？　ウェイルは？」

「いないよ!!　ボクはどうしてここにいるか聞いてんの!!」

「そっか。じゃあもうここに用はないわね。貴方たち、やってしまって♪」

　フロリアはフレスの問いを全て無視し、龍殺しに命令を下す。

「では私は行くわね。もし生きていたらまた会いましょう、フレスちゃん」

　フロリアは龍殺しの一体に乗ると、護衛軍本部の方向へと飛び去る。

「……まずいよ！　あっちは本部なのに!!」

　フロリアが消えた瞬間、後ろに構えていた龍殺しが、突如奇声を上げて動き出す。

　その動きは以前見た時以上に機敏で、鋭い爪をサラーに向けて振り下ろしていた。

「サラーッ!!」

「……心配するな！　フレス！」

　サラーだって龍だ。龍殺しの相手は厳しい。

　今の攻撃だって紙一重で避けていたが、その足取りはおぼつかない。サラーは今までの戦いで力を大きく消耗している。

　肉体的にも精神的にも、もはや限界だ。

「今、助けに――――って、サラー!?」

　救助に向かおうとしたフレスの目の前に、巨大な火柱が現れた。

「サラー！　この火柱、なんなの!?」

「フレス！　お前はあの女を追え!!　ここは私が引き受ける!!」

「何言ってんの!!　一人でどうにか出来る相手じゃない!!」

「それでもお前は行くんだ!!　じゃないとさっきの女が南地区を滅ぼしてしまうかもしれない!!」

　サラーの判断は適切だ。

　フロリアが現れたということは、『不完全』はチェスでいうとポーンである魔獣を使い終わったということだ。

　サラーというクイーンをポーンで消耗させ、後は一気にチェックメイトまで持っていこうという算段なのだ。

　南地区本部はいわばキングのようなものだ。

　そこを制圧されてしまったら、もうクルパーカーは崩壊してしまうに等しい。

　ここはクイーンを捨ててでも、キングを守りに行かねばならぬ戦局なのだ。

「ここは私だけでなんとかする！　行け！」

「でも、無茶だよ！　サラー!!」

「たまには無茶だっていいだろ！　行けよ、フレス！」

「でも、でも、!!」

「くどいぞ!!」

　フレスは背中に翼を出現させた。

「……判った。サラー、ここは任せるよ。ボクはフロリアを止める！」

　二人は一瞬だけアイコンタクトし、それぞれの目的を果たすために、互いに背中を向けた。

「私の背中の方角には本部がある。……お互いに背中は任せたと言ったな」

「……うん！」

「だからお前の背中。つまりこいつらだ。ここは私に任せてもらうよ」

「うん!!　任せるよ!!」

　フレスは翼をはためかせ、一気に空を翔けた。

　フロリアを止めるため、フレスは翼を大きく羽ばたかせ、本部へ向かったのだった。

　――●○●○●○――

「……とまあ勢いで言ってしまったけど。これは厳しいな」

　目の前にそびえる四体の龍殺し。

　止め処なく繰り出される攻撃に、躱すことで精一杯だったが、それすらも危うくなってきた。

　限界の瞬間はすぐに訪れた。

　完璧に躱しきったと思った敵の爪に、服が引っかかった。

　それによりバランスが崩れ、サラーは地面に叩きつけられてしまった。

「……くっ……！　私としたことが……！」

　とっさに炎を出して敵に浴びせるも、その炎は龍殺しに当たる直前で消えてしまう。

　龍の力に対する究極の耐性。それが龍殺しの能力だった。

　倒れたサラーに、四体は容赦なく爪を振り下ろす。

　何とか転がって避けたものの、

「――!?　くそっ！　その汚いものをどけろ!!」

　ついに手足を、敵に踏まれ、動きを封じられてしまった。

「…………ググググ…………」

　舌なめずりする龍殺し。

　おぞましい魔獣が、サラーを蹂躙せまいと、爪を立てた。

（…………まずい…………、この私が…………!!）

「ググゴオオオオオオオオオオッッ!!!!」

　サラー目がけて、一斉に爪が振り下ろされた。

（……いやだ！　……こんなところでくたばるわけにはいかないのに……!!）

　サラーは逃げることも、避けることも出来ない。

　恐怖に思わず目を瞑ってしまう。

　あまりにも無力な自己防衛。

　サラーには、もう何もできない。

　そう――ただ、死ぬのを待つだけ――

（…………イレイズ……!!　イレイズ!!）

「――――イレイズ……!　助けて……!!」

「――――呼びましたか？」

「…………え……？」

　幻聴かと、最初は思った。

　目を開けると、今度は幻覚かと思ってしまう。

　サラーに向けられていたはずの、魔獣の爪がどこにも見当たらない。

「……え……？　……これ、……って…………」

　頭上から打撃音が聞こえる。

　急いで体を起こし、そちらを見ると――

「サラー。おはよう♪」

「い――い、い、イレイズ…………!!」

　そこにいたのは、まぎれもなくイレイズ本人だった。

　龍殺し三体はすでに地に伏していて、残り一体もたった今イレイズがナイフで首を掻っ切ったところだった。

「苦労かけたね。サラー」

「……うん。……うん！」

　久しぶりに見たイレイズの笑顔に、サラーの涙腺は簡単に決壊した。

「イレイズ……!!」

「おっと。本当にありがとう、サラー」

「……うん……」

　サラーは何も考えず、ただイレイズの胸に抱きついた。

　久しぶりのイレイズの匂いに、思わず鼻を擦り付ける。

「本当にイレイズだ……！　会いたかった……、会いたかったよ……!!　イレイズ……!!」

「おやおや。サラーがそんなことを言うなんて、槍でも降ってくるかな？」

　そう皮肉を言いつつも、イレイズは優しい顔を浮かべてサラーの頭を愛おしそうに撫でていたのだった。

「私だって、会いたかったです」

「もう、私を一人にしないでよ……？」

「あらあら随分と我が儘になっちゃいましたね。でも奇遇ですね。私もサラーを一人にはしたくないのですよ」

「……バカ……」

「……ただいま、サラー」

「……おかえり……！」

「――ってコラーッ!!　私を無視して感動の再会を楽しむなーーー!!」

　続いて現れたのはステイリィ。

　二人の世界にどっぷりと浸かるイレイズ達に、何やら不機嫌そうにプンスカしていた。

「全くもって羨ま――じゃなくて、不謹慎！　今はそれどころじゃないでしょ!!　私だってウェイルさんとそんなことしたい――じゃなくて、……やっぱりしたい!!」

「本音しか出てませんね……」

　サラーがこの戦場に現れた時。

　すでにイレイズとステイリィは隠れて様子を窺っていたのだ。

　敵にばれないように、そしていつでもサラーの元へ駆けつけられるように。

　息を殺して待っていたのだ。

「おい！　イレイズ!!　ウェイルさんが来るというのは嘘じゃないか！」

「おかしいですねぇ。でもフレスちゃんが来たから惜しかったでしょ？」

「惜しいもんか！　あの小娘が来たところで何の利益があるんだ！」

（君も十分小娘な気がしますけど）

「おい、何か変なこと考えたか？」

「いえ、別に」

　ステイリィは、自分のコンプレックスについては異常に鋭いのだ。

「ではお約束通り、ウェイルさんの書いた公式鑑定書を差し上げましょう。もちろん、ウェイルさんのサイン入り」

「うほっ♪　これがウェイルさんのサイン……。すりすり……」

　鑑定用紙に頬ずりするステイリィ。

　傍から見ればただの変態である。

「喜んでいただけて何よりです。それよりもサラー。さっきの女、南地区本部へ向かったみたいですね。我々も行きますよ！」

「……そうだな……！」

　名残惜しそうに体を離した二人。

「久々に行きますよ？」

　ここから走っても間に合わない。汽車もない。

　ならば龍に乗っていくのが一番早いだろう。

　イレイズがサラーの前に跪く。

　そして手を取り、そっとキスをした。

「――なっ!!　私もウェイルさんにしてもらいたい!!」

　嫉妬溢れるステイリィの叫びと共に、赤く力強い光が、辺り一面に輝き渡ったのだった。