龍と鑑定士

第一部 第四章 部族都市クルパーカー編 『戦争勃発、陰謀の末路』

サラーの葛藤

「おうらあああああっ!!」

　サラーは到着するなり、声を上げて、敵を薙ぎ払った。

　クルパーカー軍が戦っている相手は人間ではない。

「みんな、気を付けて!!　こいつら、火を噴くよ!!」

　『不完全』が戦場に投入してきたのはレッサー・デーモンという魔獣。

　宗教都市サスデルセルで遭遇した魔獣より力は劣っているものの、それでも一匹の力は人間兵士十人以上。鋭い爪と、口から吐き出す炎で、兵士達を踏み越えていた。

「フレス！　予想以上に魔獣が多い!!」

「……そうだね……っ！　このままじゃ少し厳しいかも」

　魔獣の数は、視界に入るだけでも二十以上。

　しかもこいつらはまだ雑魚の部類だ。

　本当の宿敵、例の魔獣『龍殺し』の姿は、未だ現れていない。

　つまりこれはまだまだ序の口だというわけだ。

「埒があかないよ‼」

「炎で一掃してやる!!　フレス、兵士の皆を少し下がらせてくれ!!」

「了解！」

　他の兵士はフレス達が龍だということを知らない。

　自分らが龍であることは出来る限り隠したかったため、二人はこれまで龍の力を使わずに魔獣に立ち向かっていた。

　だが、それはすでに限界を迎えていた。

　そもそも二人は、龍の力あっての強さなのだ。

　大人より腕力が強いわけでもなく、人一倍素早いわけでもない。

　戦局は非常にまずい。

　当初千いた兵士の数も、あっという間に半分を切っていた。

　辺りには無残にも引き裂かれたり、焼かれたりした死体がゴロゴロと転がっている。

　中には魔獣を見て逃げ出す者もいた。

　だがサラーは引き留めることはしない。

　誰だって命は惜しいのだから。

「……クソ……っ!!　フレス、急げ……！」

　襲いかかる魔獣の攻撃を避けつつ、フレスを待つ。

「サラー!!　兵士の皆を撤退させたよ！」

「よし！　フレス、お前も少し離れていろ!!」

　サラーの目の前に立ち塞がる魔獣。その数なんと四十五体。

　形容は様々だが、皆一様に醜い姿で、サラーを見て舌なめずりしていた。

　その中の一匹、レッサー・デーモンがサラー目がけて突っ込んできた。

　それを追うかの如く、残りの魔獣も一斉に飛びかかってくる。

「――焼き尽くすっ!!!」

　サラーが両手を横に上げた。

　するとその動きに呼応するかのように、巨大な火柱がサラーを中心に円を描くように出現し、その場で激しく渦巻きはじめた。

　炎の壁が、幾重にも現れたのだ。

　魔獣たちは、飛びかかった勢いのまま、炎の壁へ次々と突っ込んでいく。

　まるで自分から火に飛び込むかのように。

「はああぁぁぁ!!!!」

　サラーの気合いと共に、火柱はさらに高く天を望む。

　彼女の周囲は尋常ではないほどの高温が発生し、サラーの姿は陽炎で揺れていた。

　火柱に包まれた魔獣は、骨をも溶かすほどの高温で、その身を焼かれていた。

　断末魔すらない。

　気が付けば、魔獣全てが灰となっていた。

「ハァ、ハァ……」

　魔獣を葬った火柱が消え、一面焦土の中、一人立ち尽くすサラー。

　相当力を使ったのか、額には大量の汗があった。

「大丈夫!?　サラー！」

「ハァ、ハァ、あ、当たり前だ……!!」

　などと強気に言うが、相当無理をしたのだろう。

　手で汗を拭き、その場にしゃがみ込む。

「でも凄かったよ！　あの火柱！　敵、全員炭になっちゃったよ!!　流石はサラーだよ！」

「…………」

　はしゃぐフレスとは対照的に、サラーの表情は暗い。

　その理由はサラーの視線を辿れば明らかだった。

「……あ……」

　ようやくフレスも気づく。

　サラーの周囲が光り輝いていることに。

「こ、これ……」

「そうだ。これが――ダイヤモンドヘッドだよ…………っ!!!」

　それは魔獣に殺され、ここに倒れていたクルパーカーの兵士達の死体。

　彼らを仇をとったはずのサラーの炎で。

　あまりの高温で陽炎が出てくる程の火柱で。

　高熱と圧力を掛けられた死体は全てダイヤモンド状になっていたのだ。

「ごめん、サラー。ボク、はしゃいじゃって……」

「……気にするな、フレス」

　サラーは、目の前に転がっていた一つのダイヤモンドヘッドを手に取った。

「……フレス。これ、どう思う……？」

「……どうって……」

　フレスは返答に困った。

　サラーが何を思って問うてきたのか、見当もつかない。

「私はね。こんなもの、全然綺麗だとは思わない。だって、これ、イレイズの大切な民なんだ。この人だって、昨日まで生きていたんだよ！　その命と比べると、こんな輝き、むなしいだけじゃないか!!」

　サラーの目が潤んでいた。

　彼女から零れた滴が、ダイヤモンドヘッドに落ちる。

　涙の落ちたダイヤモンドヘッドは、皮肉にもより一層輝きを増したのだった。

　――●○●○●○――

「ボク、先に戻ってるね」

　最前線に現れた魔獣は全て始末したのだ。

　さすればここに残る理由もない。　

　それに『不完全』の連中が次にどこに現れるのか見当もつかない。

　一刻も早く本部へと戻り、情報収集しなければならないだろう。

　だが、フレスはそれを今すぐサラーに告げるのは、気が引けた。

　ダイヤモンドヘッドを抱えて咽び泣く彼女を、今は一人にしてあげようと考えたからだ。

「サラー……」

　彼女は今、どれほどの重責を感じているのだろう。

　ダイヤモンドヘッドを巡って起こったこの戦争で、彼女自身がダイヤモンドヘッドを精製してしまったのだ。

　その心境は計り知れない。

「……うぐっ、……ふ、フレス……。行こう……！」

　顔をこすって、ダイヤモンドヘッドを置いて立ち上がるサラー。

「サラー。大丈夫……？」

「な、何言ってんだ！　戦いはこれからだろ？　急いで本部に戻るぞ！」

　無理しているのはバレバレだ。

「そ、そうだね！　急ごう!!」

　でも、フレスはそれに気づかないふりをする。

　フレスはサラーの顔をわざと見なかった。

　それがフレスに出来るサラーに対しての精一杯の気遣いだった。

　サラーを後ろに、進む足を速める。

　――その時だった。

「綺麗に決まっているじゃないですか♪　ダイヤモンドヘッド」

　凛とした声が、その場に響き渡った。